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出張

 新しい依頼を受けて、俺は王都を出立した。


 遠出にはなるが、大した依頼じゃない。

 ヘルフゴット公爵が懇意にしている剣術道場に赴き、稽古をつけてやってほしいという依頼だ。

 道場の師範が急病でしばらく休養せざるを得ず、稽古をつけられなくなったらしい。

 剣術の腕が立つと誰かが公爵に吹き込んだらしく、俺にお鉢が回って来たというわけだ。

 最初は断ろうとしたのだが、交通費と滞在費を含めて金貨十枚という破格の依頼料、それにたまたま仕事がなかったので、依頼を受けることにした。


 もちろん、こんなうまい話には何か裏があるのはわかっている。いざとなれば一戦交えてでも公爵領から抜け出せばいい。そのあとは憲兵に公爵の不行跡をチクって厳罰に処してもらうよう働きかけるとしよう。


 一方で公爵という肩書に俺は内心気まずい思いを抱えていた。この国で公爵を名乗る家はすべて王家に繋がる血筋、つまり勇者マヤ・トウリの血を正当に受け継ぐ家系なのだ。冗談とはいえ、勇者の末裔を自称している俺を不愉快に思っても不思議じゃない。そのことを咎められたらもう二度と自称しないように平謝りするしかない。


 王都を出立して三日、ようやくヘルフゴット公爵領の市街地に入った。依頼を持って来た遣いの人間からは、ひとまず馬車の駅で待ち合わせをするように言われている。


 まだ時間があると思った俺は、近くにある『ベアビー』というレストランで喉を潤すことにした。日射しのきつい道を歩き、しかも一度峠を越えたせいで疲れが溜まっていて、椅子に座ってゆっくり休みたかった。


 冷たいお茶を一気に呷り、もう一杯頼もうとしたとき、入口のドアが開いた。俺はそっちに顔を向けると、若い女が店内を見回している。


「あっ」


 思わず声を出してしまった。見慣れた顔がここにあるとは思わなかったのだ


「あ、ここにいらっしゃったのですね。駅の方にいないので探しました」


 女――アレシア・フリゼットが声をかけてきた。


「アレシア、なんでここに? 仕事はどうした?」


 俺は事態が飲み込めなかった。いらっしゃった、とはどういうことなのか。まるで俺が公爵領に来るのをわかっていたかのようだ。


「休暇をいただいて、実家に帰ったのです。座ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいぞ」


 俺がそう言うと、アレシアはなんの遠慮もなく俺の向かい側の椅子に腰かけた。


「驚かれたでしょう?」


 とアレシアは微笑みを投げかけてきた。


「ああ、色々と訊きたいことはあるけど……さて、なにから訊こうか」


 俺は両肘をテーブルについて、何気ないふうを装った。


「最近は事務所の方に寄れなくて、申し訳ありませんでした」


 アレシアは、俺が黙ったせいか話の接ぎ穂を求めるように言った。


「別にいいさ。あくまで憲兵の仕事が最優先だからな。暇なときに顔を出す程度でいいよ」


 この言葉には、言外の意味を含めたつもりだ。


 イドリス商会の事件が終わってから、時おりアレシアが事務所に顔を出すようになった。なんでも、上役のティムル・ローク警視からの命令でたまに俺の仕事を手伝うよう言われたらしい。


 だが、アレシアのせいで依頼人を逃がしたことが何度かあった。命令口調で根掘り葉掘り訊いたり、少しでも疑いを持つと取り調べのように詰問口調になってしまう。おかげで依頼人の気分を害してしまい、中にはテーブルを蹴り上げたり、俺に怒鳴る客もいたくらいだ。ロランド探偵事務所の評判が下がりかねないか冷や冷やした。

 一応アレシアには客商売の初歩を教えたのだが、どこまで効き目があるかわからない。少しでもアレシアのためになればと思って受け入れたのだが、おかげで仕事に支障をきたすようになってしまった。

 いっそのことアレシアの受け入れを拒否しようと憲兵庁に駆け込もうかと思ったぐらいだ。


 俺のそんな思いを知ってか知らずか、アレシアは穏やかな笑みを向けてくる。


「いいえ。わたくし、シズマさんからたくさんのことを学んでおります。極力、お手伝いさせていただきますわ」


 やっぱりアレシアは俺の本意が伝わらないようだ。


 それにしても、さっきからずいぶん馬鹿丁寧な喋り方をするな、と俺は違和感を抱いた。いつもとは違う悠然とした雰囲気を携えている気がした。しかもアレシアの口調や素振りには無理した感が一切なかった。


