第14話 『骨折り』損にならなきゃいいがな
ヘレン付き添いのもと閲覧室で図鑑を確認した俺は各種薬草の特徴や採取方法を記憶した。
バフやデバフがメインではあるが支援魔法の中には鑑定の魔法もある。
本来は宝箱に罠が仕掛けられていないかや手に入れたアイテムが呪われていないかといった識別をする魔法だ。
鑑定スキルと言えば異世界物の定番でそれ一つで成り上がり間違いなしみたいなイメージがあるが、こちらの世界では【支援魔法士】が使う魔法の一つとして存在していた。
とはいえ【支援魔法士】が最初から使える魔法ではなく相当程度成長して初めて使えるようになる魔法だ。一般には存在と有効性をほとんど知られていなかった。鑑定魔法を使えるようになるほど【支援魔法士】を育てる人間がいないためだ。
罠の有無や種類の鑑定は【斥候】や【盗賊】系の探索者職業であれば罠解除の一環として使いこなせるし、呪いの対策は【僧侶】系職業の得意技だ。【支援魔法士】が育つまでもなく本職がいるので何ら問題はない。
俺の場合は『絶対魔法効果』に伴うチートのお陰で最初から鑑定魔法を使いこなせた。【支援魔法士】が使える魔法はすべて使える魔法リストに入っている。
前世のラノベ知識で下手に鑑定能力を持っている事実を誰かに知られると攫われて監禁される危険があるらしいのでヘレンにも内緒にしておく。図鑑の内容を覚えていたので初めてなのにうまいこと見つけられましたという対応をとるつもりだ。
図鑑閲覧後はヘレンとギルド併設の売店に行き適当に装備を見繕ってもらった。
背嚢、水筒、寝具、雨具、調理道具、食料、ロープ等々だ。
探索者になったはいいが夢破れて早々に引退する者も少なくない。せっかく新品で揃えた装備も、もう使わないからと置いて行く者がいた。ギルドが引き取り初心者探索者向けにお安く提供してくれている。
ヘレンの目利きで状態の良い物を選んで揃えた。さすがに水筒の中古品はやめたが、それ以外の品物は同じ金額を出すならば中古品のほうがよほど良い。
代金は昨夜の稼ぎの残りで賄えた。
「お金はどうされたのです?」
「賭けで儲けた」
ヘレンに呆れた目で見られた。昨夜の騒ぎは知らないようだ。
異次元収納的な便利スキルやアイテムはないらしいので基本的に獲物を仕留めた場合には重さに耐えて運搬をする必要がある。もしくは部位を選んで価値の高い部分だけを切り取って運び出す。いずれ解体の技術も身に着けたいところだ。
生活系の装備は揃ったものの戦闘において一般的な【支援魔法士】がどのように立ち回るのかはヘレンも知らなかった。しかも俺の場合はソロだ。
素人が剣を持ったところで、いきなり使いこなせるものでもないだろう。俺にその手のスキルはなかった。自分の体を傷つける事故を起こす未来が目に浮かぶ。
できそうなのは棒で滅茶苦茶に殴るぐらいか。バットのスイングならばできる。
歩く際に使う杖と兼用ができそうな長めの固い木製の棍を選んだ。直径五センチで身長よりも少し長い。長さがあれば仮に囲まれても相手と距離をとれるだろう。
距離をとって魔法をかける。
かければかかるから、とにかく魔法をかける時間的猶予が稼げればいい。
俺の戦闘の基本的なスタイルは相手を眠らせて眠った隙に何とかするものだ。
時間を稼ぐためにも距離をとりたい。
買い物を終えた後は打合せの続きをするべく俺とヘレンは酒場の席に座った。本来はフリースペースだ。
「昨夜ここでこんなことがあってね」という説明をヘレンにする。
そんな俺に若い男たちのパーティーが声をかけてきた。
まだ、新人感が漂っている。せいぜいEランク程度だろう。
「『骨折り』のアニキ、ゆんべはごちになりました。あざーっす」
昨晩酒場にいたのだろう。顔も名前もまったく分からないが向こうは俺が誰か分かるようだ。
「何だ『骨折り』って?」
「みんなで考えたアニキの二つ名です。オーガキングの腕を折ったじゃないですか」
こいつら、人を酒の肴にして盛り上がりやがったな。
『骨折り』損みたいな響きに聞こえるのは気のせいだろうか? 絶対そっちの意味だろう。
だからといって拒むのも大人げない。
「お前らもこれから探索か。気を付けて行って来いよ」
「へい」
立て続けに、二、三のパーティーに絡まれ同様のやりとりをした。
「気ーつけー」と適当にあしらう。
前世の息子より若い探索者に、にやにや笑われた。
「何だよ?」
「いや。うちの親父も同じような言いかたしてたなって」
「おっさんで悪かったな。探索者としては俺のほうが後輩なんだからいじめるなよ」
「へへへ。行ってきます」
「おう」
「すっかり顔を知られましたね」とヘレン。
「ただのおっさん【支援魔法士】のままだと舐められると思ってね。少しだが酒を奢って顔と恩を売った」
「気付かずに勿体ないことをしました。私も顔を出せば御相伴にあずかれましたか?」
「ヘレンなら、いつだって喜んで。何か飲む? 好きな物頼んでいいよ」
あはははは、と突然近くでテーブルを拭いていた酒場のおばちゃんが大笑いをして話に入って来た。
「ギルドの職員を接待するのに、こんなところ使うんじゃないよ。もっといい店行きな」
「金がないんだよ」
「だからいい仕事回してもらうために御馳走するんだろ。順番が逆になってるよ」
「なるほど。今度からそうするよ」
「そうしな」と、おばちゃんは去っていく。
「どういう意味だろう?」
俺はヘレンに確認した。
「ギンさんが私を接待しようとしていると勘違いしたみたいですね。探索者は仕事の斡旋を受ける立場なので思ったより儲かった場合など親睦と今後もいい仕事を斡旋してもらえるようにとていう意味で担当職員を接待する習慣があるんです。現役の頃は私もよく担当者と食事をしました」
持ちつ持たれつってことだろう。
「ふーん。その担当者って男?」
何の気なしに、おっさんは口を滑らせた。前世だったら訴えられる級のハラスメントだ。
ヘレンは顔を真っ赤にした。
「な! そういう人もいるかも知れませんがそういう御接待じゃありませんよ。私の担当者は今のここのギルドマスターで女性です。食事も二人きりじゃなくてパーティーのみんなと一緒です」
「ごめん。変な意味で言ったんじゃない。悪かった」
ヘレン、がさつな探索者相手の商売のくせして意外と初心だな。独身だろうか?
そう思いつつも俺は平謝りだ。
買ったばかりの中古の背嚢を肩にかけると俺は這う這うの体で逃げ出した。
「ちゃんとした店で奢れるように稼いでくるよ。じゃ、行ってくる」
「お気をつけて」
ヘレンの声が俺を後から追って来た。
『骨折り』損にならなきゃいいがな。




