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リックの失踪

「いったん、落ち着きましょう。さ、こちらに座って。ちゃんとお話を伺いますから」


 俺は恐慌をきたしたドリアの肩を掴んで半ば強引に座らせてから、手を握って彼女の目を見つめた。


「は、はい」


 ドリアの身体の震えが止まった。幾分、落ち着いたようだ。


「では、また日を改めてうかがいます」


 と、アレシアは腰を上げて、事務所から出て行こうとした。


「ちょっと待った」


 俺はすぐさまアレシアの後ろから腕を回し、顔を寄せた。


「な、なにをするんですか」


 アレシアは目を瞠って抗議する。


「まあ、落ち着けや。ちょっとだけ、さっきの続き」


 俺は思いついたことをアレシアに耳打ちした。


「え? ですがシズマさん、あなたはさきほど――」

「いいから、いいから。お疲れさん。また今度」


 俺はアレシアの背中を押して事務所の外に出した。それからおもむろに振り向くと、事務机まで行って手紙を手に取った。


「あ、あの、ドアが」


 ドリアがおずおずと言う。


「おっと、ごめんなさい。開けっ放しになっていましたな。これはいけない。話が外に漏れてしまう」


 俺はゆったりとした足取りでドアに近づいた、念のため入口から顔を出し、首を左右に振って怪しい奴がいないのを確認すると、ドアを閉めた。


「ロランドさん」


 ドリアは、俺がソファに座るとすぐに切り出した。


「慌てなくてもいいですよ」


 ゆっくりとした口調で言い聞かせ、手紙をテーブルの上に置いた。


「これは?」

「ちょうどあなたに報告しようと思っていたもので。これはその報告書です」

「はあ」


 ドリアは気の抜けた声を出すと、そっと手紙を手に取って読み始めた。


 俺はその間、おかわりのお茶の用意をした。今度は心を落ち着かせる効果のあるものだ。気休め程度だが、出さないよりはマシだと思った。

 お茶をグラスに注ぎ、ドリアの前に置いた。彼女は食い入るように文章を読んでいる。

 俺は手紙に注釈を加えるため、昨日起きた出来事を詳しく話した。


「そうでしたか……」


 ドリアは力なく言った。


「あれはただの美人局ではありませんな。なにしろ憲兵も旦那さんに用事があるようでしたから」

「…………」



 ドリアは顔を歪めて顔を俯けた。スカートをぎゅっと握りしめて苦痛に耐えているように見えた。


「奥さん。私の調査はここまでです。仮に旦那さんが後ろ暗いことをしていたとしたら、あとは憲兵の仕事になります。先ほど旦那さんが帰っていないと仰っていましたが、おそらく憲兵に追われて逃亡しているものと思われます」

