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海鳴りのシャーマン  作者: 國島雪世
Ⅰ:セルトニア国超規模失踪事件
4/19

1-4

(気配からして入り江の周辺で留まってるな)


 ユギルは魚のようにすいすいと泳いで自分の契約精霊の気配を辿った。

 夕日を受ける遠浅の海は昼よりも鮮やかな色に染まり、多種多様な魚に交じって精霊達が囁き合っていた。話題は大体『なんかうるさいのが通って行った』と言った内容だった。


『騒がしくて悪いな、ちゃんと様子を見てくるから』


 ユギルは少し自分のマナを海に流して精霊達に伝えながら、エドウィンの元まで一直線に泳いで行った。


 辿り着いた先、エドウィンの気配は水深十数メートル程の海底で留まっていた。ユギルが海面付近から中を観察するとごつごつとした岩が多くあるものの、エドウィンは見当たらない。


(岩の隙間に引っかかってんのか?)


 潜って行き更にエドウィンの気配の元に近づくと、大きな岩に人間二人くらい通れそうな三角の裂け目が存在していた。ユギルがそこを潜って少し浮上すると水が途切れる。

 暗闇の中、空気の感覚にユギルは反射的に息継ぎをした。


「おう、待ってたぜ相棒!」


 空気を振るわせてユギルの耳に届いたのはお騒がせなヤドカリの声だった。

 ユギルが目をやると、岩の足場にエドウィンのシルエットが見えた。『見える』事に違和感を覚えてユギルが顔を上げると、黒っぽい岩壁のところどころに埋まる石が淡く緑の光を放ち、ぼんやりと内部を照らしていた。

 ユギルも水から上がって岩場に立つ。高さ二メートル、幅三メートル程の一本道が奥に続いているのが見えた。


「上から見た岩場が海底洞窟になってたのか……」

「すげーだろ? 大発見だぜ!」


 ユギルはエドウィンの表情までは暗くて見えなかったが、鋏脚をバンザイしているのは分かった。


「エドウィン、さっきの精霊はどうした?」

「そこの裂け目に体をぶつけた辺りで正気に戻ってな。謝りながら泳いで行ったぜ」

「なんだ。じゃあ俺が来なくても大丈夫だったな」

「なーに言ってんだ相棒。こんなすげーとこ見つけたんだから探検しないと損だぜ! そのために待ってたんだからな」


 エドウィンは一緒に洞窟探検をするために、迎えに来るだろうユギルを入口で待っていたのだった。洞窟の奥をビシ、と指すエドウィンにつられて、ユギルも奥を見る。


「え?」


 ユギルは道の先から妙に強いマナの気配がある事に気付いた。


―今まで知らなかった海底洞窟の中にある、強いマナの源。


 強く興味を惹かれたユギルは、エドウィンと顔を見合わせる。互いの表情は見えないものの、きっとエドウィンはムカつく程のしたり顔をしているのだろうとユギルは思った。が、それで構わないとも思った。寧ろ誘ってくれない方がユギルは腹を立てただろう。


 一人と一匹は会話もなく極自然に歩き出す。

 うねる道を幾許か進むと、肌を逆撫でるような感覚がした。さらに進むと、奥から白い光が発されている事に気付いた。進むほど濃くなるマナの気配を感じながら、強くなる光を感じながらユギル達は進む。最奥に辿り着く頃には、互いの顔がはっきり見えるまでに明るくなっていた。


 洞窟の果ての行き止まりには、白く光る岩が鎮座していた。

 大体ユギルを二回り大きくしたくらいの岩から強いマナの気配が発されていた。目の前にすると総毛立つ程である。単にマナが溜まった岩ではなく、中に強い精霊がいる、とユギル達は察した。

 ただ妙だ、とユギルは思った。強いマナではあるが、何の威圧も警戒も感じられない。強い気配はただそこに『在る』だけだ。


「中に居るけど……ここまで近づいて何の反応もないなら自我が殆どないタイプなのか?」

「いーや、ここまでマナが凝縮してるなら自我は間違いなくあるだろうぜ。単に俺達に無関心なんじゃねーか? それか周りに鈍感か、だ」

「うーん……」


 ユギルは思案する。


「調べたら怒られっかな?」

「え、いやそれはちょっとなあ……ってオイオイ、キレられても知らねーぞ!」


 エドウィンの忠告は理解しつつもユギルは右腕を伸ばし岩に触れる。単に好奇心を抑えられなかったのだ。急に『探る』なんて不躾だ、と怒られたらエドウィンにも謝るのを手伝ってもらう算段であった。


 ユギルは目を閉じて集中し、自分のマナを岩に流して、岩内部のマナの流れに干渉する。

 岩の中は全体が強いマナで満ちていたが、更に強いマナが特定の形を保って循環しているようだった。


(これがこの精霊の形)


 どんな形か。ユギルは更に集中して探った。上辺に丸い、頭部のような箇所。沢山細い長い物が生えている。例えば髪のような。丸い箇所の下は少し細い円柱状になって、その次は頭部より平たいものの大きく横に広がっている……そう、首と肩のような。更にその下、真ん中に胴体のような太い部分、両端に細く分かれた腕のような部分。


(人に近い?)


 全体像を把握するには流すマナが足りなかった。ユギルが右手から更にマナを岩に注ぐと、瞼の裏が強い光を感じた。


「ユギル!」


 エドウィンに呼ばれたユギルが目を開けると、白い岩が一層強く輝いていた。ユギルは眩しさに目を細める。


「ユギル、マナが共鳴してるぞ! 力が強すぎる、一旦手を離すんだ!」

「取れねえ!」

「何だって!?」


 外そうとしたユギルの右手は岩に吸い付いて動かず、岩の光は益々強くなる。溢れるマナはヒューヒューと唸りを上げて舞いユギルの青い髪をはためかせた。


「エドウィン、一旦中に入れ! 吹っ飛ばされるぞ!」

「おう! お守り持っててくれ!」


 エドウィンはユギルの左手にお守りを渡して体に飛び込み、シュルリと中に溶け込んだ。マナの唸りは徐々に高い音に変わり、耳鳴りのような不快感を与える。


「! 割れる……!」


 マナの唸りが臨界まで達し、岩の光が目の眩むほど強くなった直後。

 ユギルの右手が触れる部位から深い亀裂が八方に入り、凄まじい音を立てながら砕け散った。鋭い破片は四方八方に飛び散り、顔を庇ったユギルの左腕を浅く裂く。

 ユギルの腕からタラリと血が流れ落ちた頃には完全に衝撃が止み、飛び散った岩は砂のように崩れた後するすると解けて、大気に還って行った。

 残ったのは、岩の中に居た存在。


「…………」


 それは人間の少女の姿をしていた。

 膝まで届く長い髪。頭頂部から胸下まで白銀で、そこから毛先に行くにつれ桃色が混じり濃くなっている。大きくウェーブがかった髪は上質な絹糸のようで、それが掛かる肌は雪のように白く陶器のように滑らかである。

 衣類も何も身に着けていない体は華奢な造りをしていた。胸はどうにか髪で隠れ切る程度の大きさで、腰も脚も細い。大人に変わりかけの、十代半ばの少女の肉体であった。

 閉じた瞳をけぶるような長い睫毛が覆っている。十人中十人が振り返るような、可憐な顔立ちの少女であった。


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