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憲兵同士の諍い

 事の次第を憲兵たちに知らせるため、俺は『ベレヌス』へ戻ることにした。あれからだいぶ時間が経っているので、すでにランドルが憲兵を連れてきたはずだ。三人を逃してしまい、少々気まずく感じたせいか足が重く感じた。


 途中、炎狼と戦った裏道を通ってみた。すでにアレシアが仲間に通報したらしく、何人かの憲兵が調査を行っている。闘争の痕、特に炎狼が焦がした道や建物の外壁、それにベッツィが使った召喚魔法の痕跡を辿っている。


 俺は魔法が遣えないからよくわからないが、魔法には使用者による痕跡――魔力痕と呼ばれる――が残り、ある程度使用者を絞ることができるらしい。どうも魔力には耳の形と同じように、人それぞれの形があるという。憲兵に所属している魔法遣いは、新人のころから徹底的に魔力痕を探る技術を養成する。魔法を遣った犯罪の捜査には欠かせない能力だ。今回はベッツィが遣ったのは明白だが、念のため奴の魔力痕を記録として残すようだ。


 俺がアイザックたちを追っている間、憲兵たちは炎狼にとどめを刺していた。危険なモンスターなので住民に被害が及ぶ前に処分したらしい。一応ウィスティア王国の法律では市街地に現れたモンスターは即座に処分しても構わないことになっている。


 憲兵たちは慌ただしく動き回っている中、俺は若い憲兵に声をかけた。


「ちょっとよろしいですか?」

「なんだ?」


 若い憲兵は居丈高に訊いてくる。調査を遮られイラついているようだ。


「アレシア・フリゼットっていう憲兵から話は聞いているとは思うんですけど、俺も一応被害者なもんで。話ぐらいはしておこかなって思っただけです」

「なに?」


 若い憲兵が眉根を寄せる。親しげに話す俺が気に食わないらしい。どうも真面目過ぎるきらいがあるようだ。


「話、聞いてくれますよね?」

「なら、『ベレヌス』というバーに行ってくれ。ここは調査しているから人員が割けないんだ」


 それだけ言うと、若い憲兵はくるっと背を向けて調査に戻ってしまった。


 こんなんでいいのかねぇ。せっかく証人がいるのに、誰も帯同せずに一人で行かせるってのは、ちょっとまずいんじゃないか。俺が途中で逃げたらどう責任を取る気なんだか。


 文句を言っても仕方ないと思い直し、俺は後輩たちに調査を任せて『ベルヌス』に戻った。


「あれ?」


 裏道を抜けて『ベレヌス』の前についたとき、俺は思わず声を出した。


 三人の憲兵がアレシアを取り囲んでいたからだ。なにやら揉めているらしく、アレシアが一歩も引かずに年嵩の憲兵に迫り、別の憲兵が宥めている様子が窺えた。


 その傍らでランドルが小柄な憲兵と話していた。とりあえず俺は、ランドルの方に近づいた。アレシアの怒りが鎮まるまで、ランドルたちと話していた方が良さそうだ。


「あ、来ましたよ」


 と、ランドルがこちらに顔を向けた。すでに俺のことを憲兵に話したらしい。


「おつかれさまです」


 とりあえず丁寧に挨拶をした。


「あっ」


 と小柄な憲兵が声をあげる。


「三人を取り逃してしまいましてね。ちょっと、厄介な連中でして」


 俺は浮気調査のことを伏せながらここまでの経緯を話した。召喚魔法を遣ってモンスターを呼び出したことを話すと、小柄な憲兵が神妙な面持ちになった。傷害事件、下手をすれば殺人事件に発展しかねないので、事態を深刻に受け止めたようだ。


