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海鳴りのシャーマン  作者: 國島雪世
Ⅰ:セルトニア国超規模失踪事件
13/19

1-13


 崖下の街に降り立った後、ユギル達が案内されたのは大きな建物の一室だった。室内にはユギル達とガルシア中尉のみが通され、他の軍人は外で待機していた。


「やあ、ガルシア中尉。それにお客人。待ってたよ」


 簡素な机と椅子だけの部屋には、座ったまま一行を迎えた男が一人。ひょろひょろとした身によれた白衣を纏い、黄土色の髪はボサボサとして艶がない。目の色は濁った灰色でその下の隈は濃く、右目に片眼鏡を掛けて薄く笑っていた。


「こんにちは、僕はウィリアム・ゴートリー」

「俺は――」

「ああ、大丈夫だ。君達については連絡を受けて聞いてるよ。ユギル君、ノラちゃん、エドウィン君」


 男は、顔に当てた右手の人差し指でこめかみを叩いて続ける。


「セルトニアで残った唯一の人間と、その契約精霊。そして近辺の海域に潜んでいた強大な精霊」

「『元』ね」


 ノラが口を挟んだ。


「それでも事件時に莫大なマナを持っていた事は間違いないんだろう? 結局連邦は有力な手掛かりは見つけられていない。所属を問わず、シャーマン含め多くの人間をああも痕跡を残さず消せるならとてつもなく力の強い精霊が関わっていると考えるのが妥当だ。そして君が眠っていたと我々に証明出来る手段は存在しない」


 白衣の男はノラが失踪事件の原因である可能性について言っているのである。ユギルはノラが確かに洞窟で眠っており、覚醒の際もマナの破裂が洞窟内で治まっていた事を確認しているが証拠はなかった。


「ただ、結局連邦はノラちゃんが力の大半を手放してユギル君と契約した事で一先ず君が要因である可能性を除外する事にした。ノラちゃんが犯人ならやる意味ほぼないからね。そもそも数日と船を待たずユギル君も消してさっさと海を移動するだけで良かったわけで」

「そもそも私にそんな事出来ないけどね」

「マナを削る前の君に何が出来たかはこちら側で確認しようがないけどね」


 へらりと笑って返す男に対し、ノラもにっこりと真意の読めない笑みを浮かべた。


「取り敢えずノラちゃんについてはスケールダウンもした事だし様子見。ユギル君の方はそうだね、事件の規模が大きすぎて一人で出来る内容じゃないし、仲間がいるなら島に残る意味もない。やっぱり容疑者から外して様子見する事になったわけだ。連邦からも行方不明者が出てる以上島周辺の調査は続けさせてもらうけどね」

「それで、俺達は何でここへ連れてこられたんだ? さっき特殊な場所って聞いたけど」


 男の話は状況の確認でしかない。ユギルの質問を受けて、男は目を細めた。


「ここがシャーマンの為の街で、学校で、研究所だからだね」

「シャーマンの為?」

「そして籠でもあるわけだ」

「……?」


 要領を得ない男の回答にユギルは眉をひそめた。


「ユギル君、ここで実験台になるのと、ここで働くのどっちが良い?」

「どっちも嫌だ。何だその選択肢」

「さっき言った通り、君達についてはあくまで『様子を見る必要がある』と判断されているわけだ。唯一残った君が失踪事件の手がかりに繋がるかもしれないからね。ユギル君は同胞を探したがっていると聞いたけれど、そのままハイどうぞと大陸に放り出すわけにはいかないんだよ」

「その為に閉じ込めておくって事か?」

「実験台になるならね」


 そう言って男は机の上に伏せていた紙を差し出した。ユギルが手に取り、ノラ達が横から覗き込む。


「『入学申請書』?」

「特殊人材育成学園兼、技術開発研究部兼、精霊事件鎮圧部隊。連邦の虎の子なのに、万一の反乱を恐れて地の底に隔離された街。それがバレンギーナだ」


 ユギルが顔を上げると、白衣の男はこめかみに人差し指を当てながら笑っていた。


「僕らの役割は、シャーマンを育てる事、精霊やマナの操作に関わる新技術を開発する事、精霊に関する厄介事を解決する事。まあ、つまり『セルトニア国超規模失踪事件』についても僕らに調査依頼が回って来たんだよね」

「!」

「バレンギーナの学園部への入学条件は、『六歳以上』、『シャーマンもしくはマナ技術に携わる者』、『連邦への忠誠を誓う者』の三つを満たす事。君が連邦の為に働くと証明してくれるなら、いずれ君の望みは叶うだろう」

「……入学すれば街から出られるようになるのか?」

「君次第でね」


 話を受けて考え込むユギルの横で、エドウィンがおずおずと片方の鋏脚を上げた。


「な、なあアンタ。実験台ってのはどういう意味なんだ?」

「文字通り、死なない程度に技術開発の被験者になってもらう予定だよ。街からは出してあげられないし、何もしないのも暇だろう?」

「暇だからって実験台になりたいワケないだろ!」

「えっそう?」

「そうだよ! なんだ、マッドサイエンティストってヤツか!?」


 喚くエドウィンを他所に、ユギルはこの街に入ってから屋内に連れて来られるまでの情景を思い出した。

 至る所で精霊を連れたシャーマンを見かけ、マナを吹き出す良く分からない装置を見かけた。中尉も知らない機械だった。


 そして下から崖をぐるりと見渡しても、階段らしい階段はなかった。


(さっき『地の底に隔離された街』って言ってたな)


 エレベーターは軍人に管理されている。下から自力で上がって行くには崖は高い。ユギルはロープがなくとも崖を登ること自体は出来る。が、その様子は遠くからでも良く見えるだろう。複数のシャーマンと契約精霊を振り切って登る必要がある。

 つまり、逃げる事は難しい。逃げたとしても慣れない土地で追われる。


 そして何であれバレンギーナは失踪した人間の調査に乗り出す。大陸に来て己の無知さを実感した少年達で闇雲に探し回るより、出来るなら組織に所属する方が遥かに効率が良い事は明らかである。


 実質ユギルが取れる選択肢は一つなのだ。


(連邦への忠誠とかないけど)


「ああそうだ、僕の事はウィリアム先生、もしくはウィル先生と呼んでくれ。これでも一応教師だからね」

「まだ入学するって言ってないけど?」

「でもするでしょ?」


 白衣の男――ウィリアムは、食えない笑みを浮かべている。万年筆を差し出したその手を、若干不愉快そうに見つめてからユギルは手を伸ばしたのだった。



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