表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海鳴りのシャーマン  作者: 國島雪世
Ⅰ:セルトニア国超規模失踪事件
11/19

1-11


 状況を整理する。

 セルトニア国民のユギルとその契約精霊エドウィンは、十一月十五日の夕方、島から離れた海底洞窟に入る。そこで休眠中の精霊を起こし、夜の満月が登ってから島に戻った。

 帰村後住民がいなくなっている事に気付き、近くの街に移動。同様に人が消えている事を確認。

 それから数日間、僅かな休息を挟みつつ島中を探索。しかし人との遭遇はなし。


 十一月二十日、定期船に共に来訪した連邦海軍の軍船内部に滞在する事になり、そこで海底洞窟から起こした後同行していた精霊と契約に至った。


 契約に関する全てを牢屋内の監視下で行ったユギル達は、追加の聴取は受けたものの拘束条件が厳しくなることもなく、そのまま牢屋で過ごしていた。




 そして十一月二十二日、狭い島と海底洞窟を含めた周辺を虱潰しに探した連邦軍が、『生存者も死者も見つからず、消息不明』と結論を出す。

 とっくに引き返していた交易船と同様に、湾岸都市ヨードヴォーへの帰路を辿る事となった。




「我々は行方不明者の探索を打ち切り、一度連邦に情報を持ち帰る事になった。この船はこれからヨードヴォーに向けて出港する」


 そう牢屋の外側から告げたのは、二日前、ユギルが最初に話した軍人だった。

 二十代半ば程の、引き締まった体格の男は今まで二回ユギル達の様子を見に来ていた。一度目は契約時ユギルが気を失った後、二度目は目覚めたユギルがノラに名前を付けた後だ。追加聴取を行ったのもこの男だった。

 そして三度目の今、ユギルに今後の予定を伝えに来たのである。


「そっか……ガルシア中尉、結局手がかりらしい物は連邦軍でも見つからなかったのか?」

「……そうだな。それらしい物は見当たらなかった」


 ユギルにガルシア中尉、と呼ばれた軍人は、精悍な顔の眉間にシワを寄せ、目を伏せながら答えた。そして目線を上にあげ、再びユギルを見る。


「ユギル・ハイラム君。君にはこれから唯一の生存者としてサザンド連邦首都のクロスジードに来てもらう。そこで更に詳しく聴取を受けてもらう予定だ」

「聴取を受けた後は? 俺は皆を探しに行きたい」

「そこまでは私には分からないな……これほどの規模の失踪事件は前例がない。ただ君の要望自体は伝えておこう」


 そう言ってガルシア中尉は帰って行った。



「どう思う?」


 見張りから隠れるようにコソコソとユギル達は話し始めた。


「あの中尉は悪いヤツじゃねえと思うな!」

「本人の中身がどうであれ軍人でしょ? 命令次第で何でもするんじゃないかしら?」

「え、何でも? 軍人ってそういうものなのか?」

「マジかあ、軍人って怖えな!?」


 緊張感のないユギルとエドウィンにノラが白い目を向けた。


「……セルトニアに軍とかないの?」

「「ない」」


 きっぱり言う二名にノラが溜息を吐いた。


「僻地だとしても、こんな船が行き来する世でよく国として残ってたわね……」

「なんかあったら皆で頑張る感じだからな! 警察は一応いるぜ」


 鋏脚をバンザイするエドウィンの巻貝を、ユギルが指でつついて揺らす。


「実のところは連邦の属国みたいなものだって教わったけどな。表面上は同盟国だけど、連邦から輸入する物がないと今の生活を維持できないってさ」

「へえ……? 属国だと何かあった時手を出すのが面倒だから、表向きはそのままにしてるって事かしら?」

「にしては連邦の海軍来るの早くなかったか?」


 ユギルが腕を組んで首を傾げる。ノラは頷いて同意した。


「凄い数の軍人が当たり前に国中歩き回ってたみたいだし、私達が首都に行くのも決定事項になってるし不自然な点が多いわね。ヨードヴォーだって連邦の一部なんでしょう? 聴取はそっちでも良いじゃない」

「まあそうだよな。やっぱなんとなく怪しいって言うか」

「同盟国にしてもやり過ぎな気がするのよね」


 ノラはその柳眉を歪めて、エドウィンも真似して同じ顔をする。

 ユギル達の情報量では、連邦の意図について考察する事は困難であった。



 それからややあって、船は激しい振動を伴い動き出した。交易船に合わせていた往路と違い、復路は単身。最新式の蒸気タービンで、交易船より遥かに速く進む軍船がターコイズブルーの海から遠ざかって行った。






