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ユギルが家に入ると、やはりそこは無人であった。
居間のテーブルに置かれた、舶来物のガラスランプが明るく周りを照らしている。テーブル上には木のカップに入った水、やりかけの刺繍、色とりどりの糸に、少し距離を置いて木製の平皿が置いてあった。皿の上には焼いた芋、揚げた魚にサラダ。母親が取り分けておいた息子の夕飯だった。
「母さん、父さん……!!」
居間の奥のキッチン。両親の部屋。ユギルとエドウィンの部屋。家の裏手。
青ざめたユギルが広くはない家中を探し終わるのに、そう時間はかからなかった。
気配がない事を察しながらも、それでもと他の家を回ってみても誰もいなかった。
(松明も焚火もランプも全部付けっぱなしで留守にするなんてあり得ない!)
全部火を使う。配置に気を使っていても火事の危険は切っても切れない。火の始末を忘れる程の何かがあったのか、それをする猶予すらなかったのか。いずれにせよ異常事態が起きている事に違いはなかった。
(強盗?いや争った形跡はない。血の跡もない)
焚火の周りの食事は食べかけだったし、ユギルの家の刺繍もやりかけで置いてあった。営みの中で、急に人だけ抜き取ってしまったような様相だった。
(俺だけ置いて皆いなくなってしまった?)
ユギルの呼気が荒くなる。走り回った体は火照って汗をかいている筈なのに、ぞわぞわと這い寄って来る悪寒で背筋が冷えていた。
「街……街にいるのか……? なあ、」
ユギルは村から駆け出しながら相棒に話しかけようとして、今自分の中に相棒がいない事を思い出した。
「そうだ、服……」
あの不思議な少女精霊の事も。
――数時間後。
「ねえ! 本当にここは国なのね!?」
「そうだよ! 小さいけど!」
ユギルはエドウィン達と合流した後、二人と一匹で島中走り回っていた。
露天から散らばるココナッツ、路面に転がる手提げ鞄、テラス席の食べかけの食事、付けっぱなしのランプ……
「おっと、こいつは消しとかないとな」
「そうだな」
ユギルがランプを消した。指図したエドウィンはユギルの頭の上で周りを見渡している。
「人どころか精霊も見当たらないじゃないか。どうなってんだ?」
「精霊は小さいのならいたわよ。ほらそこ」
少女がエドウィンに言った。指さす先、小さな蜥蜴のような精霊がのそのそと歩いていた。
「街中にいる精霊はそもそもシャーマンとの契約精霊が殆どだろ。契約主がいないから一緒にいなくなってんじゃないか?」
見解を述べるユギルに、少女が反応する。
「シャーマンが沢山いるみたいな言い方するのね?」
「この国のシャーマンは七千人くらいいるんだ。全員でどのくらいの数の精霊と契約してるかは知らないけど、街中には結構ウロウロしてるよ……普段なら……」
ユギルは言いながら、普段の沢山の気配との落差を感じて声が尻すぼみになっていった。
「ユギル、まだ国を全部は回ってないんだ。皆案外どっかに固まっているかもしれないぜ? それか海に出てるかもしれん」
元気出せ、と頭を撫でるエドウィンにユギルは賛同出来なかった。
「火の始末全くせずに? 観光客も?」
「アーそれは……ホラ……うーん……そう、火の始末はしないといけない!」
皆の消し忘れを始末して回らないと、とユギルの頭をぽすぽす叩くエドウィンをユギルは無視した。
ただ、何が起こっているのか何でこうなっているのか、分からない事だらけで焦燥に駆られるユギルにとっては、会話をする相手がいる事はある程度精神の支えとなっていた。
「……この島に住む内七千がシャーマン? ……この土地にしたってそれはいくら何でも……」
ユギルとエドウィンからやや離れた所で、少女がぼそりと呟いた。