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ゲリマンダー  作者: 守尾八十八
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弐の4 いつもより早く二人きりになれたのですが

 文化祭の準備は順調に進んだ。

 目玉の池と鹿威しを、校庭に組んでシミュレーションした。取り外し式教壇を並べてビニールシートで覆い、真ん中のくぼみに、清掃用のバケツでリレーして水をくみ入れる。農家の息子は、なにから流用したのか見当も付かない鉄製の土台に竹筒を取り付け、シーソー運動のバランスを測っている。

「大丈夫そうか」

 進藤は聴いてみた。

「筒は何本も作ってる。穴の位置を少しずつ変えてな。どれか必ずうまくいく」

 自信満々の表情を農家の息子は見せる。

 学校の倉庫から一時的に借り出した、赤いドラムに巻かれた黒くて太い延長コードで、校舎内から電源を引いた。電動ポンプが小さくうなり、即席の池から水をくみ上げだす。くみ上げられた水は、斜めに切った竹筒の口にちょろちょろと注ぎ込まれる。農家の息子が、電動ポンプから流れ出る水量を極限まで細く調節した。

 注ぎ込まれた水の重みで竹筒はゆっくと首を下ろし、飲んだばかりの水を池に吐き出す。空になった竹筒が、今度は一瞬のうちにはね返り、石にしりをぶつけ、「カコン」と小気味よく鳴くと、見守っていたクラスメート全員の歓声が上がった。拍手が鳴った。笑みがこぼれた。

 農家の息子の要望で、ほかの竹筒と入れ替え試してみたが、最初のものが最上の出来だった。農家の息子は、石の選択にも余念がない。

「外で聴くのと教室の中で聴くのじゃ、音の響きが全く違うからな。教室で比較検討せにゃならん」

 竹筒のように何度も石を入れ替えて試すことは、外ではやらなかった。

 シートの水漏れが懸念材料だが、幸いなことに進藤たちの教室は校舎の一階にあり、下の階への浸水という最悪の事態は避けられるということで、クラス担任の了承を得た。


 発泡スチロールをくり抜いたり張り合わせたりして、灯籠を立てた。着色のためラッカーをスプレーすると発泡スチロールは溶けてしまうという事前の知識が浸透していたから、割高なアクリル絵の具を買ってきて、慎重に、石に見えるよう色を塗っていった。学校から支給される予算額を早い段階に使い切ってしまったので、担任教師がポケットマネーから捻出した。

 河川敷からこっそり大量にかき集めてきた砂利石を、ビニールハウスのシートの仕掛けがばれないように上から敷き詰めた。新聞紙を深緑色に染めてくしゃくしゃにし、こけを作った。

 白壁を表現する模造紙にはポスターカラーで上部にかわらを描いた。夕暮れの雰囲気を演出するため、白壁に当てて間接照明の役割を担わせる工事現場用のライトに、オレンジ色のセロファン紙を張ることにした。ライトの熱でセロファン紙が燃え上がってしまうのを警戒して、針金を細工してライトが照らす先に大きなフードを取り付け、長時間の点灯中に触っても熱くならないことを確認し、その上から張った。


 展示の主役や脇役、大工道具たちは、毎晩、一斉下校の時刻までにきれいに教室の隅やベランダに片付けられ、翌日の授業が終了し再び出番が来るまで、おとなしく待機した。

 いったん組んだせっかくの仕掛けを、下校時刻までに毎回ばらさなければならないことが、進藤には理不尽に感じられる。組んでばらして、また組んで、という日々が続いた。

 夜八時を過ぎると、にわかカップルが成立した制服姿の男女が大勢、肩を寄せ合い、通学路を埋め尽くす。校門を出てしばらくはグループ行動に甘んじた進藤も、いつも決まった地点から優子と二人きりになる。二人は、クラスメートのうわさや教師の好き嫌い、最近読んだ本や聴いた曲、将来の夢といった、とりとめのない話に興じ、用水路沿いを歩いた。


 文化祭の本番前夜は、一斉下校のルールが取り払われた。担任教師の管理のもと、時間無制限で作業を続けることが許された。

「日本の庭園」は、日付けが変わるずっと前に完成した。付け足す物も差し引く物もなにもない、完璧な仕上がりだ。

「よくやったな。ぼくも鼻が高いよ」

 担任教師が、珍しく進藤たちをほめた。


 校門を出る時、進藤は振り返って校舎を見上げた。まだこうこうと明かりのともる教室がいくつも残っている。

「進藤くん、行こ」

 優子が、進藤にぴったりと肩を着けてきた。一斉下校ではないから、通学路の流れは、前の日までと比べようのないほど細い。夜が更けて明かりが少ないせいで、視界も利かない。前方に、同じクラスの男女が、進藤たちと同じように寄り添って歩いているのが見える。進藤は、前の二人とは距離を置くよう努めた。こうして、いつもより早く、優子と二人きりになった。

「あした、絶対うまくいくよね」

「おれたちのが一番だ。よそのクラスを偵察してきたけどさ、どこもろくでもなかったよ」

 胸が高鳴るのを進藤は感じていた。文化祭終了後の打ち上げといったものが許されるような校風ではないから、優子とこうやって二人で夜道を歩けるのは、きょうが最後だ。なにかが起こるのではないか。いや、なにかを起こさなければいけないのではなかろうか。

 思いをめぐらせていたところへ、闖入者は訪れた。


(「弐の5 格好悪い男を演じたくなかったのです」に続く)

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