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ゲリマンダー  作者: 守尾八十八
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参の2 大きなハンマーで頭を殴られた思いです

〈あのね進藤くん、よく聴いて。このことに進藤くんが気付いていたかいなかったかを、わたしは問題にしない。だけどね、優子、進藤くんのこと、ずっと好きだった〉

 打ちのめされた。部屋の家具全体が、角度を変えながら、遠くになったり近くになったりしている。

「ずっとって」

 優子が見たという進藤がラケット持参で通学していたのは、上級生が部室を使わせてくれなかった、ごく初期のことだ。

〈引っ越して、初めて進藤くんを見かけてからずっとよ。西部中にとてもかわいらしい男の子がいて、だんだん大人っぽく、かっこ良くなっていくんだって。わたしが、クラスが同じ井山くんとかから情報を仕入れてあげてた。進藤くん、井山くんと仲が良かったんでしょ。井山くん、進藤くんのこと、ほめてたよ。いいやつだって〉


 ――井山くんと、仲良しだったでしょ――

 ――お友だちのこと、悪く言うもんじゃないよ――


 記憶の中の優子の声が、あかねの声とだぶって聴こえる。

〈進藤くんが第一高校に行くって知って、優子も受験勉強、頑張った。進藤くんに近づこうとテニス部に入ろうとしたこともあったけど、中途入部は先輩後輩のしがらみとかいろいろあって面倒だからあきらめた〉

「……」

〈同じ高校に入学して、二年で一緒のクラスになって、優子、とっても喜んでた。進藤くんが、思ってたとおりの、聴いてたとおりのすてきな人だったって、誇らしげだった〉

「……」

〈文化祭の前の夜、進藤くん、優子のこと江原くんに預けちゃったでしょ。優子、ショック受けてた。自分が悪かったとも言ってた。進藤くんを試すようなことをしてしまったって〉

 進藤は血の気が引いた。なんてこった。おれはなんてひどいことをしてしまったんだ。取り返しがつかない。

「古河さん、江原とは」

〈なにもあるはずないでしょっ〉

 それまで落ち着いた口調だったあかねは、初めて声を荒らげた。

〈進藤くん、優子のこと、嫌いじゃなかったでしょ〉

「かわいくて、とてもいい子だと思ってた。いや、むしろ好きだった」

〈優子もそのことはちゃんと分かってたんだよ。だからわたしは、打ち明ければきっとうまくいくよ、お似合いのカップルだよって散々言って聴かせたの。だけど、優子は待つ方を選んだ〉

「そんな。なにかひと言でも言ってくれれば」

〈進藤くん、あなたは忘れん坊過ぎる。あの書き込みを見て思い知らされた。あきれたわ〉

 電話の声は、明らかに進藤を責めている。

「どういうこと」

〈卒業アルバムがどうしたって言うのよ。あなた、優子が小学校のアルバムに載ってるか載ってないか、もっと前に知るべきだったはずでしょ〉


 ――帰ったら卒業アルバムからわたしを探してみてよ――

 ――なぞがあった方が、楽しいじゃない――


 探さなかったんだ。

 あの後も、卒業アルバムを開く機会は何度もあったはずだ。なのに、それと優子とが結びつかなかった。小学校には自分はいない、中学生になってから毎朝の登校ですれ違う進藤を知った、そのことに気付いてほしいという優子の切なる思いを無視しただけでなく、忘却の彼方に置き去りにしてしまっていた。

 進藤は、大きなハンマーで頭を殴られる思いがした。

「どうしたらいいのか、分からない」

〈そうでしょうね〉

 あかねの声は再び落ち着いた。

「宮国さん、古河さんとは小学校のころからずっと一緒だったの」

〈親友だった。優子が引っ越してちょっと遠くになってからも、お互いの家をしょっちゅう行き来してた〉

「古河さん、家族は」

〈あの子、医学部の保健学科に進んだの知ってる? お医者さんのところにお嫁に行ったんだけど、出戻った。子どもはいない。再婚もしてない〉

 三年に進級してからの優子のことを進藤は知らない。成人式で地元に帰った際も、中学校単位で宴会が開催されたから優子には会っていない。

〈進藤くんは〉

「おれもバツイチ。一人娘は向こうに取られた。別れてからおれは会社を辞めて、今はマンションを借りてそこを事務所兼ねぐらにして細々とやってる。ずっと独り身」

〈そう。うまくいかないものね〉

 深いため息を、あかねはついた。


(「参の3 涙をこぼしたのはきみだけではありません」に続く)

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