捨て身の反撃
投票から三日後、ついに反撃の用意は整った。
わずか十数票という僅差ではあったが、とにかく作戦は承認されたのだ。
彼らはそれこそ死に物狂いで準備にとりかかり、機械達が総攻撃をしかけて来る前に準備を終える事ができた。
ほとんど寝ずに作業を行っていた者の多くは、その場で眠りにつく。彼らが目覚めるころには、どちらかに決着はついているはずだ。
戦士達は、作業が終わり近くなった時点で休息を取っていた。気力体力とも十分充実している。後は作戦開始を待つばかりであった。
「ここへ残った方がよいのではありませんか?」
フレディは神へ向かって問いかける。
「わしにも役に立てる事があるはずじゃ」
作戦開始間際、彼の部屋へ神が訪れた。神の熱意に負けてとりあえず前線まで連れてきたものの、やはり戦士としての経験のない者、いや強者の戦士でさえ、生きて帰ってこれるかわからない戦場に連れていくのは抵抗がある。
「いまさらなにいってるのよ」
神の代わりに答えたのは、なんとキャシディであった。彼女は神とほとんど前後するようにフレディの部屋へ来て、やはり同じように頼んだのだ。
「キャシーもここへ残る気はないのか?」
彼女とて歴戦の戦士ではあるが、今は神の手により少女へと変じている。
どの程度以前の能力が残っているか、彼女自身ですらわからない。
「もちろん、残る気はないわ。爆発物の扱いなら、そんなに体力を使うわけじゃないし、走るくらいならなんとかなるから」
キャシディは一応(?)少女に見えるため、割り当てられた作業はそれ程たいしたものではなかったし、両親を失ったばかりという設定だったため、同年代の少女に比べても大分優遇されていた。よって割り当てられた作業はほんの一、二時間ほどで終わって、あとの時間は、以前の能力を取りもどすことに費やしたのだ。
「それに、わしがいないとあの閉鎖された空間は開かんぞ」
彼らが神と出会った場所は、かなり中枢部近くまでくい込んでいる。これを利用しない手はなかった。しかしそれには神の力が必要だ。
「フレディがガードマシーナとやりあっている間に、こっちは爆弾仕掛けたりいろんな工作ができるし。どうせ一人で突っ込むつもりだったんでしょ?」
遊撃隊の隊員はほとんどの場合一人、多くても三人程度で行動する。そして最終目的は与えられるが、事前の作戦は与えられず、戦況を見ながら自らの判断で行動するのだ。フレディもやはり単独での作戦行動を好む。
「だめだ、といっても勝手についてくるつもりなんだろ?」
「よくわかってるじゃない」
女戦士はにっこり微笑む。
中身は成人した女性であるが、外身はいたいけな少女にしか見えない。そのアンバランスさに、彼は奇妙な戸惑いを覚える。
フレディが大人の彼女を見たのは、ほんの少しの間だけで、実際の所、少女の姿になってからの方が長く見ている。だから少女としてのイメージが強く、歴戦の女戦士だということを忘れてしまうのだ。
もし、自分がキャシディの立場で、少年に変えられたとしたら、やはりついて行くと主張したであろうから、彼女のいい分を却下しづらい。
「しかたないな。遅れずについて来いよ」
彼は大きな手で、キャシディの柔らかな金髪をくしゃくしゃにする。
「ちょっと、やめ……」
そういいながらも少女は逃げようとしない。
いかれちまったかな?