 時は流れ、場所は移る。

 十一月二十六日。サザンド連邦首都クロスジードに存在する連邦大議事堂。その最上階の一室で、十余名の人間が円形の机に座っていた。壁際にも数人が立っている。

 天井の高い長方形の部屋、その長辺側の壁一面はガラス張りの腰高窓である。昼下がりの日差しが高い位置から燦々と降り注ぎ室内を明るく照らしていたが、机に座る人間の多くは苦悩の表情を浮かべ、資料の束に目を通していた。


 その内の一人、太り気味の男が顔を赤くしながらぶるぶると震え、握りこぶしを机に叩きつけた。


「一万一千人以上が丸ごと見つからないだと!? そんな馬鹿な事があるか!!」

「落ち着いて下さい。全て事実です、遺憾ながら」


 痩せ気味の老人がこめかみを揉みながら諫める。


「落ち着いていられるか! セルトニアだぞ!? あそこに何人シャーマンがいると思ってる!?」


 男の激昂は止まらない。今度は開いた手でバシバシと机を叩く。


「七二四八人! それが丸ごとだ! 死体すら見つからないのがよりタチが悪い!」


 男が鼻息を荒くしながら背もたれに勢い良く身を預けると、それを皮切りに何人かが喋りだした。


「セルトニア国は秘密裏に島を抜け出し、連邦への攻撃を考えているのでしょうか?」

「いや、島から消えたのは他国の観光客や労働者を含んだ人間全てだ。国民だけが消えたならまだしも状況がおかしいだろう」

「連邦に事が露見しないよう口封じしたのでは?」

「セルトニアに一万も乗れる船はないでしょう、島には多くの船が残っていたと聞きます」

「シャーマンを常識で図るな! 何をするか分からん奴らだ。それに他国が手引きしたかもしれん」


 そこで一人が資料を捲りながら呟いた。


「しかし諜報部の資料では国民に暮らしへの不満は見受けられないとある」

「分からんぞ。観光客を装った間諜が何やら吹き込んだやもしれぬ」

「お待ち下さい。当時島で何が起こっていたか全く分からないのが問題なのでは?」


 痩せ気味の老人が一度卓から目線を離し、壁際に立つ一人に声を掛けた。


「マーク部隊長。連邦から潜入させていたシャーマン達も行方を辿れないのだな? 詳しく聞かせてくれ」


 マーク部隊長、そう呼ばれた男は感情を乗せず淡々と説明を始める。


「はい。連邦からセルトニアに派遣していた諜報部隊はシャーマン四名。その内二名から十一月十五日、午後六時三十二分に特殊無線による緊急信号を受信しています。信号は直ぐ途絶え、その後はこちらから連絡を送っても反応がありませんでした」


 そう言って懐から、手の平より小さいくらいの機械を取り出した。灰色で平たく、スライド式の蓋が付いている。


「フム……それが噂に聞くシャーマン専用の無線かね?」

「はい。連邦で現在成功している通信用無線の最長距離は二千キロメートルですが、こちらの特殊無線は距離を問わず通信が可能です。モールス信号のみ、と言う欠点はありますがね」


 そして特殊無線を持った手からズル、とトカゲ型の精霊が現れた。男の前腕と同じくらいの大きさで、体色は半透明の黄色である。体内に蛍のような光が幾つもあるのが透けて見えていた。それらの光は淡い光の線で結ばれ、星座の様でもある。

