表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海鳴りのシャーマン  作者: 國島雪世
Ⅰ:セルトニア国超規模失踪事件
12/19

1-12


 十一月三十日、ユギル達は首都クロスジードへ入っていた。

最新式の軍船はユギルの予想より遥かに速くヨードヴォーに辿り着き、一部別れた部隊は蒸気機関車と軍用のガソリン自動車を乗り継いであれよあれよと言う間にユギル達を護送したのだった。

 連邦の東の玄関口となるヨードヴォーの活気も、延々と敷かれたレールを走る鉄道も、人の脚や家畜を使わず走る車も初めて見たユギル達は何かある度驚くしかなかった。


 しかし変わり果てた故郷を一旦離れた事もあってか、連邦の国力に圧倒されながら進む旅路はユギルにある種の精神療法として良い効果をもたらした。

 ユギルは見慣れぬ食材ばかりの食事を、真っ新な金の目をぱちぱちさせつつも心底楽しそうに食べる。それを見てエドウィンはひっそり安堵の息を吐いたものだった。


(あんまり表に出さないようにはしてたけどなあ)


 エドウィンは顔を真っ青にして島中探し続けていたユギルを思い出す。結局セルトニアにいた人々がどうなってしまったのか分からずじまいだ。エドウィンはせめて自分の相棒には酷い目にはあって欲しくなかったし、その為に塞ぎ込んで自棄になってしまう事も防ぎたかった。

 エドウィンが見る限り、ガルシア中尉を始めとする連邦の軍人達がユギルに親切だった事も安心した要因の一つだった。セルトニアにはなかった道具や機械について、聞けば分かり易く教えてくれる。ユギルに与えられた食事も十分な物だった。


 ノラがユギルと契約する為に力の大半を捨て危険度が減った為か、それとも上から何か指示があったのかユギル達には分からなかったが、歩行時の枷や鉄道乗車時の牢屋などの拘束は徐々に簡易な物になって行き、首都に到着する頃には見張りがいる以外の条件はなくなっていた。



「凄い数の人だな」

「やっぱり首都ってだけあるのね」


 軍用の大型車両、運転席の後ろに設けられた荷台の幌の中。設けられた窓からユギルとノラが外を見ていた。


「中尉、取り調べを首都で受けるんだったんだったよな? もう着くのかあ?」


 エドウィンが短い脚でガルシア中尉に近づきながら言うと、中尉は首を振って答えた。


「いや、実は昨晩連絡があって目的地が変わった。ここは通過するだけだ」

「そうなのか? じゃあどこに行くってんだ?」


 中尉は小さなエドウィンをじっと見つめた。見つめながら何か考えているような目をしていた。


「――バレンギーナだ」




 セルトニアの家々の何倍も大きな建物が無数に続いているような首都を通り抜け、軍用車両はその北西に向かった。

 太い川に掛かった大きな橋を越えると赤みがかった荒野が広がっている。

 車両はそのまま一本道を進む。ユギルが物珍し気に何もない荒野を暫く眺めていると、やがて道が途切れている事に気付いた。


「崖か?」


 ユギルが更に先に目を移すと遥か遠くにその対岸が見えた。車両は崖より十数メートル手前で停まったため、崖下の様子はユギル達には見えなかった。


「行き止まり?」

「いや、ここが目的地だ。三人共降りてくれ」


 首を傾げるユギルにガルシア中尉が促し、人一人と精霊二体が降りた。そして中尉が何か言う前に、ユギルは崖の際まで走り寄る。先に降りていた軍人の一人が慌てた声を出した。


「おい、危ないぞ!」


 ユギルは崖際で立ち止まり、視界にその全景を収めた。崖は高い。セルトニアのちゃちな崖より遥かに高い。

 ただそれより視界に飛び込んで来た光景にユギルは口をあんぐりと開けた。


 高い崖の底、その広い大地を埋め尽くすのは街であった。


「は……?」


 崖はよく見ればユギルが立ち止まる位置から対岸までカーブを描いて繋がっており、綺麗な円形になっていた。途中で一ヶ所、崖底から高く伸びた高い建造物が崖に密接しているのが見える。


 街は崖の底でそのまま丸い形をしていた。

 大きい建物も小さい建物も、広場のような場所も見受けられたが、きっちりと太い道路で各区画が区切られている。一から設計された計画都市である事は明らかだった。

 崖から離れた街の中心は日が当たりやすいのか緑が多く、外側に行くにつれ緑が減り建物がより多くなっていた。


「こんなのってアリかよ!!」

「凄いわね、ここがバレンギーナ?」


 いつの間にかノラがユギルの直ぐ後ろに来ていた。その隣にはガルシア中尉もいる。


「そうだ。連邦の、いや世界的に見ても特殊な場所だ」


 そのまま中尉は崖のギリギリに立つユギルの首根っこを掴んで引く。


「エレベーターで降りて向かうぞ」

「エレベーター?」


 そのまま、一行は先程ユギルが目を留めた高い建造物に近づいて行った。

 高い崖に囲まれた街と崖上を結ぶエレベーターである。極太い鉄骨の骨組みだけで作られた昇降路、それに覆われた籠は二基。人間が二十人以上乗れるだろう大きさの籠は全面金網で出来ていた。幾本ものワイヤーロープで上から吊るされており、見上げればワイヤーロープは大きな車輪に掛かっていた。

 エレベーター本体の横には小さな建物があり、小窓の前に記帳台があった。

 先に行っていた軍人の一人が建物の中に居る軍人と何事かやり取りを終え、ガルシア中尉に振り返って頷く。中尉も頷き返し、今は両方地上部に存在する籠、その片方に乗った。


「これも大陸の機械だ。皆乗ってくれ」

「……え? こんな大きいのが下に動くのか? 落ちないの?」

「外部から破壊されない限りはそうそう落ちない。バレンギーナを行き来する際には全員このエレベーターを使用した上で入出記録を管理する事になっているんだ。不安かもしれないが乗ってくれ」


 軍人数名とおっかなびっくりなユギル達が乗ったエレベーターはややあってガコン、と大きな音を立てて動き出した。


「落ちる! 落ちてるってこれ!」

「ああああああユギル! ユギル! ぞわってするぞわって!! 俺が浮いたら掴んでくれ!!」

「…………」


 一生懸命ユギルの脚にしがみ付いているエドウィンと、無言でユギルの服を握りしめるノラにユギルは挟まれていた。


「耳が気持ち悪い! 何だこれ!」

「そういうものだ。降りれば治るさ」


 未知の物体に騒がしくするユギル達をもう見慣れてしまった軍人達は何処となく生暖かい目で彼らを見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