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自然歴三四八二年、十一月十五日。国が一つ滅んだ日。
マナと精霊溢れる世界テセロスディアの海にポツリと浮かぶ、ほんの小さな島国。セルトニアでの話である。
ユギルはセルトニア生まれのセルトニア人で、生まれてから十三年間、一度も国を出た事がなかった。
世界に五つある大陸の一つ、その広範囲を占めるサザンド連邦の、東海岸から南東に海を渡った島国。極彩色の花と透き通るターコイズブルーの海、穏やかな潮騒で彩られた常夏の楽園。それがセルトニアだった。一万と千程度の国民の大半が観光業か伝統工業、漁業に従事していた。
ユギルは両親と揃いの青い髪に褐色の肌、金の眼を持っていた。父は漁師で、母は観光ガイド。典型的なセルトニア国民だった。
十三歳のユギルは村長開催の『学校』が終わった後、小遣い稼ぎにボートに客を乗せていた。
「お客さん、こっからなら入江の洞窟と灯台の方に行けるけどどっちが良い?買い物に行きたいなら灯台に向かう途中の桟橋から商店街に行けるよ」
その日のボートには青年が二人。つい先ほどホテルに荷物を預けたばかり、と言っていた。片方の男が水平線を眺めながら言う。
「そうだなあ、景色を見たいからゆっくり……商店街の方に漕いでくれないか」
「分かった」
ユギルは手慣れたように櫂を操りボートの方向を変えた。
「なあ、少年。ちょっと教えて欲しいんだが」
「何? 美味い店?」
「いや、それも魅力的だが。セルトニアの人は精霊使い……シャーマンが多いって本当かい?」
「ああ、他の国の事は良く知らないけどそうらしいね」
何度となく聞かれた質問だったので、何度となく同じ答えを返す。
「大体六割がシャーマンだよ。まあそもそも小さい国だから六割でも七千人くらいだけど」
「七千!?」
もう片方の男が叫んだ。
「声デッカ」
「いや、だって……シャーマンだぞ!?」
シャーマン、精霊使い、マナの愛し子。様々呼び名はあれど、指す対象は変わらない。
――つまり世界を流れるマナに干渉し、マナから生まれる精霊と契約し、使役出来る者の事である。
「なんか他の国じゃシャーマンって珍しいんだって?」
「あ、ああ。地域によって差はあるが。大体の国が数百人に一人いれば良い方だよ」
「ふーん?」
「ふーんってなあ。オレ達の国じゃシャーマンってだけで女に困らねえぞ。国営の研究機関にも余裕で就けるしそれだけで高給取りだ」
「へー……」
ユギルの周りでは全く珍しくない。口から漏れる相槌は明らかに気が抜けていた。
ユギルの反応が気に入らなかったらしい青年達は、その後もいかにシャーマンが自国で持て囃されるかを熱く語り、ユギルはコクコク頷きつつ概ね聞き流しボートを漕いだ。
商店街近くの桟橋で二人の男を降ろしてしっかり見送ってから、ユギルは一人で呟く。
「エドウィン」
途端、ユギルの頭からひょこりと巻貝の先端が飛び出た。そのまま体積など無視するように、スウ、とユギルの頭からヤドカリが現れる。
十五センチ角程の大きさのヤドカリはそのままユギルの頭の上に鎮座し、鋏脚を一本、やあと持ち上げて言った。
「おう、呼んだか?」
「エドウィン、中で話聞いてたろ。あの二人、商店街でどうなると思う?」
「そりゃあもう引っくり返って尻餅ついて腰を痛めるんじゃないか、観光初日に。誰かさんが街中契約精霊だらけですよって教えてやらないばかりに!」
ヤドカリは仰々しく鋏脚二本でやれやれとポーズを付ける。
「ホテル周りは観光客以外寄り付かないけど商店街は流石に地元民ばっかだからなあ。可哀そうになあ」
ヤドカリの言葉にユギルは心外だ、と言いたげに眉を動かして言った。
「知らないんなら知らないまま目にした方がサプライズ感あっていいだろ」
「ハッハア意地悪なヤツめ! 悪いシャーマンだな!」
コノヤロ!とユギルの髪を脚全部使ってぼさぼさにするヤドカリ、いやヤドカリ型の精霊を、ユギルはむんずと掴んでボートに放った。
ユギルは国民の過半数に漏れずシャーマンであり、エドウィンはその契約精霊であった。