第29話 毎日だったらいくら出す?
まだケイトリンと話があるというハンドリーを残して俺はヘレンと階下に降りた。
探索から戻って来たばかりだったらしいカイルたちが俺を待っていて駆け寄って来た。
「おっさんのことハズレ職の【支援魔法士】なんて言ってすまなかった」
突然、カイルに頭を下げられた。
「何だ、今さら?」
「探索者登録をしていない在野の凄腕【支援魔法士】だったんだろ。いきなりCランクに昇格だって聞いた。『オーガキング』が引退するとギルドの総戦力が落ちるんでギルドマスターがどこかから呼び寄せたんだって」
俺は肯定も否定もしなかった。誰だ、後半の適当な嘘を言った奴?
「なぜランクの話を知っている? まだ誰にも話していないんだが」
「ヘレンが大声で、ああじゃないこうじゃない言いながら端末でランクアップの処理をしてたから」
然もありなん。
俺は傍らに立つヘレンの顔を睨むように見上げた。
「心当たりは?」
大女は体を縮こまらせるようにして俺を見下ろすと小さく答えた。
「あります」
「次があるとは思えないが次からは気を付けてくれ」
「担当を外されるのでしょうか?」
ヘレンは泣きそうな顔で訊ねた。
「そうじゃない。ここじゃあもう俺のランクを上げる処理をする機会はないだろって話だ。Bランク以上への昇格はどこかで試験を受けるんだろ? ヘレンに担当を辞められたら俺が困る」
「安心しました」
ヘレンは胸を撫で下ろす動きをした。本当に安心したのだろう。ポンコツ度が酷い。ケイトリン、良くサブギルドマスターやらせようなんて考えてたな。命知らずだ。
「昇格おめでとう。てことは、もちろんやるんだよね?」
お祝いを言いつつフレアが訊いてきた。
「ありがとう。何を?」
「昇格祝いの打ち上げ。昇格者は打ち上げに居合わせた探索者に奢る決まりよ」
ゴルフでホールインワン出したわけじゃあるまいし。
「俺はソロだし一人で打ち上げもないだろう。昇格する度にみんなに奢ってたら破産しちまう」
「FがEに昇格しただけなら奢れなんて言わないわよ。CだよC。Cと言ったら一端の探索者だ。カイルがCになった時も奢らされたよ。今度は無料酒を呑む番だ」
俺はカイルの顔を見た。カイルはフレアが我儘で申し訳ないという顔をしていた。
まったくだ。
とはいえ、カイル、Cなのか。レア探索者職業の上に若くしてCランクだなんて勝ち組まっしぐらだ。そりゃ頑張ってハーレムを維持しようともするだろう。
当然、俺のランクがCに上がったという話はロビーにいるすべての探索者たちが既に知っていた。先日、俺が酒場で少しばかり羽振りの良い振る舞いをした事実も知られている。俺の打ち上げに居合わせる気満々でロビーにいるのだろう。
今日は疲れたとか理由をつけて日を変えることも可能だろうが変更した日に居合わせられない探索者もいるだろう。そうなると無料酒にありつけなかった者たちから恨まれる。だったら、今やっつけたほうが簡単だ。
俺は深く息を吐いた。
「ヘレン、何度も悪いが金降ろしてきてもらえるか?」
「おいくらくらい?」
「カイル、お前ん時はいくらかかった?」
「小金貨二枚くら」
言葉の途中でフレアの肘撃ちがカイルに入った。
「げふげふ、小金貨五枚くらいだったかな」
嘘つけ。俺はフレアを白い目で見ながら、
「小金貨五枚頼む」
「わかりました」
ヘレンが窓口へと去っていく。
フレアはこっそりと拳をぎゅっと握っていた。全部は使わんぞ。
「ギン様、おめでとうございます」
アヌベティにもお祝いを言われた。
「ありがとう」
何の気なしに答えて見やったアヌベティの衣装は以前にもまして血みどろだった。跳ねた返り血が点々とこびりついて模様になっている。
「また容赦なく汚したなあ」
「ギン様と再会できれば、もう洗濯の心配はいらないのだと気付いたところ、つい折伏に力が入りすぎてしまいまして」
「折伏?」
「悪党を痛めつけることですわ」
