参の3 涙をこぼしたのはきみだけではありません
「古河さんとは最後にいつ会ったの」
〈去年の同窓会。進藤くん、全然こっちに帰ってきてないんでしょ〉
「うん。実家といろいろあって、地元とはすっかり疎遠になっちまってる」
〈わたし、優子のお見舞いに行けずじまいだった。入院してるってことは聴いてたんだけど、まさかあんな重い病気だったなんて。医療の道に進んで、一度はお医者さんの奥さんになったっていうのに〉
「古河さん、幸せだったのかなあ」
〈少なくとも、進藤くんといるときは幸せだったはずだよ。ううん、進藤くんのことを思い続けている限りは、幸せだったに決まってる〉
「おれがなんとかすれば」
〈優子、ずっと待ってたのよ〉
「うん」
〈ずっとずっと、ずっとずっとよ〉
――わたしは、ずっと待ち続けるの。ずっとずっとよ。待って待って、待ちくたびれるの――
〈何年も何年も〉
「うん」
〈暑い日も寒い日も〉
「うん」
〈朝も昼も夜も〉
「うん」
〈女の子の、一番大切な時期にだよ〉
「うん」
〈好きで好きで、しょうがなかったのよ〉
「うん」
〈どうして優子をひとりぼっちにさせたの?〉
「……」
〈好きだったって言ったじゃない〉
「……」
〈うそだったの〉
「うそじゃない」
〈進藤くん〉
「うん」
〈泣いてるの〉
「うん」
〈わたしも〉
進藤は考えていた。確かにおれは、優子に魅かれていたはずだ。なのに、優子の思いを受け入れるすべを持ち合わせていなかったのだろうか。
〈進藤くん、あしたは必ず来て。新幹線に乗れば告別式に間に合うでしょ。焼かれて骨になっちゃう前の優子の最後のきれいな顔を見てあげて〉
「うん。行くよ」
〈優子のお母さんも、会いたがってる〉
「お袋さんが?」
〈会ったことあるんでしょ?〉
「ないよ」
〈あるって言ってたよ〉
あった。
――これから文化祭まで、毎日進藤くんに連れて帰ってもらうの。ね、進藤くん――
〈優子、いつも進藤くんのことお母さんに話してたんだって〉
母娘とのささやかな約束さえ進藤は果たせなかった。
今となっては浮かばない優子の母の面影に、娘の優子は似ていたのだろうか。そんなことに、あの夜は関心さえ抱かなかったのだろうか。
〈進藤くんにお話しなきゃならないことはほかにもたくさんあるんだけど、あんまり言っても進藤くんもっと混乱すると思う。それにもう遅いから、きょうは休んで。そしてあしたは、絶対に来て。必ずよ〉
(「参の4 愛の言葉さえ忘れていました」に続く)