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ネコ文明  作者: 虎ノブユキ
1/5

仕事

 人間である私の飼い主は、会社の人間関係でうつになり、会社を辞め、一年間ふさぎ込んでいる。


 そろそろ失業保険も切れる…

 私の生活は…


 もちろん一蓮托生だ。

 この飼い主と運命を共にする覚悟はできている。


 しかし、こういった時にはもう、どちらが先とか言っている場合ではない。

 私は次の集会で、職を探す決心をした。


 飼い主はどう思うだろう、飼い猫が自分より先に就業する事を。

 プライドが傷つかないか。

 まがりなりにも飼い主だ。

 だが、現実がある。

 もう、そんな事も言っていられない。


 猫の集会は午後十時ちょうどに始まる。

 今日の主な話し合いは、隣町の猫達を招いての、縄張り境界線についてであった。

 話し合いは両者一歩も引かず、白熱した。

 白熱したが故、私は皆から気づかれず、話し合いの輪からはずれることができた。

 

 私は集会所の隅で、そのベンチの背もたれの裏にある、求職案内表に目を通した。


 『多摩川のホームレスのケア』

 『駅前商店街の警備』

 『ごみ置き場のカラスの監視員』


 少ないが仕事はある。


 私は、『ネズミ駆除サービス』に目をとめた。

 依頼を受けて、一般家庭や商業施設でネズミを駆除する仕事だ。

 午前二時から八時間。

 初任給、サバの水煮缶三十個。

 各種保険完備。

 賞与年二回。

 食事付。

 雇用待遇はかなりいい。

 が、いわゆる、命の危険がある仕事だ。

 しかし、背に腹は…

 しばらく考え、私はここに決めた。

 

 それから私の、仕事、の日々が始まった。


 ネズミ駆除サービスといっても、依頼主は人間とは限らない。

 外の世界を知らずに一日中家の中にいる飼い猫たちは、ネズミなんぞに出くわさない生活をしている。

 そんな彼らの前にある日突然、どこからともなくネズミが現れる。

 飼い主は当然、彼らに期待する。

 がしかし、彼らにその術はなく、我々の出番となる。

 我々は仕留めたネズミをそっと彼らに預けて身を引く。

 彼らはそのネズミをくわえ、自らの手柄とし、飼い主に認められる。

 猫の依頼者たちは、そんな罪悪感からか、駆除作業に協力的だ。

 時には「ありがとうございました。先生」などと頭を下げられ、顔がニヤつくのを抑え、「私は先生ではありません。ただ、仕事をしただけです」と、答えた事もある。

 そんなモチベーションもあり、依頼主が猫なら良かったのだが…


 依頼主が犬というのは厄介だった。

 彼らは「自分たちは犬だ」と、はなっからネズミを捕まえる義務はないと思っている。

 ネズミが現れ、飼い主が彼らに淡い期待を抱いた瞬間、彼らは仕方なく我々に依頼する。

「さっさとやっちゃって」と、アゴで指示する彼らは、床に寝そべり、薄目で私の段取りをチェックする。

 罪悪感がないので協力的でもないし、やたらとせかす。

 そんな時に限ってあり得ないミスをして、作業時間が大幅に越えたりする。

 時間内に予定の作業をこなさなければ、当然クレームとなる。

 なるほど、雇用待遇がよかったのは、こういうことか…


 疲れきって帰ることが増えた。

 疲れているのに寝つきが悪く、食欲も落ちていった。

 飼い主は元気のない私を気遣い、ブラッシングやマッサージを入念にしてくれる。   

 罪悪感を感じているのだろう、まがりなりにも飼い主だ。

 

「おまえ、やせたんじゃないか?」


 しっぽを左右に振る私に、彼は続けて言った。


「無理するなよ」


 いくら私が今までに、この飼い主の悩みや苦しみを取り去ってきたとしても、彼が私に借りを返す様な行為を、私は望んでいない。

 彼もまた、私が彼に借りを返すような行為を望んでいない。

 ただ、生きるために仕事をするだけだ。


 次の日、私は仕事でケガをした。

 ネズミを捕まえて、作業報告書を記入している時だった。

 突然ハクビシンが現れ、捕まえたネズミを持ち去ろうとした。

 私は必死でネズミを取り返した。

 その最中、ハクビシンの牙が、私の肩に食い込んだ。


 その夜、私が肩の傷を隠しながらサバの水煮を食べていると、飼い主は私にそっと近づき、こう言った。


「仕事が決まったんだ」


 私は思わず飼い主の顔を見た。


「夜中のビルの清掃だ。明日から働くよ」


 飼い主はそう言うと、私を抱きかかえ、私の肩の傷口にそっと軟膏をぬって、こう言った。


「一旦ぼくが仕事するから、おまえは休め」


 私は、しっぽをどう振っていいか分からず、飼い主の目をじっと見続けた。


「またヤバくなったら相談するよ」


 飼い主はそう言って、戸棚から酒を出すと、その酒を私に勧めた。

 私は、「ミャー」とだけ返事をして、涙を隠そうと、サバの水煮缶に頭を突っ込んだ。


 お互いに借りを返すとか、協力し合うとか、そういう事ではない…

 ただ寄り添っていたいと、ただただ一緒にいたいと、私は改めて、そう思った。

 きっと、飼い主もそうであろう…


 私は飼い主に、サバの水煮を勧めた。

 彼はそれを肴に酒を呑んだ。

 久しぶりに酒を呑んで旨そうにする飼い主の顔を見て、私も目を細めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] にゃんこサイドもいろいろあるんですね〜。
2022/11/09 19:57 退会済み
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