彼はそう一人ごちながら、少女を抱き寄せた。その様子を見て、神はそっと席を外す。
「何もかも終わったら一緒にならないか?」
フレディは少女の耳もとでささやくようにいう。
「それって、相棒になれってこと? それとも奥さんになれってこと?」
少女は頬を赤らめながら、そう問いかける。
「両方さ」
「よくばりね」
彼女は戦士の大きく厚い胸に、そっと身を寄せた。彼はそのきゃしゃな身体を優しく抱きしめ、互いの体温と鼓動を感じ合う。小さな少女は、屈強な戦士の腕にすっぽりと包み込まれ、いつしか二人は甘い口づけを交わす。
「これ以上はだめよ。まだこどもなんだから。それとも、こどものほうがいいの?」
キャシディは、てれかくしに軽口をいい、戦士から離れる。
「中身がキャシーなら、ばーさんでもかまわんぞ」
「あたしはいやよ。あなたの前では若くて美しく、そして強くありたいの。
年を取ったら、また神様に若返らせてもらうんだから」
「そうだな。常に若い女房もいいかもしれん」
フレディはそうつぶやきながら立ち上がる。
「時間だ。行くぞ」
「ええ、あ・な・た」
キャシディは赤くなりながら応える。
「ちょっと気がはやくないか?」
彼も心なしか顔が赤い。
「いいの。もしかしたら最初で最後かもしれないから」
損害率五十パーセント。つまり二人のうち一人は帰って来ない。それがこの二人のどちらかでないとはいえないのだ。
彼は無言で少女の肩を抱き、最後の戦場へ向かった。
レジスタンスが今回の戦場に選んだのは第四階層だ。これは前回のオペレーショントライアングルの時と同じ階層である。ここを選んだ理由はやはり、前回の作戦によりシャッターや壁がかなり破壊されており、破壊工作を最小限に抑えられるからだ。
破壊工作に手間取れば、ガードマシーナとシャッターの間に挟まれ、引くに引けない事態に追い込まれてしまう。オペレーショントライアングルが失敗したのもこのせいだ。予想以上に壁やシャッターが厚く、一度で破壊しきれないことが多々あった。
今回はその経験に基づき、火薬の量、仕掛ける場所など、工作班に指示してある。
だがそれより重要なのは、ガードマシーナの動きをいかに止めるか、だ。
実際戦士達の持つハンドレーザーでは、触手を断ち切るくらいが精一杯で、ガードマシーナを破壊することはまず無理だ。手榴弾のような無指向性爆薬でガードマシーナを破壊しようとすれば通路ごと吹き飛ばすくらいの破壊力がいる。もちろん手榴弾を投げた本人も無事ではすまない。
だからといってガードマシーナを破壊する手立てがないわけではない。もし、粘着テープのついた指向性爆薬を張り付ける事ができたなら、ガードマシーナだけを破壊し、他へ被害が及ばないようにできる。問題はどうやって貼り付けるかだ。
人間が近づいていってポンと貼る。これは絶対に無理だ。ガードマシーナに触るどころか下手に近寄っただけで、人間など三枚におろされてしまうだろう。
遠くから投げて偶然張り付くのを期待する。これもまず望み薄だ。遠くから投げたのでは、簡単に迎撃されてしまう。
曲がり角などで待ち伏せ、出会い頭に貼り付ける。これなら一見うまくいきそうだが、大抵の場合失敗する。貼り付けた本人が逃げられないのはもちろんのこと、曲がり角で待ち伏せしたのでは、一発でばれてしまう。ガードマシーナは人間の体温や息、足音が、見える、のだ。よって待ち伏せは、待ち伏せにならず、正面から敵と対峙する事になる。
しかし、いくつかの偶然が重なれば破壊できる事もある。とはいっても決して高い確率ではない。
そういった事情で、今までは比較的弱いガードマシーナの触手を切断し、戦闘能力を低下させ時間を稼ぐという、消極的な作戦しかとれなかった。
ガードマシーナの触手は、主にレーザー砲とマジックハンドを備え、それが八ないし十本ついている。ガードマシーナには幾種類かタイプがあり、エアーで空中を飛び回る小型のものと、キャタピラで移動するずんぐりしたものが中心となる。それらは体内に強力な核融合発電システムを備え、戦闘中にエネルギー切れになる事はない。
武装はレーザー砲の他、本体内に機関銃や火炎放射器なども備えているようだが、あまり使われる事はない。これらの武器は使っているうちになくなってしまうので、レーザー触手がすべて断ち切られた時か、その武器がもっとも効果的に使える時ぐらいしか使わないようだ。
