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リックの事情

 アレシアは捜査の過程で知ったことを語ってくれた。


 リック・ザイセンは妻のドリアが言っていた通り、生真面目で清廉潔白な税吏だ。権力を笠に着て理不尽な徴税をすることも無ければ、賄賂を貰って手心を加えることの無い人物である。


 そんなリックにある命令が下された。かねてから不正が疑われていたイドリス商会の調査である。


 イドリス商会は豪商のヘドレイ・イドリスが一代で築き上げた。主に宝飾品を取り扱い、きめ細やかな加工技術とデザインが評判だという。顧客には富豪や貴族など富裕層が何人もいて、ウィスティア王国のお偉いさん方にも顔が利くらしい。さらに商売の手を広げ、王都のあちこちに土地や建物を購入したという。


「ってことは、税吏たちにも顔が利くってことだな」


 俺はソファの背もたれに寄りかかり、後ろ頭に手を組んで訊いた。


「ええ、以前にイドリス商会を調査していた税吏はかなりの金品を授受していたのです」


 アレシアはお茶を一口飲んだ。グラスを置くと背筋を伸ばして俺を見据える。


「で、その代わりに徴税に手心を加えるってところか」

「はい。事態を重く見たリックの上役が彼にイドリス商会を調査をするよう命じたのです」

「でも上手くはいかなかった、と。それで、なんで憲兵が関わってくるんだ? たしかに法に触れるけど、そのぐらいの不正、内密に処理しそうなもんだけどな。それに、リックさんが憲兵に追われる理由もないだろ」

「お恥ずかしい話ですが、わたしたちも無関係ではなくなったのです」

「どういうこと?」

「実は、リックには弱みがあるのです。それには憲兵の不手際が絡んでいて……」


 アレシアは説明を続けた。


 リックとドリアの間に、長男と次男の二子がいる。長男の方は父親に似て真面目だが、問題は次男の方だった。


 リックの次男、ゲイルは魔法の才能があったようで、学校でも優れた成績を残したという。しかし、ゲイルは気性が荒く、素行不良が目立った。魔法を喧嘩に使って相手を傷つけたことも一度や二度ではないらしい。


 あまりにもトラブルを起こしたため、学校は除籍になった。それからろくに働きもせず街をうろつくようになり、方々でトラブルを起こしたという。


 ゲイルの素行に、リックとドリアは愛想が尽き果て彼を見放した。それからゲイルは冒険者として各地を転々として過ごした。ただ、冒険者としては大成できそうもないとすぐに見切りをつけて王都に戻り、荒れた日々を送っていたらしい。

 そして、ある事件が起きた。リックがイドリス商会の調査に手をつけたころ、ゲイルが冒険者たち相手に喧嘩を売ったという。なんでも冒険者たちが我が物顔で王都を闊歩していたのが気に食わないと言いがかりをつけたらしい。

 冒険者たちはゲイルの挑発に乗り、派手な喧嘩を始めた。ただこの冒険者たちは駆け出しの未熟者で、有体に言えば素人に毛が生えた程度の戦闘技術しか持ち合わせていなかった。ゲイルは火炎や雷撃などの魔法を繰り出し冒険者たちと闘争を繰り広げた。

 ゲイルは手加減せずに喧嘩をしたせいで、冒険者たちは息も絶え絶えになった。幸いにも駆けつけた憲兵たちが回復魔法を施し、一命はとりとめたが、思ったよりも傷は深かったという。


 ゲイルは憲兵に捕まり、重罪に問われる可能性もあった。

 ところが、事態は思わぬ方向へ転がる。

 ゲイルは無罪放免となったのだ。


 憲兵の調べでは冒険者たちが不要に力を振るい、王国民を傷つけようとしたため、ゲイルには正当防衛を適用されたという。


「ふーん、そんなことがあったんだな」


 これらのことを、ドリアは一切話してくれなかった。だが、彼女を責めるのはお門違いだ。ゲイルの存在がリックの不審につながると考えるのは飛躍し過ぎている。


 依頼人にはなるべく詳細を話してもらった方がこちらも仕事がしやすいが、不都合な事実を糊塗して話したがる依頼人もいる。ドリアの場合、不良息子のゲイルの存在が疎ましく、他人に話すのは恥ずべき行為だと思っていたのかもしれない。


「ええ、非常に情けないです。本来ならゲイル・ザイセンを然るべき罪に問わなければいけません」


 アレシアの視線が、悔しさを覆い隠すようにきつくなった。


「その無罪放免の絵図を描いたのが、ヘドレイ・イドリスってわけか」

「はい。ヘドレイはリックに恩を売るために憲兵に手を回したという噂が立ちました。ですが、リックは息子には罰を与えるべきだと訴えていたそうです」

「えらいもんだな。普通、子どもを庇ってもおかしくないはずだけど」

「下手に庇うよりも、きちんと罪を償わせた方がゲイルのためになると考えたのでしょう。リックも親として至らなかったところを直し、ゲイルの更生に努めると言っていたようです」

