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海鳴りのシャーマン  作者: 國島雪世
Ⅰ:セルトニア国超規模失踪事件
5/19

1-5

ユギルは裸の少女を前に、顔を赤くして横に背けながら気を逸らすように考える。


(人? いや違う、見た目だけだ)


 気配はマナの塊、精霊そのものだ。しかしユギルは人間そっくりの精霊など見た事も聞いた事もなかった。昔父親に、


『あくまで精霊は星を巡る自然エネルギー、マナの結晶だからなあ。人も他の生き物同様マナが宿っちゃあいるが、自然を壊してマナを枯らしたりする人間の姿を精霊は取りたがらないのさ』


なんて言われたことがあったが、本当のところはどうだか知らなかった。

なんにせよユギルが知る人に近い精霊は、概ね人型を取っていても体がゼリー状の水で出来ていてぐにゃぐにゃしていたり、あちこちから枝や根っこが生えていたりするものだった。

 だというのにマナを感知出来るシャーマンや同じ精霊でなければ判別出来ないくらい、目の前の少女は人そのものの姿をしている。


 人形のように美しく繊細な造作の、人間そっくりの姿をした、強いマナを蓄えた精霊。

 やっぱり好奇心に負けたユギルがもう一度、今度は薄目でチラリと見ると、少女がぱっちりと目を開けていた。日光で照り光る葉のような、瑞々しい緑色の瞳だった。


「%“$W>&*+‘!?」

「え? 何て言ったの?」


 奇声を上げるユギルに目を開けた少女が反応する。しっかりとその口から、空気を振るわせて大陸周辺の公用語を滑らかに喋った。

 つまりこの少女精霊は他の多くの精霊と異なり発声する能力がある上、人間の公用語を扱いこなせる程習熟している。今さっき生まれたばかりの無知な精霊ではあり得なかった。


 若干混乱していた事に加え、喋る精霊は稀な筈なのに相棒がその特技を持つせいでユギルはそこまで思い至らなかったが。


「い、いやなんか、その……ごめん」


 ユギルは後ろを向いてしゃがみ込んだ。


「え? ……あっ、あー……」


 少女は不思議そうな声を上げた後、ややあって、戸惑いながら納得する。


「えっとーうん、私もそうしててくれた方が嬉しいね……」


 少女は顔を赤くしながら言った。その顔はユギルから見えないが、どうやら自分が何も身に纏っていないと自覚していなかったらしいとは察せられた。この精霊には人のように体を見られる事への恥じらいがあるのだと知り、ユギルは更に膝を抱えて縮こまった。


「…………」

「…………」


(気まずい!)


 ユギルは海底洞窟に上がりこみ、精霊が入った岩に干渉して割る原因を作り、人並みに羞恥心のある少女精霊の裸を見ている。この精霊がどういう存在なのかも何で岩の中に居たのかもユギルは気になっていたが聞ける雰囲気でもなく、何をどう切り出せばいいのかさっぱり思い浮かばずにいた。

 するとしゃがんだ頭からエドウィンがシュルリと抜け出て来た。


「ヘイ、嬢ちゃん。ヤドカリは嫌いじゃないかい?」


 ユギルの頭の上に乗ったエドウィンが固まった空気を散らすように声を掛けた。空気の読めるヤドカリである。


「嫌いじゃないわ。あなた精霊なのに、言葉を発声出来るの? 珍しいのね」

「ハッハ、嬢ちゃんもだろ?」

「フフ、それもそう」

「取り敢えず初めましてだな! 俺はエドウィン、こっちは契約者のユギルだ」


 エドウィンがユギルの頭を叩く。


「……ユギルです。先程は大変失礼しました」


 後ろを向いたまま発されるのは敬語である。声音はかなり硬かった。


「いえ、こちらもすぐ気づかずお見苦しい物をお見せしてしまい……」


 何故か少女もユギルに合わせて敬語で返す。


「いえそもそも不躾に岩を探ってしまって……」

「いえいえ本来ならもっと早く気付くべきだったのに私がぼんやり寝ていたので……」

「いえいえ急にマナの量を増やしたから岩に亀裂が……」

「いえいえ私が『何かマナを貰った気がする』って寝ながらマナを揺らしちゃってそれで……」

「何なのキミ達ィ?」


 エドウィンが言う。傍から見て顔を合わせず敬語で交わされる謝罪合戦は異様であった。




「まあ待て、落ち着け。一旦整理しよう」


 うだうだと話し続ける二人をどうにか「お互い謝罪は受け取ったって事で! オーケイ?」と終わらせたエドウィンが鋏脚を巻貝に当てて言った。

 どうにかこうにか三人で状況を整理し、ユギル達は少女に聞きたい事をあらかた聞き、少女からの質問にも時間をかけてきっちり答えた。


 ユギル達が聞いたところによると。この少女精霊は元々は大陸にいたが、千年近く前に『精神的に疲れた』ため海に落ちてぼんやりしながら数百年、波に流れて流されて、最終的に流れ着いた先で良さげな海底洞窟を発見した。寝床に丁度良いとマナを殻のように固め、永い眠りに就いていたとの事だった。言語は大陸で知っていたらしい。

 ずっと微睡んでいた所ユギルが流して来たマナに寝ぼけながら雑に反応し、マナで出来た殻を破裂させ覚醒に至る。

 ついでに元々人と同じように服も着ていたが海に流されている間に風化してしまったようだ、との事だった。

 何故人型なのかと問われれば「まあこういう姿で生まれることもあるんじゃない?」と返してきたため、ユギル達には結局良く分からなかった。

 

 一体何に疲れて大陸を出たのかは、少女は説明しなかった。


(まあ人間そっくりだし妙ないざこざに関わったりでもしたんだろうな)


 そう思ったユギルは追及しなかった。エドウィンも何も言わなかった。


 逆に少女に聞かれてユギル達が話した内容は、今が自然歴の何年何月何日なのかと、この海底洞窟の具体的な位置と周辺の地名。簡単な世界情勢(そもそもユギル達は詳しくないので簡単にしか答えられなかった)、セルトニアとその国民について。


 少女は千年近く人から離れて漂流したり眠ったりしていた割に、人間社会を気にしていた。


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