神の提案した作戦は、このガードマシーナの武器を使用不可。あるいは使用困難にするものだった。中枢部への障害はガードマシーナと障壁だけだ。
よってガードマシーナの武器を封じ、障壁がかなり破壊されている第四階層から突入することで、成功率を飛躍的に高める事ができたのだ。
『B-6地区より本部へ、緊急連絡!!』
レジスタンスの各グループが配置を終え、突入の指示を待っていた時、司令本部へ急報が入る。
『ガードマシーナ十数体が封鎖通路へ侵入、バリケードへ攻撃中』
『F-2地区でもガードマシーナ確認。指示を待つ』
レジスタンスの動きを察知したのだろう。先制攻撃をかけてきたのは機械側だった。今回の作戦はあまりにも大きな作戦のため、隠密裡に作業を行う事ができなかった。地中では意外に音が響くのだ。声などは聞き取れないかもしれないが、足音やトラックの走行音、作業時に出る音などがコンクリートや配管などを伝わり、機械達の敏感なセンサーでとらえられる。それを分析すれば、レジスタンスがどう動いているか、ある程度予測できるはずだ。
ガードマシーナによる先制攻撃は作戦本部の方でも予測されてはいたが、今回は戦士のほとんどを投入する作戦だ。守備の方まで手が回らない。一応バリケードの強化と新設を行ったが、しょせん急造のものだ。どの程度耐えられるかわからない。
したがって、こういった場合の作戦も考えてある。だが、それはまさに背水の陣であり、できれば使いたくなかった。
本部では、しばし沈黙が支配した後、司令長官の口より言葉が発せられる。
「オペレーションスタンビート、三十分繰り上げ、発動。その五分後に、オペレーションワームを発動する」
オペレーションスタンビートは今回のメインオペレーションで、機械達から天界の塔を奪還する作戦だ。すでにほぼ配置についているため、すぐにでも実行可能である。
もう一つの作戦、オペレーションワームは、最終オペレーションであり、オペレーションスタンビートが失敗すれば、レジスタンスは全滅する。
最終戦争後に掘られた空洞は、中央部と違い階層化されておらず、ほぼ同じ深さにドーム状の空間が掘られ、いくつかの柱で補強されている。これらのドーム同士は地下トンネルにより結ばれているが、これを爆破し、各ドームを分断してしまうのが、オペレーションワームである。
これが発動されることにより、各ドームにいるなん百人という人間はそのドーム内にどじ込められ、空気及び電力の供給がストップする。通路そのものが空気の循環路であり、通路にそって電線や各種配管が通っているのだ。
ここを爆破すればそれらも破壊される。人々は真っ暗で空気の供給まで途絶え、外の状況がまったくわからない状況の中、作戦が終了するのを待たねばならない。
自家発電システムもいくつかあるが、それはドーム全体に供給するほどのパワーはないし、そういった配線にはなっていない。せいぜい主要な建物や設備に電力を供給できるだけである。
そして、酸素供給はすべて、中央回廊から来るものに頼っているため、通路を完全にふさがれると、ドーム内に残った酸素だけで生命活動を維持しなければいけない。
よって、酸素消費を抑えるため、ろうそくすらつける事ができず、ほとんどの人々は暗闇の中で息をひそめ、じっと耐えるしかない。なんらかの結論が出るまで……
一方、オペレーションスタンビートは、休む事なく動き続けなければならない。動きを止める。それは死を意味するのだ。
本部からの指令により、作戦が開始される。
第一陣はレジスタンスグループ『黒い旋風』だ。真っ黒な戦闘服を身にまとい、どこからともなく現れ、そして素早く撤退する。まさしく風のような動きを得意とする。
彼らは皆に先駆け、閉鎖地区へと突入する。その足下に彼らと同じように黒く塗った豚を引き連れて……
人も豚も真っ黒で、しかもたえず位置を変えながらの行軍だ。どこが人でどこが豚か見分けるのは至難の技であった。そしてこれが神の狙った効果であった。
人間は自らの意志を持ち、集団的行動を効果的に制御する事ができる。よってコンピュータは、閉鎖地区に入り込む人間を危険分子として排除する権限を持つ。これは閉鎖地区内にある重要な施設を守るための処置で、保護回路も人間に対する攻撃を容認していた。
だが、動物、いわゆる家畜ではどうか?
