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一時間目

 焦った俺たちだったが、信号に引っかからなかったために、案外早く学校へ着いたようだ。欅並木は、夏風に吹かれて緑にそよそよと揺れている。グラウンドではサッカー部が朝練をしている。彼らの目は生気を失っているか、妙にギラギラしているかのどちらかだ。

「朝ッカーは大変やな」

 今日の山北は絶好調のようだ。まるで言葉も出ない。

 何も反応しない俺を見た山北は、顔を真っ赤にして歩調を早めた。

 山北に歩調を合わせたまま、俺らは二年G組の教室へと入った。足を踏み入れたその瞬間に、メントールの少しきつい清涼感が鼻腔を刺激した。このにおいが、生臭い男のにおい、あるいは、イカ臭い、ある意味これも男のにおいでなくて良かったと心底この教室に入るたびに思っている。

 前の方の座席を見てみると、やはり大川がボディシートで体の汗を拭きとっていた。彼もまた、朝練の被害者なのだろう。瞳孔からは光が失われている。

 彼が使っているボディシートは、ずっと「GATSBY アイスデオドラント ボディペーパー」である。彼のみならず、クラスの多くが彼のボディシートを使っているため、教室はいつもこのにおいで充満している。そのため、俺たちのクラスは「二年”G”ATSBY組」という異名がある。

ほとんどの生徒が既に着席していたが、小テストに向けた勉強をしているのはほんの数人だけ。この学校で勉強をしているのは、よっぽどの逆張りか「勉強ガチ勢」のみだ。

 山北が聞いてきた。

「まさかしないよな、直前の勉強」

「するかよ。付け焼き刃の知識より地の実力で挑むのが男の礼儀ってもんだろ。だから、今まで何も勉強してない」

「さすがだぜ兄弟」

 チャイムが鳴った。ところどころ音が掠れている。生徒がいい加減だと教師たちの機材管理もいい加減になる。はたまた、因果は逆か。

 ほどなくして、濃い髭を蓄えた恰幅の良い男が現れた。上下お揃いの紺のジャージを着ている。

「それじゃ、野郎ども、きりぃつ!」

 全ての眠気が吹き飛ぶ大砲のような野太い号令が、その男から発せられた。尾崎先生。ベテランの英語教師である。

 一通り号令が終わって着席すると、先生はあくまで淡々と、「授業初めよっか」と言った。

 教室が少しざわめいている。小テストはどうしたのか、もしかしたら、先生が忘れているのかもしれない。だったら、黙ってやり過ごそう。ということを話しているのだろう。

 「ん、どうかした?」

 先生は聞くが、途端に教室は静まり返る。

 「六十二ページな。あれ、なんか挟まってる」

 生徒たちが一斉に金剛力士の如く目を見開いた。

 「あっ、小テストだ。残念!期待してた人たち」

 落胆のどよめきが教室を包んだ。尾崎先生はこういう冗談を度々やる。

 勉強をまともにせずに脳死でゲームか自慰行為しかしない。そして直前になっても勉強をせずに、いざ小テストが始まるとなると恐怖に襲われる。世間ではこれを大愚かと言うのだろうが、これが俺らにとってのベーシック。

 机に積み上げられた教科書の塔を解体して、机の落書きも消して、テストが始まった。勉強は本当に何もしていなかったが、かなり早く解き終わった。空欄ほぼ真っ白だから。

 らちが開かなくなった時用のサイコロえんぴつを取り出して記号問題を埋めると、しばらくもしないうちにテスト終了が告げられた。

 一番後ろの席のやつから順にテスト用紙が回ってきて、一番前の俺は先生に列全員分の紙を渡した。先生は、ほのかにコーヒーの匂いを醸し出していた。

 先生はクラス全員分のテストを集め、出席番号順に綺麗に揃えたあと、ハキハキとした声で言った。

 「じゃあちょっと標本調査するぞー、んーと。浜田、テスト用紙パラパラめくるから、好きな時にストップって言って。そこで当たったやつの点数の速報値出す。もちろん、匿名でな」

 俺の後ろの席の浜田は、にやけた顔でなかなかストップと言わない。そしてついに最後の一枚となり、もうこれ以上めくれないとなった時に、浜田はストップと言った。出席番号の大トリは、四十番、山北である。今回の標本調査は、ただの標本調査ではなく、山北確定排出キャンペーン付きだったようだ。

 先生はペンで紙をつつきながら採点をし、ついに口を開いた。

「点数。20点中、4点!」

 先生はやけに「4点」をはっきりと言った。

 その結果に対して今まで固唾を呑んで静まり返った俺らの教室は、どわっと笑いに包まれた。机を叩いている者もいる。

「やっぱ山北バカだ!」

 と言う声も聞こえた。対してみんな変わらないのに。

「もちろん、この点数が誰のなのかは、秘密です。」

 先生はわざとらしく言った。

 恥ずかしいことなのに当の山北は、教室の右端の席で、鼻を膨らませて胸を張っていた。そして、どうだ!と言わんばかりのドヤ顔で、こちらへ向けて親指を立てた。

「やっぱなんだかんだ一番バカなのは山北だな」

 ずっと変わらないこの事実を再確認して、俺はまた教壇の先生へ目をやった。

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