「君は【僧侶】なのか?」
「はい。ザマー教の【回復魔法士】をしております」
ハンドリーが言っていた撲殺教団という奴か。
僧侶が回復呪文で悪党を治療した上で来世のために痛みを与えて懲らしめるのだ。
「じゃあ、お布施代わりに『清浄』を寄進しないとな」
「あら。ザマー様の教えに御理解が?」
「少しはね。まだ酒は入ってないから俺の魔法を受け入れるって強く自分に言い聞かせて」
「はい。ギン様を受け入れます」
「『清浄』」
俺はアヌベティに『清浄』をかけた。
アヌベティの全身が綺麗になった。
「悪いなカイル。まるで魔法じゃなく俺を受け入れてもらっちまったような言い様だが他意はないんだ。人の女に手を出す気はない。怒るなよ」
カイルは何とも言えないような表情で曖昧に微笑んだ。
汚れが取れてアヌベティは無邪気に喜んでいる。俺の言葉なんか聞いてはいなかった。
「じゃあ行くか。ギルド酒場でいいだろ。席確保してくれ」
カイルとフレアが我先に酒場へ乗り込んでいき、ぴかぴかになったアヌベティが後に続いた。
「お嬢ちゃんはミルクにしとけよ」
ずっと黙ったままのエルミラにも俺は声をかけた。
「うっせえ!」
両手は自分より大きな二枚の盾を支えるために塞がっているため、エルミラは俺を蹴っ飛ばした。あまり揶揄いすぎるものではない。
俺もアヌベティの後に続いて歩きだそうとしたところで「待った」とエルミラに引き留められた。
「ん?」
「あ、いや、昇格おめでとうよ」
「おお、ありがとう」
まだ何か言いたそうだ。
「どうした?」
エルミラは何だか恥ずかしそうな様子で、
「オレにも『清浄』をかけてくれないか?」
「構わんがそんなに汚れてないだろ?」
「あ、うん、見えるとこはな」
エルミラはますます恥ずかしそうだ。
『見えないところってどこだよ?』と一瞬考え、パンツの中に思考が至ったので話を続けるのはやめようとしたところ、エルミナが先に口を開いた。
「だって、しょうがねぇだろ。魔物の突進を止める際に力むんだから」
「ああ、そのデカイ二枚の盾で食い止めるんだものな。そりゃちびっちゃうよな」
つい具体的に言ってしまった。
エルミナは真っ赤になった。
「いや。すまん。べつに恥をかかせるつもりで言ったんじゃないんだ。純粋に盾役の連中は勇気あるなって話」
「本当にそう思うか? びびりだとか弱虫だとか思っただろう?」
涙目で聞いてくる。
「思うわけないだろう。盾役なんて誰よりも勇気がなければできない役割だ。誰かの代わりに敵の前に身を晒して誰かがとどめを刺してくれるまで耐え続けるんだぞ。もし振り返って誰もいなかったらどうなると思う? カイルたちがそうだとは言わんが仲間が自分を囮にして逃げ出してしまう可能性は常にあるんだ。それを恐れず仲間を信じて人の前に出られる奴だけが盾役をできるんだよ。どこに恥ずかしがる必要がある。俺はあんたがびびっただなんて思ってないよ。【勇者】より絶対に勇敢じゃないか」
「そうか?」
「おお」
「お前、分かってるな」
「ありがとよ。納得したなら俺の魔法を心から受け入れるって自分に言い聞かせな」
「ギンを受け入れる」
「『清浄』」
見た目あまり変化はなかったが体感的には大違いだったのだろう。エルミラは嬉しそうに笑った。受け入れるのは俺じゃなくて俺の魔法だけれどな。
「助かったぜ」
「気にするな。同じ悩みは盾役共通のものなのか? 金とって『清浄』やる仕事始めたら儲かるかな? ランク上がっちゃったから薬草採取しても補助金が出ねえんだよ。新しい稼ぎ口を探しててさ」
「『清浄』使える人間が少ないから儲かるかもな。使える奴も戻ってくる頃には魔力切れだし」
「毎日だったらいくら出す?」
「銅貨三枚ぐらい?」
なるほど。この後早速開店するか。少しは損失を補填したいし。
「ギンさん」
ヘレンが戻って来た。小金貨五枚の軍資金の到着だ。
「行こう」
俺たちは酒場へ向かった。




