しっぽ競争
森の中で、3匹のアライグマが楽しそうに遊んでいました。
いちばん声の大きなソラが言いました。
「なにか競争しようよ」
「いいね、何にする?かけっこ?」
すぐにシファが答えます。シファはいちばん足がはやいのです。
ソラはちょっとだけ考えてから言いました。
「しっぽの大きさはどうかな。つぎにお月さまがまんまるになる日に、くらべっこしよう」
「おもしろそうだ、やろう、やろう」
シファはいまにも走り出しそうです。
「そんなにたくさん食べられるかな」
いちばんおとなしいレミが不安そうに言いました。
アライグマは、食べたごはんの栄養をしっぽに蓄えることができます。ですから、ごはんをたくさん食べたアライグマのしっぽは太く大きくなります。
「大丈夫だよ。森をぬけてあっちにいくと、ニンゲンの家がたくさんあるだろう?
あそこには美味しいものがたくさんあるんだ」
ソラがいたずらっこのような顔で言いました。
「ニンゲンのところになんて、怖くていけないよ」
レミは泣きそうな顔をしています。
「レミはおくびょうだな」
ソラが大きな声で笑いました。
「怖いなら、むりに行くことないさ。シファ、行こう!」
「おお!」
2匹は走っていってしまいました。
レミはしばらく2匹が走っていくのを見ていましたが、やがて森の中を歩き出しました。
「森の中にだって、食べ物はあるのにな」
秋の森にはたくさんの木の実が落ちています。おいしそうな実をつけた草もたくさん生えています。
レミはゆっくりとそれらを食べはじめました。
何日かたちました。お月さまがまんまるになる日まで、あと少しです。
ソラとシファはニンゲンの家のまわりに置いてあるゴミ箱から食べ物を見つけては、おなかいっぱいになるまで食べていました。
「ニンゲンの食べものって、どうしてこんなにおいしいのかな」
もぐもぐとケーキを食べながらシファが言いました。
「レミも来ればいいのに」
「おくびょうなレミには無理だよ」
お肉を食べながらソラが答えました。
ソラのしっぽは大きくふくらんで、まるで風船のようです。
「しっぽ競争はボクが一番だ!
あはははは!」
ソラが大きな声で笑っていると、
「なにか聞こえたぞ」
と言いながらニンゲンが出てきました。
「あっ!」
と叫びながら、シファはすぐに逃げてしまいました。足の早いシファに、ニンゲンはついていけません。
「待ってよシファ!」
ソラもあわてて走り出しましたが、ソラはシファほど早く走れないし、ニンゲンの食べ物をたくさん食べて太ってしまったので、すぐに逃げることができませんでした。
「いつもゴミ箱をあさっていたのはおまえたちか!」
と言いながら、ニンゲンはソラをつかまえてしまいました。
「ああ、あぶなかった。ソラはうまく逃げられたかな」
シファは森には帰らずに、別のニンゲンの家の近くにいました。
ニンゲンに見つかっても、すぐに逃げればだいじょうぶ、ということが分かって、シファはホッとしていました。
「こんなに美味しいものがたくさんあるんだもの。森よりこっちの方がずっといいよ」
ドーナツを食べながらシファは、ふふふ、と笑いました。
シファのしっぽも、太くてフサフサになっています。
お月さまがまんまるになりました。
レミはソラとシファを待っていました。
お月さまの黄色い光が、レミの顔を優しく照らしています。
しばらくすると、遠くからシファが泣きながら歩いてきました。
「シファ、どうしたの?」
「歯が痛いんだ」
泣きながら答えたシファのほっぺはぷっくりとふくらんでいました。
「毎日ニンゲンの食べものを食べていたら、歯が痛くなっちゃったんだ。
ものすごく痛くて、何も食べられないんだ」
シファは自分のほっぺを押さえながら、ポロポロと涙を流しました。
アライグマの世界には、歯医者さんはいません。
自然の中にあるものだけを食べていれば、アライグマが虫歯になることはないからです。
「ボクもうニンゲンの家には行かない。
しっぽ競争もやらない。
じゃあね、レミ」
そういってシファは泣きながら歩き出しました。
「シファ、ソラは?
ソラは来ないの?」
シファの背中に、レミが声をかけました。
「知らない。
ニンゲンに見つかってから、ソラとは会ってないんだ。
もしかしたら、ソラはニンゲンにつかまったのかも」
「えっ、ニンゲンに?」
レミがびっくりしているあいだに、シファは森の奥に消えてしまいました。
そのようすを、レミはじっと見ていました。
ちょっぴりふくらんだレミのしっぽが、お月さまに照らされて、キラキラと光っていました。