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闘争

 馬車が王都西部の街に入った。ここは職人たちを中心に集まっている一画で、日用品はもちろんのこと、剣や槍を打つ鍛冶職人や魔法道具の製作者たちの工房も軒を連ねている。


 ヘドレイが案内したのは、この街の外れにある二階建ての廃屋だった。長年放置してあったらしく、老朽化が進んでいた。通りに面している窓が割れ、外壁が薄汚れている。辺りは森閑として、人の気配すら感じない。思ったよりも奥行きがあるようで二階の奥なら騒いでも通りまで聞こえなさそうだ。


 俺はアレシアに指示を出して、廃屋から離れたところに馬車を停めさせると、ヘドレイたちを馬車から下ろし、用心棒の剣士から奪った剣をヘドレイの背中に突きつけた。下手な動きをするとぶすりと行くぞ、という脅しを込めているつもりだ。もちろんそんなつもりはないが、ヘドレイは俺が本気でやると思っているらしくおとなしく従っている。


 そこへ馬車を繋ぎとめたアレシアも合流する。その手には前もって預けた俺の剣がある。


「シズマさん、ちょっとやり過ぎでは」


 アレシアが咎める。


「これぐらいしないとこの手の輩は大人しく言うこと聞かないよ。さ、ヘドレイさん、リックさんのところへ案内してもらうか。おっと、用心棒の先生方も下手な動きはやめた方がいいんじゃないか」


 俺は用心棒二人に目を遣った。自分たちの不手際で雇い主を危険な目に遭わせたせいか、俺に対する憎しみが顔色に表れている。今のところは大人しくしているが隙を見せれば襲い掛かってきてもおかしくない。


 ヘドレイを促し、廃屋の入口近くまでたどり着いた。


 と、そのとき、中からずらりと何人もの輩が外に出てきた。アイザックとベッツィを先頭に男女の冒険者崩れどもが俺たちの前に立ちふさがる。


「アイザック」


 と、ヘドレイは安堵の声をあげる。


「ヘドレイさん、なんでここに?」


 アイザックは目を丸くしていた。


「アイザック、この二人をどうにかしろ」

「どうにかって、あっ!」


 アイザックは俺とアレシアを見て驚いた。


「いやあ、どうもアイザックさん。それとベッツィさんやお仲間もご一緒でしたか、こいつはちょうどいい」


 俺は挑発じみた口調で言った。


「リック・ザイセンはそこにいるんだな」


 アレシアはロッドを突き出して問い質す。


「だったらどうだっていうんだ?」


 アイザックの声を合図に連中が臨戦態勢に入る。ヘドレイについていた用心棒二人も、俺から目を離さずにアイザックに近づく。


「まあ、とりあえずこの人は解き放つってことで」


 俺はヘドレイの背中をドンっと強く押した。ヘドレイはつんのめりながらアイザックに駆け寄った。


「バカか、おまえ。せっかくの人質を手放すなんてな。ベッツィ、召喚魔法だ。今度こそこのドブネズミを始末するぞ。切り札を遣え」


 アイザックの低い声音が響いた。そして奴らが、嘲弄の笑みを浮かべて俺とアレシアを始末しようと構えた。


「ざっと数えて七人か。ま、なんとかなるな」


 俺は奴らを見ながら剣を抜いた。


「な、なんだ? あの剣は?」


 連中がざわついた。無理もない。俺が今握っている剣は片刃で、刀身がわずかに反り、波のような模様が浮き出ている。ウィスティア王国ではお目にかかれない剣だ。


 数年前、ご先祖様の勇者マヤ・トウリが夢の中に出てきて、さる骨董市で彼女の仲間が遣っていた剣が出品されるから購えと言われて手に入れたものだ。出品者は物の価値を知らいないらしく、はした金で購入できた。さすがに五百年前の剣なので手入れが必要だったが、幸いにも腕のいい鍛冶職人が見つかり、手入れしてもらった結果、切れ味が蘇った。


 俺が今構えている剣はそう言った由来のある剣だ。


「その剣は……」


 アレシアは好奇心に掻き立てられたかのようにつぶやいた。


 だが、俺が答える前に相手が殺到してきた。


 俺は刀身を返し、斬る心配のない峰で迎え撃つことにした。地を蹴り、一足飛びで剣士の懐へ飛び込んだ。奴は驚愕の色を浮かべると、慌てて振り下ろそうとした。俺の目から見れば、とんでもなくのろい動きだ。俺は剣士の胴を薙ぎ、肋骨に一撃を加えた。


 その間に奴らは散らばり、距離を取って俺と対峙しようと構えた。


「くそ! ベッツィ、やれ!」


 と、アイザックが狼狽の声を上げた。


「やってるわよ」


 ベッツィの声が上ずった。

 また炎狼を召喚すると感じ、俺はベッツィを叩き伏せようと駆け出した。


「やろう!」


 前から一人、後ろから二人、俺に襲い掛かってくる。アイザックが用心棒の魔法遣いを引き連れて、アレシアに向かっているのが目に映った。アレシアの魔法の腕に賭け、俺は残りの連中を相手にする。


 前方の奴の脳天に剣の峰を打ちおろし、ぱっと後ろを振り向く。こっちの二人は格闘家と槍遣いだ。同時に襲い掛かってきた。俺は身を低く屈めると、格闘家の横をするり抜けた。