 もしかして、と思い、俺は思い切って訊いた。


「アレシア、おまえさんまさか――」

「おわかりですか? ええ、シズマさんに依頼を出したのはわたくしの父でございます」

「……マジかよ」


 俺は背中を丸めて右手で頭を抱えた。憶測が的中するとは思わなかった。


「わたくしの家は勇者マヤ・トウリの子孫です。わかっていると思いますが――」

「すまん!」


 俺は先手を打って謝罪した。両の掌をテーブルにつき、額もこすりつけんばかりに頭を下げた。


「いくら冗談とは言え、俺が勇者の末裔だって言って、アレシア、いえ、お嬢さまもさぞかしご気分を害されたことでしょう。命を差し出すとは言いませんが、せめてお詫びをさせていただきたく――」


 そこまで一気に言うと、ぷっとアレシアが噴き出す声が聞こえた。それに気を取られて俺はゆっくり顔をあげた。


「謝らなくてもいいですよ。その程度のことでヘルフゴット公爵家が怒るなんてこと、ありません」

「し、しかし」

「今まで通り、わたくしのことはアレシアと呼んでください」

「あ、ああ」


 ひとまず俺は安堵し、上体を起こした。


「あなたへの依頼は事実ですから心配いりません。遣いの者が言っていた通り、剣術の稽古をつけていただきます」

「ということはアレシアが公爵さまに推薦したってわけか」

「ええ、先輩の憲兵から聞きました。シズマさんはあらゆる戦闘術に長けていると。実際にわたくしもこの目であなたの技量を見させていただき、推薦するに値すると感じたのです」

「アレシアにも教えるのか?」

「多少はお願いいたします。ただ、わたくしの剣術は拙いものです。魔法の修練に力を入れていたものですから」

「アレシアがあれだけ魔法が遣えるのも納得だ。勇者マヤ・トウリは魔法の腕に優れていたっていうからな。血筋のなせる業、それと勇者が残した魔法のメソッドから学んだってところか」


 実際に夢の中で何回もマヤの魔法を受けていた。

 さすがに現実味がないので、他人に夢の中の稽古を話す気にはなれないが、この世のすべてを破壊するような魔法をマヤは放ったことがあり、俺も何度か食らった。あれが現実ならとっくに命はない。


「ええ。しかし、マヤが残した魔法の技法はいくつか失われています。わたくしはその一部を遣えるに過ぎません」

「ま、伝承の時代とは違うんだ。魔王もいない平和な世の中に、あんな物騒なもんが必要だとは思えんわな」

「あんな?」


 アレシアが小首を傾げた。


 しくじった。ついマヤの魔法を知っていることを匂わせてしまった。俺は顔に出さないよう気をつけ、何気ないふうを装って背もたれに身体を預けた。


「いやな、ちょっと前、歴史の勉強に凝っていた時期があったんだよ。美しい容姿に似合わず魔族を一掃するほどの強力な魔法を放ち、凄まじい剣を披露し、仲間の魔力を剣に込めて魔王を打ち倒した。そんなことが書かれていたのを思い出しただけ」


 俺が今言ったことは、ちょっと詳しい歴史書になら書かれていることだ。


「そうでしたか。たしかに歴史書にはそう書かれていますね」


 アレシアは言葉とは裏腹に窺うような視線を送ってきた。俺の言い訳を受け入れながらも、完全に信じる気もないらしい。


 勘の鋭い女だと思った。わずかな失言から疑問を感じるあたり、確かに憲兵の資質がある。


「もう一つ疑問なんだけどさ。アレシアが憲兵を志したとき、実家の家族は反対しなかったのか? 前みたいに荒事の絶えない職業だ。公爵の娘につかせる仕事じゃない気がするんだけどな」


 俺は話の矛先を変えた。


「いえ。むしろわたくしの魔法が世の役に立つのなら憲兵になるべきだと勧められたくらいです。ヘルフゴット公爵家は籠の中の鳥を育てるような家訓は持ち合わせておりません。代々、男性女性関係なく自分の持つ力を人のために役立てるよう育てられるのです」

「それが、勇者マヤの教えでもあるのか?」


 俺は疑念を持たれないようにあえて訊いた。というのも、夢の中でマヤがアレシアと似たようなことを言っていた記憶があった。苛烈な攻撃を繰り出す戦闘時とは違い、平常時は快活で献身的な性格なのだ。だからこそ、俺が人の役に立てるよう稽古をつけているのだろうと思うときがある。


「ええ。特にわがヘルフゴット公爵家ではその教えを重視し、子孫に伝えているのです。あ、いけませんね。すっかり話し込んでしまいました。そろそろ参りましょう」

「ああ」


 俺たちは会計を済まし、外へ出た。アリシアが用意してくれた馬車に乗り込んでからも、世間話をして時間を潰しながらヘルフゴット公爵家の屋敷へと向かった。


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