「了解しました。そちらの方は憲兵が捜査をします」


 と、小柄な憲兵はまじまじと俺を見つめてきた。訝しむというよりはどこか恐縮した感じがある。


「なにか?」


 俺は訊いた。


「シズマ・ロランド警部ですか? たしか、憲兵の中でも随一の戦闘能力を有していたと聞いたことがあります」


 小柄な憲兵が言ったとき、一同の目線が俺に集まった。


「元、ですよ。今はただの民間人」

「素手で、炎狼を退けたとは……噂は本当だったのですね」


 小柄な憲兵が目を輝かせて言った。


 これなら、と思い、俺は色々訊いてみようと思った。俺に憧憬の念を抱いた隙を突くようで申し訳ないが、こちらも調査の手前、遠慮をしている場合じゃない。


「で、あの連中はなんなんですか? いきなり煙幕を張って逃げだしたり、召喚魔法を遣ったりと、いい迷惑ですよ、まったく」


 俺はわざとしかめっ面を作って言った。


「い、いえ、あなたには関係ないことでして」

「関係ないってことはないでしょ、俺だって迷惑したんだから少しぐらい聞かせてくれたっていいじゃないの」


 俺は敵対する意思はないと示すために、親し気に話しかけた。


「少しぐらいならいいだろう」


 年嵩の憲兵は俺たちの話を聞いていたらしい。アレシアから離れて一歩前に進み出た。


「ありがとうございます。では、なんで憲兵が彼らを追っていたんですかね」

「このアレシア・フリゼットが、とんでもない見込み違いをしたんだ」


 年嵩がぎろっとアレシアにきつい視線を送った。


「なにが見込み違いなものですか。アイザックたちには様々な疑惑があるのを知っているはずですよ」


 とアレシアは抗議する。


「捜査の結果、アイザックたちには何の嫌疑もない。上がそう判断した。それが真実だ」


 年嵩は端的に言った。


 だが、俺はこの言葉を信じなかった。話している最中、年嵩はアレシアから目を逸らし、落ち着きなく視線をあちこち向けたからだ。


「真実と事実は違います。連中は――」

「いい加減にしないか!」


 いきなり年嵩が、空気が揺れるほどの大喝を飛ばした。


「いい加減にするのはあなたです。このまま連中を放っておくつもりですか? 明らかな証拠だってあるんですよ」


 アレシアは怯むことなく抗議した。


「アレシアさん、上の命令は絶対です。あなたも憲兵ならお分かりでしょう。今回だって、上が黙っていないと思いますよ。厳しい処分が下るかと」


 小柄な憲兵が遠慮がちに言った。この態度を見ると、若いアレシアの方が彼よりも階級が上らしい。


「処分ですって?」


 アレシアの美しい顔に険が宿る。


「え、ええ、まあ」


 と、小柄な憲兵が口を濁した。


「そうだ。アレシア、おまえはアイザックたちを冤罪に陥れようとしたのだからな」


 年嵩は冷淡に言い放つ。


「ふざけないで下さい! あれだけ確たる証拠がありながら冤罪ですって? 奴らを捕まえないのは憲兵の怠惰でしかありません。明らかな罪を逃せば憲兵の信頼だって揺らぐのですよ」


 アレシアの目つきがきつくなり、今にも掴みかからんばかりに年嵩に迫った。


「お取り込み中のところ悪いんですが」


 と、ランドルが割って入った。


「どうしました?」


 小柄な憲兵が対応する。


「さっさと事情聴取を済ませませんかね。こっちだって仕事なんだ。あんたらの内輪もめにつき合ってられないんですよ」

「俺も同意見。いくら人通りが少ないからってこんなところで憲兵同士がもめちゃあ、変な噂が立つと思いますがね」


 俺は後ろ頭を掻いて呆れた素振りを見せる。


「わ、わかりました。店をお借りしてもよろしいですか」


 どうやら小柄な憲兵が聴取するようだ。


「ああ、構いませんよ」

「では、シズマさんもご一緒に」

「わかりました」


 俺も彼に応じて店の中へ入ろうとした。


「事実を糊塗し、罪人を逃がすことがどれだけ恥ずべきことなのか、あなたは理解しているんですか!」

「いい加減にしないか! 周りに聞こえてしまうぞ」


 アレシアと年嵩の憲兵との口論が止む気配がない。


 青臭いな、とアレシアが未熟だと思った。


 だが同時に、俺は彼女に好感を持った。憲兵という組織の中で事実を追求し、上の命令に背きながらも正義を貫く。そのきれいな志を忘れずにいないでほしいと胸の内で願った。


 アイザックたちの罪ってなんだろうな、と疑問を持った。リックは美人局に引っかかったとばかり思っていたが、もっと深い事情が見え隠れしている気がした。


 ただそれは俺の仕事じゃない。あくまでリックの素行調査だけに留めておく。とりあえず、日を改めて依頼人のドリアに報告しなきゃな、と思った。


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