「そんな……」


 ドリアはかなしげな顔を俺に見せる。


「そこで一つ提案なんですが」

「提案?」

「ええ。まあ、ちょっとしたアフターサービスというところでしょうか」

「アフターサービス?」


 ドリアは鸚鵡返しに訊いてくる。まだ動揺が消え去っていないようで語彙力が一時的に減っている感がある。


「はい。もしよろしければ私が旦那さんを捜索するというのはいかがでしょうか? 追加料金はいただきませんのでそこはご安心を」

「捜索……ぜひ、ぜひそうしてくださいませ」


 ドリアが縋るような目つきで俺の提案を受け入れた。


「では早速取りかかるとしましょう。まず奥さん、旦那さんの行き先に心当たりは?」


 俺は彼女の気が変わらないうちに本題に入った。


「いえ。主人は職場と家を行き来するだけの人でしたから」

「なぜ人が変わってしまったのか、その点については?」

「いいえ。わたくしには……ロランドさん、その質問と主人の行き先と何の関係が?」

「何かしらの手がかりが必要ですからな。少しでもヒントが欲しいんですよ。一見何の関係もない事柄が事実や真実に結びつくのは珍しいことではないんです」

「はあ」


 と、ドリアは納得がいかないというふうに呆けた顔つきになる。俺はそれに構わず質問をした。


「では、続けます。ご主人の人が変わった時期に何か環境が変わったような出来事――たとえば、出世したとか」

「いいえ。主人は仕事を家庭に持ち込む人ではありませんでしたし、わたくしには最小限のことしか教えてくださりませんでした。ただ――」

「ただ?」

「調査が忙しくなるから、これから帰りが遅くなると言っておりました」

「なるほど。たしかご主人は税吏でしたな。担当は徴税と言ったところでしょうか?」

「ええ。詳しくは知りませんが、調査先が変わったようでした」

「その調査先はご存じでしょうか?」

「いえ、わかりませんわ」

「そうですか。なら話を変えましょう。アイザック、ベッツィ、この名前に心当たりは?」

「いいえ、全く知りませんわ」

「そうですか」


 一通り質問を終えて俺はペンをこめかみに当て、考える素振りを見せる。


「なにか、お分かりになりましたか」

「今の段階では推測に過ぎませんな。ああ、あと奥さんの許可が欲しいのですが」

「許可?」

「ええ。旦那さんの捜索、これは私一人の手には余ります。なので、外部の協力者に手伝いを頼みたいのですが」

「なぜわたくしの許可が必要なのでしょうか?」

「その協力者というのは、口は堅いと思いますが探偵ではありません。守秘義務を守るかどうか保証しかねます」

「かまいません」


 ドリアはきっぱりと言い切った。そして言葉を続ける。


「主人を無事に見つけていただくのが最優先です。多少の醜聞が漏れるくらいの覚悟はできております」

「わかりました。それともう一つ。これは奥さんたちザイセン家の問題になります」

「わたくしたちの、ですか?」

「はい。もし、旦那さんが何かしらの犯罪に関わっているとしたら、憲兵に連行される恐れがあります。そしたら、旦那さんは職を追われるでしょう。今まで通りの生活をするのは難しくなるかと」

「ええ、ぜひそうしてください」


 意外にもドリアは毅然と言い放った。さっきまでの動揺は嘘のように消え、真剣な眼差しで俺を見据えてきた。


「よろしいんですか?」

「はい、主人が罪を犯したのなら(あがな)うのが当然です」

「承知しました。なら、そうするように取り計らいます」


 必要事項を聞き終え、事務所の外でドリアを見送った。彼女の姿が遠ざかるまで見届けると、中へ引き返した。


 そして、俺は部屋の隅に目を遣った。一見するとなにもないように見えるが、ちゃんと目を凝らすと壁の一部が揺れているように見える。


 俺はそこへ近づいた。


「もういいぞ。アレシア」


 と、俺は揺れる風景に声をかけた。


「なぜわかったのですか?」


 アレシアの声が聞こえると、彼女は透明の魔法を解除し、姿を現した。


 実はドリアの話を聞く前にアレシアを追いだしたふりをした。いったん、アレシアが外に出て透明の魔法をかけたあと、開け放したドアからまた入ってきたのだ。あのとき俺はわざとドアを開けっぱなしにしてアレシアが部屋に入りやすいようにした。


「魔法のかかりが甘かったな。もうちょい修練が必要なんじゃないか?」

「むう。他の人には見破られなかったのに」


 と、アレシアは肩を縮め、口を尖らせた。


 おや、と俺は思った。憲兵らしくかたっ苦しい振る舞いしかできないと思いきや、年相応の可愛らしい一面もあるようだ。自慢の魔法をあっさり見破られた恥ずかしさが仕草に現れている気がした。


「気にするな。依頼人には気づかれなかったんだ。それで良しとしよう。さて、さっきの話の続きでもするか」


 と、俺は背を向けてソファに座ろうとした。


「その前にシズマさん、なぜわたしに話を聞かせる気になったのですか?」


 アレシアの声が俺の背中を打つ。俺は首を回して、横目でアレシアを見る。


「おまえさんの話には、いくつか疑問点がある。まずはそいつを聞いて、情報のすり合わせをしないとな」

「リック・ザイセンのことですか?」

「そう。それと、おまえさん、監視が見逃したみたいなこと言っていたよな」

「はい。実はわたしも不思議に思っていたのです。まるで担当者があなたのことを信頼しているようでした」

「そんなもんかねぇ。俺が思うに、アイザックとリックの扱いをどうするかについて、憲兵内部でも意見が対立しているんじゃないか? で、監視は奴らの罪を暴く派閥に属している、そんな感じだろ」

「え、そ、その」


 アレシアが上手く言葉を紡げないあたり、どうやら俺の想像は当たったようだ。


「さあ、色々と話を聞かせてもらうぞ。そんで、おまえさんにも協力してもらわにゃならんからな」

「え? 外部の協力者ってまさか……」


 アレシアはわかりやすく絶句した。

 その呆気の取れた表情に俺は指さした。


「おまえさんだよ、アレシア。ここはひとつ協力体制を取ろうじゃないか。俺はリックの捜索、おまえさん方は奴らの逮捕」

「ですが、あなたへの協力要請は……」

「アレシアが俺のとこに来るのを許した時点で、許可したようなもんだろ。さ、話を詰めようか。ちょいと時間がなさそうだ」

「どういうことでしょうか?」

「連中、リックさんを拉致ったよ、きっと」


 俺の予測では、リックは脅されているのは確実だ。そして、美人局以外にも何かの罠にはめられた可能性を考えた。


 リックが俺に見せた素振り。

 アイザックとベッツィの反応。

 そしてリックの失踪。


 美人局に引っかかったにしてはやることが大げさすぎる。


「まさか」

「リックさんがなかなか手を引かないと見て、強行手段に出たんだろうな。どこかに監禁されているはずだ」

「では、早くしないと。一刻を争う状況ではありませんか」

「まあ、慌てるな。やみくもに探しても時間の無駄だ。とりあえずそこに座って」

「は、はい」


 アレシアは促されるままにソファに腰かけた。


 俺はもう一度お茶を注いでから席につく。


 そして、アレシアは興味深いことを話してくれた。


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