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シズマ対グレヴィル

 朝食を食べ終え、部屋で少し休憩をしてからグレヴィルとの試合に臨んだ。


 いくら彼が俺に不満があるとはいえ、さすがに真剣は遣わない。俺は屋敷にあった木剣を借りてアレシアが抉った広場――つまり訓練場に足を運んだ。公爵本人は不在だが、アレシアと使用人たちが試合を見物しようと集まっていた。


 アレシアに聞いたところ、ヘルフゴット公爵家は代々文武両道を掲げ、偏りのない教育を施しているという。それは使用人たちも同じでみなある程度、武具や魔法を遣えるのだとか。だから塀の外に訓練場を設け、日々の鍛錬を欠かさないよう努めているらしい。


 俺は足で土を軽く(なら)した。アレシアが焼き抉った地面はすでに魔法遣いたちが修復済みで、とりあえず試合をするには支障がなさそうだ。ぐっと一度足に力を入れてから正面を見据えた。そこにはすでに木剣を腰に佩いたグレヴィルが佇立している。


 あと、俺が気になったのは周りをわんさか取り囲んでいるギャラリーだ。どう考えても使用人だけでこの人数が集まるとは思えない。近隣の農家から人を呼び寄せたのだろう。物珍しそうに俺とグレヴィルを眺めている。


「グレヴィルさまーっ! 頑張ってください」


 一人の農夫が拳を突き上げて声援を送る。

 グレヴィルは顔をほころばせ、手を振って声援に応えた。


「なんだかなぁ」


 俺は途端にやる気をなくした。稽古をつけにここまで来たのに、なぜ見世物をせにゃならんのだ、と声を出して嘆きたくなる。


「すみません、シズマさん。兄ったら少々目立ちたがりなものでして」


 隣にいるアレシアから苦笑が漏れる。


「これじゃまるで、御前試合みたいだな。あんときも王都民が見物に来てたっけ」

「シズマさん、出場したことがあるのですか?」

「まあな。ガキの時分にちょっとだけ」


 俺はそっけなく答える。


「御前試合はかなりの実力者しか出場できないはずですよ。若くして出場するなんて、やはりシズマさん腕が立つのですね。わたしの目に狂いはありませんでした」


 アレシアの声音が明るかった。


 うっかり喋ってしまったな、とちょっぴり後悔してしまった。


 御前試合はウィスティア王国中から腕の立つ者たちが集い、王室の歴々が観覧する大会だ。剣、槍、弓、素手、魔法など戦闘スタイルを問わずに試合が組まれる。

 俺は予選を勝ち抜き、本選までたどり着いた。ただ、あのときは年不相応の実力を見せてしまったため、どこで剣術を習ったのかとしつこく訊かれた。

 煙に巻くつもりで勇者マヤ・トウリの末裔だと嘯き、上手い具合に冗談だと受け取ってもらった。

 これ以上注目を集めるのはまっぴらだと感じ、俺は準々決勝の試合で接戦を演じてわざと負けた。

 そのときの対戦相手は端正な顔立ちをした公爵の跡継ぎ候補で凄まじい人気を誇ったと記憶している。おかげで俺から注目が逸れて……。


ん? 公爵の跡継ぎ?


「あ」


 俺は口を開けた。たしかあのときの対戦相手は……。


「どうなされたのですか?」


 アレシアは俺が間抜けの面を浮かべているのを不審がったようだ。


「アレシア、一つ訊きたんだが、俺が御前試合に出場したって知らなかったのか?」

「ええ、いま初めて聞きました。いつごろですか?」

「十一年前ぐらいだったかな。俺が十六のとき」

「なら、わたしが八歳のときですね。って、え? シズマさんって二十七歳なのですか?」

「そうだよ。なんでか俺ってよく年嵩に見られるから驚くのも無理はないけどさ」

「わたしが驚いているのはそこではありません。たしか憲兵を退職したときの階級は警部でしたよね。失礼ですが、平民でその若さで警部だったというのは異例中の異例です」

「運よく幹部候補の試験に受かったから出世も早かったんだよ。おまえさんもそうだろ?」

「ええ。でも、幹部候補は貴族出身の人間しか受からないものだと思っていたものですから」

「何事も例外はあるってわけ。で、グレヴィルさんに御前試合の出場経験ってある?」


 説明が面倒くさくなりそうなので俺は話を戻した。


「は、はい。何度か出場し、優勝経験もあります」

「グレヴィルさん、俺と試合したことあるわ」

「はいぃ?」


 アレシアがまたしても驚く。


「今になって思い出した。俺が負けた相手なんだよ」

「そうだ」


 グレヴィルは俺たちの会話が耳に入っていたらしい。怒り眼の視線をぶつけてきた。


「は、はあ。あのときはけっこうなお手前で……」

「とぼけるな。貴様、十一年前の御前試合でわざと俺に負けただろう」


 グレヴィルの敵意ある声が響き、ギャラリーがざわつき始めた。


「わざとって、どういうことですか?」


 アレシアは咎めるような口調で訊いた。俺が手加減したのが許せないようだった。顔を迫らせて眉を吊り上げる。


 俺はアレシアに顔を寄せて小声で話す。


「あまり注目集めたくなかったんだよ」


 とだけ俺は言う。


「他の者は気づかなかったようだが、俺は手加減されたとはっきりわかった。公爵家に要らぬ忖度をしたようだな。敗北以上の屈辱を俺に与えたのだ、貴様は」


 グレヴィルが切っ先を俺に向けた。


 もっともグレヴィルの言うことは的外れだ。俺が勝ちを譲ったのは単にあれ以上注目を浴びるのは面倒だったからだ。だが、結果的にグレヴィルの矜持を損なってしまった以上、今回の試合は受けざるを得ないと思った。


