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「ユギル! 私、今日は図書館に行くから!」
授業後ノラはそう言って一人図書室に来ていた。ユギルは『固定』の能力鍛練をいつものように行なっている。
三階建ての校舎の最上階、その端に設けられた図書室には冬の弱い陽射しが僅かに差し込んでいる。天井から等間隔に吊るされた電灯が人のまばらな室内を照らしていた。
(歴史が下るほど科学技術も発展しているけれど、伴ってマナの利用にも重点が置かれてる。セルトニアの人達はやっぱりシャーマンとしての労働力目当てで誘拐されてる……?)
ノラは人のいない大きな机で世界地図を広げ、横で歴史書やマナ関連の研究書をいくつも開きながら調べ物をしていた。
(あとセルトニアはマナの集積地だけれど……土地が欲しい国も多いのかしらね)
ノラは先月新聞で、複数の国が連邦に抗議文を送っている、という記事を読んでいた。
国により異なるが、『サザンド連邦は土地を治める人々がいなくなったのをいいことにセルトニアのマナ資源を奪取している』、『一連の事件はセルトニアを自国のものにせんとする連邦の陰謀なのでは?』といった内容である。
海を超えた東の大国の抗議文には『セルトニアは複数の国で共同管理し公平に資源を分け合うべきである』などと書いてあったためユギルが怒っていた。
ノラはマナの集積地についても調べるべきか、と書籍を追加で本棚から取り調べ始める。
(世界全体で見てマナの集積地は連邦領土内の火山、南西の国の毒沼、東の大陸の密林……ここはもう砂漠なのね、あとは数十年前に発見された氷の大地に……)
マナに溢れた地は概ね、豊かな恵みをもたらす動植物の楽園となっているか、人間では到底踏み入れられないような極端な自然環境になっているかのどちらかである。
前者は歴史の中で人間に枯らされてしまった場所がそれなりに多く、後者はそもそも人の近寄る場所ではない。
現在人が利用できる集積地はほぼどこかの国の管理下に置かれ、枯らさないように慎重に利用されている。先程の授業でも言っていたエネルギーとしての利用や研究が昨今の世界的な流行だ。
(やっぱりセルトニアは歴史的に見ても稀な国だわ)
戦禍で滅茶苦茶になる事も他国に搾取される事もなく、集積地ド真ん中でのほほんと生きて来たのはセルトニア人くらいだろう、とノラは思った。
(調べれば調べるほどなんで最近までセルトニアが無事だったのか不思議になってくるわね……いえ、地理的に恵まれてたのは分かるし……連邦からの扱いもやたら良いような気はするけれど。百五十年前の世界条約のおかげかしら? うーん……)
一度ノラは息を吐いた。ふと窓の外に顔を向ければやや遠目に街路樹が見える。葉を落とした木はその姿形がよく分かった。
それなりの樹高をした木は幹がひょろりとしている。高さに見合っておらず、どうにも頼りない。そのままノラが見ていると、人が二人と花のような姿の精霊がやってきて、精霊が木々に力を注ぎ始めた。
片方の人間がその様子を記録していた。
(そう言えばバレンギーナは前より大分良くなったってウィリアムが言ってたわね)
豊かな土地を巡って戦争になり、結局精霊達も逃げ出しマナの流れも乱れ戦火が広がった結果出来た荒れ地が今のバレンギーナ周辺。ここは元々マナの集積地だったのだ、とノラ達はウィリアムから聞いていた。
バレンギーナの街がある大穴もその際に出来たものである。
(一度死んだ土地にシャーマンと契約精霊が押し込まれてるのって中々皮肉よね)
戦争時は連邦自体存在していなかったらしいが。
ノラは何とも言い難いような気持ちになり、気晴らしに歴史書をぱらぱらと捲った。