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勇者マヤと二人の子孫

 アレシアの案内でヘルフゴット公爵の屋敷に招き入れられた。着いたころにはすでに夜が更けており、長旅での疲れもあったので、今日は使用人たちに軽く挨拶を交わした程度にとどめた。


 メイドの案内で客室に通された。さすが公爵の屋敷と言ったところだろうか。一人で使うには持て余すぐらい部屋が広い。応接セットのソファの皮が光沢を帯び、テーブルは高級な木材を使用されていて重厚感があった。それとは別に窓際には書き物や調べ物をするための机も配置されてある。ベッドのシーツも洗い立てで皺ひとつなく、クッションが利いて寝心地が良さそうだ。


 灯を消してからベッドに入ると、すぐに眠りに落ちた。


   ◇◇◇


 目が覚めると、そこは晴れ渡った荒野だった。

 夢の中だとすぐにわかった。

 いつもだったら草花香る草原の景色が展開されているのだが、今日はちょっと事情が違うらしい。


 俺は本能の赴くままに足を進めた。細かい砂粒を踏みしめる感触が靴底から伝わり、じゃりじゃりという音もちゃんと耳に届く。綿のような雲の塊がいくつか青い空に漂い、その合間を縫うようにして荒野に日射しが投げかけられる。


 やがて台形型の巨大な一枚岩が遠くに見えた。

 そのとき、大地を叩くような轟音が鳴り響き、俺の身体に凄まじい風圧が真正面から押し寄せてきた。


「なんだ?」


 俺は腰を落とし、両腕を交差させて顔面を守った。

 風が止むと腕越しに前を見た。


「もう終わり?」


 遠くからマヤの声が聞こえてきた。


「まだです! はああぁぁ!」


 違う女の声がした。しかも聞き覚えのある声だ。


「アレシア?」


 俺は二人の許に駆け寄った。まだ距離はあるはずなのに凄まじい魔法が繰りだされる様子が窺えるほどだ。

 ギリギリまで近づいたとき、マヤが大地を抉る爆発魔法を放った。またしても轟音が身体を襲ったかと思うと、アレシアが魔法を遣って上空に避けている光景が目に映った。


 そしてアレシアは宙に浮きながらロッドをマヤに向けた。

 なにか魔法を放つ気でいたらしいのだが、ロッドからは何も出てこなかった。

 どうやら魔力が切れたようだ。浮力を調節するのがやっとのようで、ふわりと地面に脚をつけた。すると、片膝をついて顔を俯ける。


「ふむ、なかなかって感じかな。今日はここまでね」

「はぁ、はぁ……ありがとう、ござい、ました」


 息も絶え絶えにアレシアは礼を言った。


「マヤさん、どういうことですか?」


 稽古が終わり、ようやく近づけた俺はマヤに尋ねた。


「来たわね。シズマ」


 マヤは俺を振り向く。


「いつも通りのことです。それよりもなんでアレシアがここに」

「シ、シズマ、さん」


 代わりにアレシアが首を回して俺に顔を向けた。玉の汗が横顔をつたって顎に流れ、地面に滴り落ちた。


「休んでいろ。マヤさんの稽古きつかったろ」

「は、はい。はぁ」


 アレシアは返事をするのがやっとだった。


「そうね。まずはアレシアちゃんがなぜここにいるのか説明しないとね。まずは回復っと」


 マヤはアレシアに手をかざした。柔らかな白い光にアレシアの身体が包まれた。すると、アレシアの息が整った。体力回復の魔法をかけたのだ。


「ありがとうございます」


 アレシアはすっくと立ちあがって礼をする。


「さて、稽古の後はティータイム。ちょっと待っててね」


 よっ、とマヤが声を出すと、剣を地面につきたてた。そして、あっという間に草原の景色が広がり、いつもの白いテーブルと椅子が三脚現れる。


 俺は遠慮なく椅子に腰かけた。マヤが対面、アレシアが俺の隣に腰かける。


「素晴らしゅうございます。夢の中だからこそできる魔法なのですか?」


 すっかり回復したアレシアは弾んだ声でマヤに訊いた。


「慌てるでない。今、お茶とお菓子を出すから」


 マヤがテーブルに手を添えると、これまたいつも通りのティーセットが現れる。さあ召し上がれ、とマヤが促した。


 俺とアレシアが菓子に手を付けてから、マヤは言葉を続けた。


「現実世界じゃこんな真似できないわね。夢の中だからよ」

「でも、ここでの経験は現実世界でも反映されるんだ。おかげで俺も大分鍛えられたよ」


 俺は菓子を飲み込んでから補足した。


「では、シズマさんがマヤ様の末裔というのは事実だったのですね」

