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四時間目、そしてピザパ

 目は腫らしているが涙もおさまり、さあ次の授業だと意気込むが、なかなか先生が来ない。チャイムが鳴って、一分、二分、三分経っても来ない。となると、生徒たちはいよいよあることへの期待を持つほかない。


 神妙な心持ちで、黒板か時計かを凝視する。すると、見慣れない、禿げあがった頭の男の教師が入ってきた。


「えーと、四時間めの保健ですが、先生がお休みになれられているとのことで、自習となります。では、出席をとります」


 まだ教室は沈黙に包まれている。


「はい、全員の出席が確認できました。特別な課題もないようなので、教室で静かに過ごしておいてください。以上です」


 マニュアル口調で事を終えると、ゆっくりとした足取りで、教室から出ていった。


 「早く、ドア閉めろ!ついでに鍵も!」


 誰がコソコソと、しかし強い口調で言う。


 前後ろのドアを、一番近い人が閉めたことが確認できると、もう止められない。


「できたか!」


「うん、閉まった!」


「そうか!」


 一瞬の沈黙の余韻、そして、狂喜乱舞。野郎どもは、荒れ狂う。先生がいないのに、勉強なんかする馬鹿がどこにいるのだろうか。思い思いの楽しみ方で、この激レアイベントを過ごす。机に突っ伏して寝たり、推し配信者の配信アーカイブを見たり、キャッチボールをしたり。俺はというもの、ゲーム機をプロジェクターと繋ぎ、友達と某大乱闘格闘ゲームをしていた。


 デシベルのメーターが振り切れそうな程の騒音の中でも、はっきりと聞こえる腹の音が一つ。


「腹減ったぜ」


 山北が言う。確かに、時刻は12時を過ぎていて、丁度昼時だろう。


「どうする、購買行く?」


 そう提案する。


「いやぁー。なんか面白みなくね?それだけじゃ」


「なんなんだよ、食に面白み?」


「そう。楽しいやつ。わいわいできるやつ」


「ない。そんなんない。この学校には」


「そうかー。ないよな」


 変なことを考えそうな雰囲気で怖い。


「あっ、ピザ出前しようぜ」


 馬鹿だ。馬鹿オブ馬鹿。キングオブ馬鹿。


「お前ら、ピザパしたいかー!」


 間髪入れずに山北はクラスのみんなに聞く。


「オーッ!」


 全員、拳を振り上げてそう応じる。お前らも馬鹿だ。


「全会一致ということで、この案可決されました!」


 拍手が沸き起こる。俺は集計範囲外の人間なのだろうか。


「っつーことで野中、出前の受け取りよろしく」


「は⁉先生に見つかったら俺の責任じゃねぇか」


「こういうのは隠密の才能に富んだ野中がいいかなって」


 山北は、本人も知らない、人の長所を知っている。まったく、観察眼に優れた人物であろう。


「あーわかった。行けゃいいんだろ」


「よーし。任せたぜ」


 山北は笑ってそう言う。


 しばらくして、ピザがもうすぐ届くという。学校のほぼ目の前にピザ屋があるから、案外時間はかからない。


「野中の出番だぜ」


 そう言われて俺は、戦士を送り出すかのごとく盛大な盛り上がりを背に、教室から出る。


 受け取り口は南門。ほぼだれも使わない門だが、外でタバコをふかしている先生がいるかもしれないので厳重注意。遠くの方から、微かに叫び声と歓声が聞こえてくる。グラウンドでハンドボールかサッカーでもしているのだろう。


カラスが鳴くコンクリートの南門前でぼーっとしていると、すぐに向こうの方から出前のバイクがやってきた。受取場所が学校ということで、配達員は怪訝そうな顔を浮かべている。


 そして、その顔の原因はほかにもある。渡した代金は2万円。クラスの割り勘である。Lサイズピザ10枚分。この量のピザを頼んだからでもあろう。


 案外簡単に受け取りが終わり、両手に4つずつピザの入ったビニール袋を提げて教室へ戻ろうとする。


「おい、こんな所で何してる」


 先生に声をかけられたのは、2階の教室へ向かう階段を上ろうとしたその時だった。


「いや、えっと、クラスのピザです」


「おお、そうか。楽しく食べろよ。でも、出前は禁止だからな。次から気を付けて」


 授業時間中にピザを頼んでいることを注意しろよと思いつつ、その言葉に頷いて去った。


 教室のドアを開けようとすると、鍵がかかっていて入れなかった。


「合言葉は」


 そんなものは知らない。


「ピザ」


 そう言うと、錠が開いた音がした。よくわからないが、廊下に取り残されなくてよかった。


 ドアが開くと、全員がこちらを輝いた目で見る。視線の先はやはりピザ。


「ピザパーティーだー!」


 その声を合図にして、群がってピザを開けてすぐに食べ始めた。


「俺マルゲリータにする」


「お前全部食うなよ」


「チーズ臭ぇ!窓開けろ!」


 わいわいやっている。


「また活躍したじゃねぇか」


 そう俺に言ったのは山北。


「食おうぜ」


 そう言われるがままに、俺はピザ一切れを口に運ぶ。


 口に広がったのは、モッツァレラチーズのとろみと幸福感だった。

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