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海鳴りのシャーマン  作者: 國島雪世
Ⅰ:セルトニア国超規模失踪事件
10/19

1-10


 気を失ったユギルが目を覚ますと、まず視界に少女の姿が入った。


「あら、おはよう」

「起きたのかユギル。おはよう!」

「……おはよう」


 視界外からエドウィンの声がした。ユギルはしゃがれた声で返事をしながらのっそり起き上がり、少女をじとりと睨みつける。


「……無茶苦茶しやがって」

「ごめんね?」

「…………」


 口をへの字に曲げたユギルは、少女が差し出して来た水を無言で飲んだ。冷や汗を多量にかいた体にぬるい水が染み渡る。

 一度息を吐いて、少女をもう一度見る。ユギルの眼には彼女のマナの規模が大幅に小さくなっているのが分かり、顔を歪めた。


「スケールが十分の一くらいになってないか?」

「二十分の一。目算が甘いわよ」

「ハア? どっちにしても意味分かんねえ」


 少女は自身を構成するマナ、その九割半を削っていた。人間の魂一つと契約する際、はみ出てしまった余剰分である。


「そんなにマナを捨ててまで契約してどうしようって言うんだよ」

「捨てたんじゃないわ、解放したの。自然に還元されてまた世界を巡るわ。あのマナ達はあれで良いの」


 ユギルは呆気にとられた。


(自身を極端にちっぽけにしてまで人間と契約する理由なんてないと思ってたけど)


 少女は平然としている。

 自分の身を大幅に削る行為、それを全く厭わず寧ろ良しとする価値観を持つのであれば、そもそも少女にとってはデメリットがない事になる。


「……俺と契約した理由は?」


 何か要求する物があるのか。問うたユギルに、少女は小首を傾げ、美しい緑の眼でユギルを見つめて真顔で言った。


「あなたと一緒にいたかったから?」


 これにはユギルが固まる。牢屋をちょこちょこと歩いていたエドウィンが口を出した。


「良かったな、ユギル。すげえ口説き文句じゃねえか」

「五月蠅い」

「変な意味じゃないのよ?」

「分かってるよ!」


(人そっくりだからこう、変な感じがするだけで、別に珍しい事じゃない)


 ユギルは動揺を悟られないようひっそり深呼吸して身を落ち着ける。この少女精霊はどう見ても全くの平常心で言っている。つまるところ単純に気に入られただけだとユギルは冷静な部分で理解していた。


 精霊側からシャーマンに契約を持ち掛ける場合、『この人間が気に入ったから』と言うのはよくある理由である。一度断られた精霊が気に入った人間に暫く付きまとい、結局契約に至ったケースもユギルはたまに見かけていた。

 今回は少女精霊が強引に契約出来る程のマナを持ち、また自分の力に執着がなかった為至極稀な契約になったのだ。もし全ての精霊が一方的に契約出来る仕組みなら、付きまといなど起こらずその場で契約させられる事例はそれなりに出るだろう。


「ちゃんと相談してくれれば良かったのに」


 ユギルはマナの規模が大きすぎて契約すると言う発想自体がなかっただけで、この少女精霊の事は別に嫌ではなかった。その為不満点は無理やり魂をこじ開けられた、そこに尽きる。


「ええ、そうだったみたいね。ごめんね?」

「終わった事だから良いけどさ……もうするなよ」

「そんな量のマナもうないから出来ないわ」


 柔く微笑む少女は反省の色がいまいち見えない。ユギルはため息を吐いて、熱感が残る胸部を見下ろした。

 襟ぐりの広いタンクトップから赤い痣の端が見えている。布地を引っ張ると、胸から腹にかけて縦に長い痣全体が見えた。少女精霊の契約印だ。

 出来たばかりのそれは未だじりじりと熱を持ち、もう自分の契約精霊はエドウィンと少女の二体になったのだとユギルに分かり易く伝えていた。


 契約前に言った通りであれば、彼女は『死ぬまで』ユギルといる気でいる。それが直ぐに心変わりしてしまうような刹那的な言葉なのかは定かでない。

 ユギルの一生などこの少女精霊にとっては取るに足らない長さの暇つぶしで、本当にずっと共にいるつもりなのかもしれない。あるいは飽きたら契約を破棄したがるかもしれない。


(どっちでも良い)


 ユギルの家族も友人も知り合いも、エドウィン以外皆いなくなってしまった。気まぐれでも酔狂でも一時的でも味方が増える事はユギルにとっては正直喜ばしかった。


 ただそれを口に出せる性格でもなかった。代わりにユギルが差し出したのは右手である。


「じゃあ、ホラ」


 少女は一度目を瞬かせた後、笑ってその手を握り返す。櫂を漕いだり武術の鍛錬をしたりするユギルの手と違い、少女のそれはしなやかで柔らかいものだった。


「ユギル・ハイラムだ。よろしく」

「よろしくね」


 その手は握ったままでユギルは尋ねる。


「名前はいるか?」

「そうね。あなたに付けて欲しい」


 出会って五日、名無しで過ごしていた少女はここで初めてユギルに名前を欲しがった。ややあってユギルが命名する。


「じゃあノラ」

「ノラ?」

「セルトニア語で『我が強い』って意味がある」

「何それ!?」

「今じゃ大陸共通の公用語がメインだけど、昔からセルトニアで使われてた言語があるんだよ。ぴったりだろ」


 目を見開く少女に、ユギルは口端を上げて笑った。魂を圧された仕返しに、奔放な少女の不満顔を見て溜飲を下げるつもりだった。


 しかし予想は裏切られる。


「……ッフフ……」

「ん?」


 少女は目を見開いた後、顔を笑み崩して笑っていた。


「我が強い!? 良いわね! 凄く良い!」

「えっ?」


 少女は花が咲くような満面の笑みを浮かべている。


「とっても気に入ったわ! 私は今日からノラね?」

「あっ、ああ……気に入ったらならまあ……それで」


 ユギルは冗談のつもりだったし、気に入るとは全く思っていなかった。何なら他にパッと挙げられる名前をいくつか考えていた。

 ただここまで気に入られると今更取り下げ難い。


「嬢ちゃん、名前のセンス人にとやかく言えないんじゃないか?」


 ぼそりと呟くエドウィンを他所に、少女はユギルと握手した手に、更に左手を添えて包んで微笑んだ。


「私はノラ! これからよろしくね、ユギル!」


 少女精霊、改めノラは、今までで一番幼く見える顔で笑った。




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