「そうそう。なぜかシズマは信じようとしないけどね」


 マヤはいたずらっぽい笑みを浮かべて俺に目を向ける。


「アレシアと違って俺は一平民に過ぎませんから。それに俺が本当にマヤさんの血を継いでいる確かな証拠がないもので」

「冷めたこと言うのね」


 と言うマヤだが、どこか面白がっているように微笑んでいる。


「それでマヤさん。アレシアにも稽古をつけてやる気なんですか?」

「不満? 小っちゃいころから可愛がってくれたお姉ちゃんが他の子にうつつを抜かすから?」

「なんでそうなるんですか。アレシアに魔法を教えて何をさせる気かって訊きたいだけですよ」


 俺はため息を吐いた。マヤの姿が若いせいか、精神年齢も若いと感じる。フレンドリーと言えば聞こえがいいが、時おり極端に俗っぽくなるきらいがある。


「マヤ様って、このような方でしたのね」


 アリシアも意外そうな口ぶりだ。


「あら、幻滅したかしら? 勇者なんて持て囃されているけど、わたしだってそこらへんの女の子と変わらないわよ」


 マヤはにこやかに言う。


 嘘つけ、と俺は内心思った。あれだけの斬撃と魔法を繰り出す人間のどこが普通なんだ。とはいえ、口に出すと機嫌を損ねてしまうかもしれず、思うだけにした。


「えー、なんと言えばよろしいのでしょうか……後世に伝わっているマヤ様の伝承とは違うので、わたくしも戸惑っているのです」

「伝承なんて赤の他人がでっち上げたものじゃない。わたしを神格化させて都合よく利用したいだけよ」

「……さらっととんでもないこと仰いますね。子孫が聞いたら卒倒しかねませんよ」


 アレシアは顔を歪めて絶句しかけた。


「それと、アレシアちゃん。そんな堅苦しい言い方はやめたまえ。もうちょっとフレンドリーに喋ってくれないとお姉さん肩がこっちゃうわ。せめてシズマみたいに『さん』づけにしてほしいな」

「はあ……。ではマヤ、さん。いろいろ訊きたいことがあるのですが、とりあえずシズマさんの質問に答えていただけませんか?」


 アレシアは戸惑いがちに訊いた。仮にも伝説の勇者、しかも自分の祖先と口を聞いているのだから無理もなかった。アレシアから硬さが抜けていない。


「なんだっけ?」


 マヤはきょとんとした顔で訊く。


「なんで、アレシアをここに呼んだかってことですよ」


 俺は呆れ交じりに言った。


「ああ、そうそう。アレシアちゃん、優れた魔法遣いだもの。せっかくだから教えてあげるのも悪くないかなって。あとは、そうねぇ……」


 マヤは口元に手を添えて目を伏せた。悩んでいるようにも見えるが、俺にはもったいぶっているように見える。


「そもそも、アレシアを呼べるならなんでもっと早く稽古つけてやらなかったんです? 俺にはガキの頃から接触できたのに」

「それは詳しく話すと長くなるからまた今度ね。でもアレシアちゃんを呼べたのには理由があるのよ」


 と、マヤはいきなり俺を指さした。それから宙を滑らすように動かしてアレシアに指先を向ける。


「なんです?」

「アレシアちゃんがシズマと出会って、わたしもアレシアちゃんの存在を認識できたから呼べたって感じかしらね」

「大雑把すぎやしませんか? そんな説明でこっちが納得すると思います?」

「だから、説明すると長くなるんだって。ほら、そろそろ二人とも目覚める時間よ」


 マヤは半ば強引に話を切り上げた。手を返して俺たちに立つよう促す。


 俺たちは椅子から腰を浮かした。あとは目覚めを待つだけとなった。


「マヤさん、本日はありがとうございました」


 と、アレシアは改めて礼を言う。


「どういたしまして。今回教えた魔法は必ず役に立つわよ」

「どうせ物騒な魔法でも教えたんでしょう。こんな平和な世の中で必要なんですかね」

「早とちりするでない、シズマ。高威力の魔法も教えたけど、日常生活でも役に立つ魔法だって教えたのよ。アレシアちゃん、筋がいいからすぐに覚えたわ」

「はい。早速、現実の世界でも使ってみようと思います」


 アレシアは嬉しさをにじませた声音で言った。彼女の顔には微笑がこぼれている。かなりの手応えを掴んだのかもしれない。


 しばらく時間が経つと辺りが闇に包まれた。そろそろ目覚める時間が訪れる。


 気づけば、ベッドの上で窓から射しこむ朝日を浴びていた。


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