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時は現在に戻る。ウィリアムが観察する限りでは、ユギルは精霊なしでも行えるマナでの身体強化のみを使い戦っていた。
慌てたような反応を時々交えてはいるものの、土人形の攻撃は全て回避した上で破壊している。その動きに迷いはなく、ユギルは最後の土人形を破壊した後も、多少息は乱れているものの平然と立っていた。
「まだまだ余裕あり過ぎて力を使うまでもないって事ね」
ウィリアムは笑って右足をゆっくりと持ち上げ、タン、と地面を叩いた。
すると、ウィリアムの立つ地面が大きく陥没すると共にその後ろに土壁が高く伸びあがった。
「!」
ユギルが様子見がてら後ろに跳び、更に二人に距離が開く。
「さて、身体強化だけで全部いなせるかな?」
ウィリアムがそう言うと、土壁はさらに高く伸びてぐにゃりと形を歪ませ、寄せる大波の様にその頂端をユギルに向けた。
ユギルはその頂端にマナが集まって行くのを金の眼で捉えた。
「え? いやこれまさか……」
「ハハッ」
冷や汗を垂らすユギルを見て、ウィリアムが口端を歪ませて笑う。
瞬間、その背後に聳える土壁から大量の土塊が放たれた。握り拳ほどの大きさの土塊は弾丸とも言うべき速さで放たれ、一斉にユギルを襲った。
「このっ……!」
ユギルは身を屈め、逆に前に進んだ。ユギルの頭上を飛んだ土塊は大地に着弾し、鈍い音と共に地面をへこませ破裂する。
走り抜けるユギルには、放たれた土塊の多くが当たらず通り過ぎて行く。それでも着弾する土塊のいくつかは強化した腕で薙ぎ払って更に進んだ。
「力技だねえ!」
「うるせえ!」
ウィリアムに悪態を吐きながらユギルは突進した。
(あの弾丸は中~長距離用! 壁の上、高い位置から一方的に掃射する分近づけば撃ち難くなる!)
「実戦想定ってアンタが最初に言ってたろ!」
ユギルは下から滑り込むようにウィリアムに近寄った。そのまま片足で踏み切り、ウィリアムの顎を蹴り上げる。
(重……!?)
ユギルは重すぎる手ごたえを感じた。いくらマナで強化していても人間の頭部の重さではなかった。
だが今更動きを変えられず、ユギルは蹴り上げた脚をそのまま振り抜き、宙返りして着地する。
着地と同時、ぐちゃり、と音がした。
ユギルが足元を確認すると、異常にぬかるんだ地面が足を飲み込み、膝まで浸かっていた。
「げえっ……!」
ユギルが足を動かそうとしてもずぶずぶと泥が動くだけで全く抜ける気配がない。ウィリアムを見ると、ユギルが蹴り上げた時のまま顎を上に向けていた。顎からパラパラと土が剥がれ落ちている。
(衝撃に備えて土を固めて顔を覆ってたのか!)
手ごたえの重さ、その理由をユギルは理解する。
暫し空を見ていたウィリアムは、ゆっくりと顔を戻した。にこにことした顔がユギルを向き、目が合う。
「やあ」
ウィリアムの背後の土壁が、ずずず、と更に曲がってユギルとウィリアムを上から覆い、濃い影が出来た。その頂端は綺麗にユギルを向いている。
「分かってると思うけど、罠だよ」
そして先程と同じように大量の土塊が一斉に、今度は至近距離から放たれた。当然過つ事無く動けないユギルに全て当たり――その動きを静止させた。
土塊は破裂する事も落ちる事もなく中空で、ユギルに触れて留まっている。
「…………」
ユギルは顔から汗を垂らしながら、鼻梁に触れた土塊を見つめていた。ユギルが行った土塊の『固定』は正常に働き、少年の身体を無傷に保っていた。
「ちゃんと出来るじゃないか」
ウィリアムは中空の土塊に触れ、その状態を確認した。マナを流しても土塊に変化は見られない。
「なんで今まで使わなかったんだい?」
「疲れるんだよ結構……」
ユギルが息を吐きながら身を屈めた。その瞬間、『ユギルに触れた状態ではなくなった』土塊がまた動き出す。
「おっと」
ウィリアムが弄っていた土塊は、放たれた時と同じ速さでユギルの頭上を通り抜けて行った。
(元の運動エネルギーは保持しているのか……)
ウィリアムが顎に手を当て考え込んでいると、ユギルが両足の浸かった地面を手でぺたぺたと触っていた。
「うーん……」
「どうだい?『固定』を応用して抜けれそうかい?」
「いや、無理そう……」
ユギルは首を捻った。そして、近づいて来る足音を耳で拾った。
「あくまで『固定』は『固定』であって、泥を岩にしたり水を氷にしたりする力じゃないから。今その泥をユギルの脚が埋まったまま固定したところで、逆に抜けなくなるだけよ」
離れて様子を見ていたノラである。その左肩にエドウィンを乗せていた。
「ユギルの脚が埋まる直前、泥に触れた瞬間に固定したら普通の地面として扱えただろうけど。ちょっと遅かったわね」
「くそ~……」
ノラは手を差し出し、ユギルはその手を借りて泥から脚を抜いた。
「ふーん、なるほどねえ……」
ウィリアムはユギル達を観察しつつメモを取った。
「実戦形式でも特訓は続けるとして、今は能力の使用にもっと慣れてもらった方が良いかな。マナを今まで使っていなかった方法で使う事は自分で思っているよりも疲弊するものだからね」
「俺はバレンギーナではまだ戦力になれないか?」
ユギルはウィリアムを見上げて言った。
「まだこんなんじゃ全然足りないか? どのくらい強くなればいい?」
ユギルの視線を受けて、ウィリアムは少し目を反らした。
「ふむ。うーん」
(正直なところ普通に即戦力)
身内を丸ごと失った少年は強い決意でもって特訓を続けている。真っすぐ見つめて来る強い瞳は、ウィリアムにとっては少し眩しかった。
(この子の境遇が特殊じゃなければ色んな所に行かせてやりたいけどね)
ウィリアムはそれを顔には出さず、眼鏡を逆行で光らせながら頷いた。
「まあ、簡単な任務なら問題ないと思うね」
「! 本当か?」
「やったなユギル!」
喜ぶユギルとエドウィンの方は見ず、ウィリアムは顎に手を当ててコクコク頷く。
「まあ、セルトニア国の失踪事件で今結構世間がごたついてるから。そんな直ぐ捜査に関わらせてあげるとかは出来ないけど。まあ、そのうち? 簡単な任務くらいは? してもらいたいかもなーって思ってるよ?」
「……本当か?」
煮え切らないウィリアムにユギルが半目になった。
「本当だとも。でも暫くはしっかり座学にも出て。しっかりクラスメートとも仲良くしていてくれたまえ。じゃ!」
ウィリアムはずれた眼鏡を直しつつ、そう締めくくって素早く車に乗り去って行った。
「……はぐらかされた?」
「そうね」
「そうだな?」
地面がぼこぼこになった演習場で、乾いた風が細かい土を巻き上げながらユギル達を撫でたのだった。