 一方で、要らぬ気遣いが胸の内で頭をもたげてきそうだ。領民の前でグレヴィルに勝とうものなら、彼の面子を潰してしまわないだろうか。


「シズマさん、ちゃんと本気を出してくださいね」

「いいのか? 領民の手前、俺が勝ってしまったら示しがつかないんじゃ」

「なに頓珍漢なことを言っているのですか。ヘルフゴット公爵家はいつでも正々堂々の戦いを旨としています。たとえシズマさんといえども、手加減したら承知しませんよ」


 アレシアの口調がきつく聞こえた。とりあえずお墨付きを与えてくれたらしい。


 それなら、と思い、俺はグレヴィルの想いの応えることにした。アレシアが俺たちから離れ、ギャラリーに混じった。


 一定の間合いまで近づき、お互いに剣を構えた。俺は青眼に構え、切っ先をグレヴィルに向ける。一方、グレヴィルは半身の体勢を取り、剣を天に向けて顔に引き付ける八双の構えを取った。


 審判を務めるのはメイドのカティナだ。彼女は使用人の中でもかなり武に長けているらしく、動体視力にも優れているので審判にはうってつけだという。無表情のまま右手を上げた。


「始め!」


 カティナが右手を振り下ろした。


 いきなりグレヴィルが地を蹴って殺到してきた。木剣を振り上げて打ち下ろし――と思いきや、切っ先が後ろに回ると、彼の頭が無防備に晒された。

 俺はあいさつ代わりに打ち下ろすと、グレヴィルの木剣が下から鋭く伸びた。

 カンッと乾いた音がして、互いの木剣が弾かれた。

 思いのほか強い斬り上げだった。

 それを利用して俺はわざとのけ反って隙を作った。胴を無防備に晒したのだ。


 だが、グレヴィルは誘われなかった。俺が横薙ぎを防ぐと予測したのだろう。彼はもう一度八双に構え直し、俺も青眼に構えた。


 次は俺から仕掛けた。一足飛びにグレヴィルの懐に潜り込むと、木剣を回して横薙ぎを放つ。グレヴィルは焦りの色を浮かべつつも後ろに飛び退って躱す。


 俺はすかさず間合いを詰めると今度は下段から斬り上げ、胴を狙った。それを読んでいたらしいグレヴィルは体勢を後ろに崩しつつも、切っ先を下に向けて防ごうとした。


 その動きを見て、俺は勢いを殺さずに軌道を変えた。胴ではなくグレヴィルのこめかみに狙いを定める。グレヴィルは顔に驚愕の色を浮かべながらも、顔を後ろに傾け、俺の一撃を避けようとした。


 しかし、俺の木剣が彼の側頭部に届き、当たった瞬間すぐに力を緩めた。若干の手ごたえを感じたものの、グレヴィルを怪我させずに済んだ。


「それまで!」


 カティナが試合を止めた。

 緊張した空気が一気に弛緩し、俺はふうっと息を吐いた。


 そのとき、グレヴィルが剣を地面について、片膝を立てた。


「は、速い……」


 グレヴィルの身体から汗が噴き出た。驚愕の色がさめておらず、目を瞠りながら俺を見据えている。


 ギャラリーたちからどよめきが沸き起こる。


「グレヴィルさま」


 と、カティナがグレヴィルを気遣い、寄り添った。


「大丈夫だ。素直に負けを認めよう」


 グレヴィルが息を整えてすっと立ち上がる。


「シズマさん、素晴らしい技量ですね」


 アレシアが俺に近づいて弾んだ声を上げた。


「ま、二度は通用しないやり方だよ。今回は上手くはまっただけ」

「いや、完全に俺の力負けだ」


 グレヴィルが言った。彼の顔をよく見ると、さっきまでの怒りはすっかり過ぎ去り、晴れやかな笑みが浮かんでいた。持てる力を出し尽くして満足したようだ。


 すると、グレヴィルはギャラリーに向きなおった。皆がどよめきながらグレヴィルを注視する。


「グレヴィルさま」

「素晴らしい試合でした」

「次は勝てますよ」


 と、口々にねぎらいの言葉を投げかけた。


「ありがとう。だが、この通り、シズマ・ロランドは素晴らしい技量の持ち主だ。これで俺も安心できる」


 グレヴィルが高らかに告げる。


 安心? なにを?


「どういう意味?」


 俺はアレシアに訊いた。


「さあ。わかりません」


 アレシアも不思議がっている様子だ。


「では、これで試合はお開きとしよう。みんな、忙しい中来てくれてありがとう」


 グレヴィルはギャラリーに礼を言うと、拍手が沸き起こった。くるっと俺に向き直ると、近づいてきた。


「あのう」


 と、俺が声をかけても、グレヴィルは足を止めようとしない。


「アレシアのこと、頼んだぞ」


 彼はすれ違いざまにそれだけ言った。


 なにって言ってんだかなぁ、と思った。


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