参の4 愛の言葉さえ忘れていました
優子のことを進藤はあまりにも知らなすぎた。
なにか優子に関わる物はないか。私物はあらかた実家から引き上げてきている。押し入れをかき回した。
同窓会名簿が見つかった。優子の欄は、連絡先が松町のあの自宅住所のままになっている。それだけだった。
ほかにないか。なにか優子が書き残した物はないか。寄せ書きとか卒業文集とか、年賀状のような類の物はなかったか。しかし、そうした物は見つからない。
いや、違う。昔の写真ならまだある。
進藤は思い直し、押し入れの下段から大きなダンボール箱を引き出した。中には、大判のしっかりした作りのアルバム、差し込み式の簡易アルバム、未整理のままの写真が、無造作に詰め込まれている。デジカメで撮影した新しい写真は電子保存ばかりだから、紙焼きしてあるのはほとんど旧い物だ。
大判のアルバムから開いていった。高校二年の新学期に撮ったクラス写真が出てきた。緊張の面持ちで優子が写っている。進藤は、写真の優子と、少し離れた列に立つ自分との間を、指先でなぞった。
もっとあるはずだ。きっとあるはずだ。日付けもタイトルも記されていない簡易アルバムを、進藤は高速でばらばらめくった。高校時代の物が出てきた。「日本の庭園」で盛り上がる文化祭のスナップや集合写真があった。浴衣姿の優子も写っている。
優子と過ごしたわずか一年の思い出が、進藤の頭の中で走馬灯のようにゆっくりと回りだした。
あるはずだ。あるはずだ。進藤は、簡易アルバムをめくりながら、記憶の底の、自らしたに違いない封印を、力ずくで解こうとした。
――進藤くん。あなたは忘れん坊過ぎる――
電話のあかねの声が、進藤の耳の奥で響く。
優子とおれを結ぶもの。優子とおれをつなぐ糸。あったはずだ。絶対にあるはずだ。
小学校の卒業アルバムを進藤に確認させようとした優子が、アルバムと併せ改めてよく見るよう願いを掛けたに違いないなにか。優子が進藤に課した、そう難しくもない宿題。すれ違う二人を軌道修正してくれるはずだった宝物。優子も同じ物を長年保管していたに違いない一枚。
これだ――。
ついに見つけた。それは、二人だけの、優子と進藤だけの、大切な、特別の思い出の品だった。写真部のクラスメートにおだてられ、ポーズを取らされ撮ってもらった。文化祭二カ月前の、夏休みに入ってすぐのクラスキャンプでのツーショットだ。
カメラを向けられた時の甘く切ない思い、そして、写真の出来上がりを見せられた時のおもはゆいような気持ちが、進藤の脳裏にまざまざとよみがえった。
怖かった。おれは、本気になるのが怖かったんだ。本当に優子を好きになってしまい、恋に破れてずたずたに切り刻まれ、だめになってしまうのがどうしようもなく怖かった。だから、必要以上に優子のことを意識の外に追いやろうとしていた。記憶から消し去ろうとしていた。逃げていたんだ。自分にうそをついていたんだ。
写真はしかし、うそをつかない。進藤に真実を見せつける。そこには、そろってTシャツにジーパン姿で満面の笑みをたたえる恋人同士の姿が写っていた。二人は見まがうことなく、信じ合う、助け合う、慈しみ合う、正真正銘の恋人同士だった。
封印は解けた。
進藤は、ぼろぼろと涙をこぼした。涙のレンズで、二人の像が揺れだした。
少女は、満ち足りていた。少年の腕に身をゆだね、安心しきっていた。少女の膨らむ胸の前で、少年の腕は組まれていた。少女の上腕部の自由を奪うそのたくましい腕に、少女は指をはわせて応じていた。
少年は、少女を包み込んでいた。少女のきゃしゃな両肩を、後ろから抱いていた。少しかがんで、抱いていた。優しく優しく、壊れ物を扱うように抱いていた。
二人は、お互いのほおを寄せていた。ほおはそれぞれが磁石のように引きつけ合って、決して離れようとしない。二人とも、満面の笑顔だった。
――わたし、とても幸せよ。ずっと前から幸せだったの。これからも、ずっとずっと幸せでいさせてくれるでしょ。もっともっと幸せにしてくれるでしょ――
少女が少年に問いかけた。
少年は、答えない。聴こえているはずなのに、なにも答えない。
――違うの? そうじゃないの?――
少女は、不安になった。
それでも少年は、黙ったままだ。
「ごめん、優子ちゃん。本当は愛してたんだ。ずっと好きだったんだ。だけどおれ、なにもしてあげられなかったよ」
写真の少年がなにも言わないから、代わりに進藤が、少女にわびた。
―――(了)―――
※ 新連載「血」スタート!
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