 契約主の腕に逆さにしがみ付いた精霊は、不自然に短い尻尾をその手に摺り寄せた。傍目には甘えるような仕草であった。


「私の契約精霊の体の一部が特殊無線にそれぞれ埋め込まれています。そこにシャーマンがマナで干渉する事で、離れた場所でもマナの揺れを信号として感知できるのです」

「その特殊無線の場所は辿れるのかね?」

「はい。私の契約精霊の一部ですから。ただ全ての無線はセルトニア国内に残されていました」


 マーク部隊長は一拍おいて続ける。


「無線が見つかった場所は四か所、屋内と屋外でそれぞれ二つずつと海軍から報告を受けています。緊急信号を送って来たのは屋外にあった二つの無線です」

「では屋外にいた二人だけが異常を察知出来たと?」

「そのように考えられます」


 そう言ってマーク部隊長は契約精霊を体内に戻した。

 太り気味の男が苦い顔で言う。


「連邦が選りすぐったシャーマン達が信号を送るしか出来んとはな……」

「面目次第もございません」


 マーク部隊長は真顔で頭を下げた。太り気味の男はそれを見て鼻を鳴らした。


「まあまあ。緊急信号を受けて早急に海軍を派遣出来たのだから良いではないか。そもそもセルトニアに多数いるシャーマン達が対処出来なかったのならどうしようもあるまい」

「そうだろうか、セルトニア人にスパイがばれていたのでは? 連絡出来ないように同時に潜入部隊が襲われたのではないか? やはりセルトニアが意図的に……」

「奴らがイーゴット国辺りに行っていたらまずいぞ。大量のシャーマンがそのまま他国の戦力になってしまう」

「しかし整合性の合わない点が多いのでは? 私はセルトニアは被害者側だと思います」


 また口々に意見が流れ出す。

 連邦上層部では、『セルトニア国にいた全員が何者かの襲撃を受けた』もしくは『セルトニア国民が連邦に敵対する為秘密裏に移動し、口封じに他国の人間も消した』概ねこの二つの説で意見が割れていた。


「やはりセルトニアに無線を設置させるべきだったのでは? 最新式の物なら連邦領土の海岸まで届くでしょう」

「何を言っている? あの国は隔離しておくと前から決まっていただろう。下手に技術を与えるべきでない」

「そんな温い事を言っているからいけなかったのだ。もっと支配を強めるべきだった」

「あまり干渉し過ぎると多国会議でまた言われる。集積領域はそのままにしておくべきだと」

「そう、集積領域だ。今あの領域はどうなっている?」


 誰かがそう言い、室内の目線が壁際に立つ数人の内、軍服の人間に向けられた。


「偵察部隊と入れ違いで『救命部隊』として二隻船を向かわせ、逗留しています。現在は異常なく、引き続き島の調査を続けています」


 それを聞いた円卓の人間達は一度頷いた。

 そこまで話が進んだところで、今までずっと目を閉じ無言だった老人が目を開く。スーツの上からでも体格の良さが分かる偉丈夫である。


「『青い宝石箱』、『最高格集積領域』、『シャーマンの揺り籠』、他にもいくつかあったか。あの国を指す言葉は」


 室内全員の視線が老人に向いた。


「星を巡るマナの流れ、その潮目が集まるマナの集積領域。セルトニアとその周囲の海域は世界でも有数の、非常に多くのマナが流れ込む場所だ。ずっとそうだ。あの国は何百年と前から、シャーマンが生まれる地を欲した国々を見事に追い払って来た」


 老人が一旦区切ると、太り気味の男が苦々し気に口を開いた。


「巨大な帆船の集団を、小さなボートで沈めた話は有名だな。契約精霊の力でボートすら不要な遊撃部隊もあったと。海での奴らの戦闘力は比にならん」


 老人は頷き、蓄えた顎鬚を撫でながら引き継いだ。


「絶海の孤島への進軍をやがて多くの国が諦めた。そして四十年前の多国会議にて、セルトニアは不可侵の国とする決議が下った。いち早く同盟を結んでいた我ら連邦は独占的な貿易権を得る事は出来たが、属国にする事は敵わなかった。観光地として開かれた国となったセルトニアは常に多くの国の監視下にある」

「だから援助し連邦の通貨を流した上で発展させ、連邦なしではやっていけないように誘導したのでしょう。今更何が言いたいのです?」

「何、確認だとも。セルトニアと言う国の在り方のね」


 ずっと目をキラキラと光らせながら話す老人の真意は見えない。


「交易を受け入れ、外の文化を受け入れ、観光客を受け入れたセルトニアは変わった。多くが公用語を話すようになり、貨幣経済が定着し、連邦の方法も取り入れて漁をするようになった。ただそれでも変わらず、生まれる子供達にシャーマンとしての技術を教え、武術を教え、磨き続けている。国と海を守る為だ」

「それこそ連邦に刃を向ける為では?」


 口を挟む太り気味の男を見て、老人はフッと笑った。確信を持った笑みだった。


「私は彼らが故郷を捨てる事はないと思っている。海と共に生きマナの流れの中で精霊と語らい海に還る、それが彼らだ。『青い宝石箱』の中身だよ」

「では、議長はセルトニアは被害者側であると?」

「そう考えている」


太り気味の男の問に、議長、と呼ばれた老人は肯定する。そして続けた。


「問題は箱の中の宝石達がごっそり盗まれてしまった事だ。手段は定かではないが、どこの国に渡っていてもよろしくはない。何せ、()()として優秀過ぎるからな」


 君はどう思う?

 そう言って議長はマーク部隊長――この中でただ一人のシャーマンに微笑みかけたが、やはり彼の表情は動かなかった。少し思考し、シャーマンの男はこう返した。


「…………一つだけ、箱からはみ出た石が残っていたそうですね。()()()で隔離しましょうか?」


 議長は笑みを深め、眼尻の濃いシワが更に深くなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