「でもなんだな。ゲイルの事件が明るみに出たら、リックさんもただじゃすまないだろ。たとえ、親と子は別とは言っても、そいつはあくまで建前。ろくでなしを育てた親だって評判が立って、閑職に追いやられてもおかしくなさそうなもんだがな」


 俺は両肘を膝について手を組んだ。


「リックはそれを厭わなかったようです。事実に向き合う覚悟があると言った診たいです。ヘドレイたちの企みは失敗したと言ってもよいでしょう。そして、冒険者崩れのアイザックたちにリックを追い込むよう依頼したのです」


 アレシアはグラスに口をつけて喉を潤した。


「冒険者崩れっていうけど、アイザックとベッツィってのは何者なんだ? どうも今回だけ悪事を働いたわけじゃなさそうだけど」

「恐喝を生業にしています。リックだけではなく、官吏や富豪など社会的地位のある人物の弱みを握り、脅しをかけて金品を貰う悪党です」

「なるほどねぇ。その弱みってのは、憲兵にも訴えづらい、醜聞をはばかる類のものだな。で、堅物のリックさんに新しい弱みはなく、美人局を仕掛けたと。さらに息子が無罪になったから、悪徳憲兵と繋がっていると言いふらすって脅したんだろうな。第三者からはそう見えてもおかしくない」

「おそらくそうです。なので、リックを重要参考人として証言してもらおうとわたしが追っていたのです」

「不自然な息子の無罪、美人局にはめられた。で、ヘドレイが不正を瞑るようリックさんに接触を図った。なるほど、リックさんが重要参考人と目されるわけだ」


 俺は膝から肘を離して、ソファの背もたれに大きく背を預けて後ろ頭に手を組んだ。


「はい。リックが正直に話してくれたら、捜査は一気に進展します」

「そもそもリックさん、なんで美人局なんて引っかかったんだ? どうもその手の話には乗らない気がするんだがなぁ」

「それはまだなんとも……。しかし、アイザックとベッツィが美人局を企てたのは今回だけではないとの情報があります。それが確かならリックが罠にはめられたと証明できるはずです」


 アレシアの語気が強くなった。


「なるほどねぇ。美人局が上手くいきすぎて味を占めた結果、憲兵に目をつけられたってところか」

「おそらくそうだと思います」

「あんまり賢い連中じゃないな。アレシアが『ベレヌス』に踏み込んだ時だって、なにかまずいことを聞かれたわけじゃない。白を切って連行を拒否することだってできたはずなのに店から逃走して、しかも俺に危害を加えようとしたんだからな」

「所詮、小悪党に過ぎません。そのような輩を憲兵が野放しにするのは……」

「面目丸つぶれ、ってところだな」

「……はい」


 端的に正鵠を射てしまったせいか、アレシアは口元を歪めてしまった。ちょっとデリカシーがなかったな、と俺はちょっぴり反省した。


「あとは、ヘドレイ・イドリスをどうするかだな。たぶん、憲兵やアイザックたちと繋がっている証拠を残しちゃいないだろうしな」


 とは言いつつも、俺はある程度算段をつけていた。だが、そのやり方は限りなく黒に近いグレーなものだ。


「はい。ヘドレイと懇意にしていると思われる憲兵を調べたのですが、証拠が一切出ませんでした。だからわたしも手詰まりでどうしたらいいかわからなくなったのです」


 アレシアが顔を俯けて、スカートを握りしめた。話しているうちに憲兵の情けなさ、そして自分の不甲斐なさに打ちのめされたかのようだ。心なしか目が潤んでいるように見えた。


 俺は懸命に職務をこなそうとするアレシアに、心を動かされた。さっき思いついたやり方は憲兵にやらせることではなく、アレシアから話を聞いて単独で動く気でいた。しかし、アレシアの姿を見て、彼女の努力に報いたい気持ちが芽生えてくるのがはっきりと自覚できた。


「アレシア」


 俺は呟くように声をかけた。


「は、はい」


 やはりアレシアは涙をこぼしそうになったらしい。顔を上げると、指で目の下を拭った。


「奴らを追い詰める方法はある」

「ほんとうですか?」


 アレシアの口調が喜色を帯びた。


「だが、きれいなやり方じゃない。おまえさんを巻き込むには少々リスクがある。それでも、俺と手を組むか?」


 俺はじっとアレシアを見据えた。彼女は一瞬目を背けるも、ぐっと眉根を寄せて、また俺に顔を向けた。


「わかりました。お話をお聞かせください」


 アレシアは腹を括ったように強い眼差しで俺を見つめた。


「よし。じゃあ、話を詰めるとするか」


 俺は思いついたやり方をアレシアに話した。


 やはりアレシアは、時おり目を瞑ったり顎に手を添えたりして躊躇う素振りを見せるが、俺のやり方はぎりぎり一線を越えないと解釈してくれたようだ。


 決行は今日の夜。手早く決着をつけようと約束し、俺たちは準備に取り掛かった。


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