「ぐおっ」


 格闘家の身体が折れる。俺はすれ違いざまに胴を薙いだのだ。


「くそ!」


 槍遣いがやけくそになり、やたらと槍を振り回してくる。駆け引きも何もあったもんじゃない。俺は一合して、奴の槍を弾き飛ばしたあと、首筋に峰を打ち下ろした。


 そのとき、ベッツィの周りに紫色の光が迸ったのが目の端に映った。なにかが形を成している。


「ほら、おまえたち。あいつを好きにしな」


 この間と同じように、ベッツィはまた炎狼を召喚した。今回はさらに多い十匹だ。


 俺は刃を返し、炎狼を切り伏せようと青眼に構えた。正直この程度の召喚魔法が切り札だとは思っていなかったので、拍子抜けした。さっさと退治してリックを救出するとしよう。


「そこまでだ!」


 女の声が聞こえると、凄まじい風圧を感じた。辺り一帯が嵐のように吹きすさび、炎狼十匹に動く暇すら与えようとしなかった。


「おっと」


 俺は刀身を立て峰に右手を添えた。この剣には魔法を打ち消す効果がある。風が二手に逸れてようやく俺は身動きが取れるようになった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 いきなりアイザックのけたたましい悲鳴が聞こえた。そう思ったとき、刀身越しにアイザックと魔法使いの女が吹き飛ぶのが見えた。そして、炎狼たちとベッツィがすさまじい打撃を食らったかのように身体を曲げると、嵐に吹き飛ばされてしまった。


「へ?」


 何が起きたか理解できない俺は、間抜けな声を出してしまった。


「大丈夫ですか? シズマさん」


 アレシアが駆け寄ってきた。


「おまえさんの魔法か、アレシア」


 俺は肩の力が抜ける思いをしながら訊いた。


「そうですが」


 なぜか首を傾げるアレシア。なにか? と訊きたげ立った。


「たしかアイザックのナイフには魔力を消す効果があっただろ」

「少し強めの魔法を遣ったのであのナイフ程度の効果では防げませんよ」


 アレシアは誇らしげにのたまう。


「しっかしなんだかなぁ。もう少しTPOをわきまえた魔法を遣ったらどうだ。この程度のやつらなら他にもやりようがあっただろ」


 俺は遠くで倒れているアイザックたちと炎狼に目を向ける。全員満足に動けないようで呻き声を上げながら悶えている。しばらく動けなさそうだ。


「いえ。ちゃんと手加減しました。わたしが本気で魔法を撃つと、連中が消し飛んでしまいますから」

「……凄腕だったんだな、アレシア」


 俺は呆れ交じりに称賛した。どうやらアレシアは手加減の定義をアバウトに捉えているらしい。チンピラたちとモンスターの炎狼十匹、あんな強力な魔法を遣うまでもないだろうに。


「とにかく、リックさんを助けないと」

「そうだな。ヘドレイさん、場所、わかる?」


 俺は剣を鞘に納めると、建物の前でへたり込んでいるヘドレイに訊いた。


「あ、ああ」


 ヘドレイが怯えた声音で答えた。俺たちの実力を見て完全に屈服したらしい。


「では、案内してもらおうか」


 アレシアは憲兵の立場に戻り、命令口調で言った。俺がヘドレイの襟を掴んで強引に立たせると、アレシアは奴の両手首に手錠をはめた。


 ヘドレイを挟む形で廃屋に入り、リックのいる部屋に案内させた。家具が打ち捨てられたままで、淀んだ空気が漂っていた。


「あ、あなたたちは?」


 部屋に入るや否や、リックが俺たちに訊いた。彼は椅子に縛り付けられていた。これでヘドレイたちに拉致監禁の罪が加わるのは確定だ。


「探偵のシズマ・ロランドです。奥さんの依頼であなたを救出しに来ました」


 俺は恭しく挨拶をし、リックにつながれてあったロープを解いた。


「ドリアの?」

「ええ。奥さん、あなたの様子がおかしいってかなり心配してましたよ。ま、今日のところは憲兵の聴取に応じてもらうことになりそうですが」

「そ、そんなことをしたら、大変なことになる。アイザックという輩が、妻に手をかけるって」


 リックが縋るように俺の両肩を掴んだ。アイザックは何ふり構わず、ドリアにも危害を加えようとしたようだ。


「心配いりません。ヘドレイとその取り巻きたちは逮捕されます。だからあなた方家族に危害が及ぶことはありません。それにヘドレイに手を貸した憲兵にも厳しい処分が下るでしょうから」


 アレシアは慰めるような口調で言い切った。


「なぜそこまで言い切れるんです。だいたいあなたは誰なんですか?」


 リックがアレシアに怯えた目を向けた。

 すると、アレシアはポケットから手帳を出した。


「申し遅れました。わたくし、アレシア・フリゼット警部補です。憲兵の汚職、及びヘドレイの徴税逃れについて捜査していました」

「警部補ぉ?」


 俺は疑いの眼差しをアレシアに送った。どう見てもアレシアは二十歳前後だ。その若さで警部補だとすれば将来の幹部候補に違いなかった。


「お話はあとです。さ、参りましょう」


 アレシアはリックを促した。


 外に出ると、何人もの足音や馬車の音が聞こえてきた。街の外れとはいえ、あれだけの乱闘を繰り広げたのだ。誰かが気づいて憲兵を連れてきたのだろう。実際、かなりの数の憲兵がこちらに近づいて来るのが目に入った。


 俺は肩の荷が下りてため息を吐いた。あとは取り調べに応じてから、リックをドリアの許へ送り届けるだけだ。


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