登校
朝7時50分、お前はこれから乗客と同時に憂鬱を運ぶことを知らない。さもなければ、急行という称号を引っ提げているのに吞気に5分も遅延するわけがなかろう。乗り換えのホームから、人がまばらに電車のドアを通る。反対側のホームは人がごったがえしているが、こちらは田舎方面に向かう電車のホームだから、比較的快適だ。俺もワイドパンツの裾を引きずりながら電車に入り、ほかの生徒との縄張り争いに勝利して、どっと気を抜いて隅っこの座席に座った。Youtubeショートでも見ようとしたその瞬間に嫌でも目に入ってきたのは、いつもの忌々しい光景。カップルである。それも、同年代の。ブレザー制服で、くっついて。閉まったドアに寄りかかって、男のスマホで同じ動画を見ている。たぶん、俺は今男梅のような顔をしていることだろう。その証拠に、女の方がこちらをちらりと見てきたその瞬間に、ロングの髪先が舞うほどに速く顔を背けた。どこでそんな差がお前らと開いたのだろう。朝っぱらから、やり場のない怒りと悲しみが俺を襲った。
縦スクロール式の動画の世界から呼び戻されるように、俺は学校からの最寄り駅のアナウンスを聞いた。あのカップルはいつの間にかいなくなっていた。「The train is arriving at Kamikomoi station.」という英語の音声から間もなくして、電車は駅に着いた。ドアからは、凄まじい数の男子高校生たちが出てくる。この中のほぼ全員が俺と同じだということを思うと、このようにホームで揉まれても安心できる。駅を出て学校に向かおうとすると、まず二股に分かれた道を通ることになる。ここの周辺には二つの高校があるのだが、それぞれの高校の生徒は、右左別の道を通る。右へはブレザーの生徒たちが、左へは私服の男どもが向かうので、駅から出てきた生徒たちがどちらへ向かうのかの検討は大体つく。右に行けば、キラキラ青春でいっぱいの十代男女の学園へ、左に行けば、ギラギラ性欲でいっぱいの雄猿の楽園へと続く。俺は満を持して右へ進もうとしたその瞬間に、俺は大柄な男、いや、玉をぶら下げた方の性別の奴に腕をつかまれた。事実、こいつは玉がでかい。
「にょっす!」
山北だ。同じクラスの山北は、ラグビー部に所属している。増量中とのことで、たらふく食って、みるみる大きくなっている。いくらなんでも食べ過ぎだから、少し食べる量を減らせば、玉も小さくなるんではないかとにらんでいる。
「どこ行くんだよ、ナンパは下校の時にした方がお持ち帰りしやすいぜ」
「そういうんじゃなくて、ただ好奇心で」
「何だよそれ、余計エロいじゃねぇか」
猥談は俺らにとっての必修科目である。下ネタは万国共通だから、この年代からの下ネタセンスの洗練はグローバル社会での活躍に繋がると先輩が話していた。
「一時間目は小テストだぜ、遅れたら大幅減点見えてくる」
「あ、やばいじゃん。ちょい時間シャバいし」
見事に忘れていた。山北もたまにはやるものだ。これから、女子がいないだけの奇妙な空間、男子校での一日が始まる。