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ゲリマンダー  作者: 守尾八十八
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参の1 なぜ彼女はそこにいないのでしょう

 卒業アルバムを抱えて、進藤は放心状態になっていた。写っているはずの優子が、写っていないのだ。

 高校の卒業アルバムには、確かにいた。しかし、いるはずの小学校の卒業アルバムには、なぜだかいない。どのクラスのページにも載っていない。

 記憶がおかしくなっているのではないかと思い、進藤は中学校の卒業アルバムをめくったが、そこからも見つからない。

 パソコン画面に戻った。投稿の文面を、しっかり読み返した。訃報の下には、哀悼の意を表すいくつもの書き込みが続いている。なにか手がかりはないかと、スクロールしたりあっちこっちのページをチェックしたりした。なにもなかった。

 ずらりと並ぶお悔やみの文言に倣うとともに、進藤はこう続けた。句読点は排除した。


《古河優子さんは 中央小 東部中 第一高でしたよね 進藤雅弘》


 しばらく画面を見つめていた。なんの反応もない。

 検索サイトを開き「古河優子」と打ち込んでみた。何万件もの「古河優子」がヒットする。土地の名前、学校の名前でクロスさせて検索した。進藤の知る優子を探し出すことはできない。本名での登録が求められるソーシャル・ネットワーキング・サービスに、優子は参加さえしていなかったようだ。

 再び高校の卒業アルバムに戻り、進藤はゆっくりとページを繰っていった。

 アルバムは卒業時のクラスごとに編集されているから、進藤と優子はそれぞれ別のページに載っている。投稿主の旧姓・宮国あかねは、優子と同じ三年八組のページにいた。名前だけでなく、その容姿も進藤の記憶の中にはない。

 改めて進藤は、優子のポートレートをまじまじと見た。それは、記憶の中の優子となかなか交わらない。

 卒業アルバムの内容と自分の記憶は一体どちらが正しいのだろうか。分からない。

 だけど進藤は、なにか自分はとんでもない思い違いをしているのではないかという気がしだした。そして、遠い昔に、決して手放してはならなかった大切なものを、深くて暗い海の底のような場所に置いてきてしまった経験があるような、恐ろしい気分に見舞われた。


 夜になって再びサイトをのぞいてみた。掲示板にはお悔やみが増えている。しかしその中に、進藤の疑問を解消する答えはない。ただ、進藤宛てにメッセージが一件届いていた。発信者は宮国あかねだ。


《古河優子さんは わたしと同じ若村小です 進藤くん 直接お話しすることはできませんか?》


 若村小だって。転校したということだろうか。どっちからどっちに。いつ。

 頭がまったく回らなくなった進藤は、回らない頭をなんとか回し、慎重に返信を打ち込んだ。句読点は付けた。


《中央小の卒業アルバムに載っていないので、不思議に思ったのです。こちらの電話番号は、0×0―××××―××××です》


 図らずも、すぐに再返信があった。


《0×0 ×××× ××××からかけます》


 ほぼ同時に、デスク上の携帯電話がぶるると震えた。

 発信者番号を確認する間も惜しく、進藤は通話ボタンを押した。

「進藤です」

〈こんばんは。宮国あかねです〉

 聴き覚えのない声だ。

「申し訳ありません。わざわざメッセージをいただいて」

〈ううん、いいのよ。進藤くんとは、お話しなきゃならないと思ってたから〉

 地元なまりのアクセントだ。

「こちらから、かけ直しましょうか」

〈気にしないで。それよりさ〉

「はい」

〈他人行儀はよそうよ〉

「…うん」

〈さっき、お通夜から帰ってきたところなの。穏やかに眠ったような、きれいな顔だったよ〉

「うん」

〈それでね、小学校のころのことから話をするけど、優子は六年間を通して若村小。卒業してそのまま学区の東部中に上がったの。それから、中一の時に若村小の学区を離れて松町に引っ越した。家を新築したのよ。小学校の学区では別だけど中学校は同じ東部中の学区だから、一度も転校はしていない。転校を避けるために、ご両親は優子が中学に上がってからあの場所に家を建てたんだと思う〉

 進藤は混乱した。高校二年の文化祭前に送っていった一戸建ては確かに、真新しかったような記憶がある。だけど、と思った。

「古河さん、小学校時代のおれのこと、知ってるような口ぶりだったよ」

〈そうね。西部中時代の進藤くんのことも、よく知ってたのよ〉

「うん。友だちとの待ち合わせ場所で、おれが学校行くのに通り過ぎるのを見たって」

〈それ、うそよ。優子、毎朝一人で学校に来てたもん。いつも遅刻ぎりぎりで駆け込んで〉

 進藤の混乱は、拍車をかけた。


(「参の2 大きなハンマーで頭を殴られた思いです」に続く)

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