それらは普段入り込んでこないし、入り込んできたとしても、なんらかの目的をもってではない。大抵の場合はなにかの原因により迷い込んだのであるし、普通ならば危険はない。
武力を持って排除する必要はなく、家畜の保護が優先する。保護回路でも食肉用や伝染病などで他の家畜に悪影響を及ぼしたりしない限り、家畜を殺す事は認めていない。
ここにつけいる隙があった。
もし人と動物が一緒に侵入してきた場合、保護回路は人間の武力排除は認めるものの、動物のは認められないという矛盾に遭遇する。人と動物が確実に分離できるならまだしも、完全に混ざってしまい、人だけを排除できないのなら、とりあえず保護回路に抵触しないように人間への攻撃も控えるはずだ。
時間を与えれば、これを回避する方法を見つけだすかもしれないが、もちろんそんなことにならないように、一気に攻め上る。ただ心配なのは、そのためにこの作戦が本当に効果があるのか確かめられなかった事だ。
一度でもテストしてしまえば機械はそれを記憶し、対処する方法を考える時間を与えてしまうことになる。理論だけに基づいた作戦だけに、戦士達も不安の色を隠せない。実際にガードマシーナと遭遇し戦闘に入ってみない限り、その効果のほどはまったく不明であるし、効果があったとしても、どのくらいで回避する方法を見つけだすかもわからない。
しかし、オペレーションは発動してしまい、いまさら中止する事はできない。効果があろうがなかろうが、天界の塔を制圧し、生き埋めとなっている居住ブロックを急いで掘り返さなければ、非戦闘員は間違いなく全滅する。
全力をつくすしかなかった。
そんな覚悟を決め、ガードマシーナと最初に遭遇した部隊はやはり『黒い旋風』だった。彼らはその機動力を生かし、どの部隊よりも前を走っている。
当然の結果だろう。
ガードマシーナが視界に入ると同時に、先頭の戦士はハンドレーザーを撃ちまくる。走りながらでも正確な射撃で、ガードマシーナの触手が何本か床に落ちた。
ガードマシーナからの反撃は……なかった。
距離が一気に詰まる。
黒くペイントした豚を操りながら、戦士達はレーザーを撃ち、ガードマシーナの触手を切り放していく。
すれ違いざま、戦士の一人がガードマシーナの腹部に指向性爆薬を張り付ける。
数秒後、轟音と共にガードマシーナのどてっぱらに穴が開いた。
「うおぉぉぉぉ!」
きせずして、ときの声が上がる。なんら犠牲を出さず、ガードマシーナを倒したのはこれが初めて。戦士達の浮かれようもわからないではない。
「『黒い旋風』より全部隊へ。効果は確認された。繰り返す。効果は確認された!」
この時、無線や有線で傍受できた部隊は、一気に不安を押しのけ、同じようにときの声を上げる。直接傍受できなかった部隊にも次々と伝令が飛び、わずかの間に第四階層中、歓声で満たされたのだった。
勝てる。
皆の心に希望の光りが差し込めた。足取りも軽くなり、まるで津波のように中央部目指し突撃していく。
今回使用した家畜は牛、鶏、豚といくらかの馬だった。それらを部隊の性質や、役割によって振分け、突入部隊、牽制部隊、守備補給部隊といったふうに大別された。
突入部隊は豚や鶏などの比較的動きが俊敏なものをつかい、とにかく奥へと進む。障壁などを破壊する工作班もこれに同行する。
牽制部隊はわき道へとはいり、他階層から侵入してくるガードマシーナなどを引き付け、かく乱し、奥へ行かせないようにするのが使命だ。
そして守備補給部隊は主に牛が使われ、総司令部の守備および、連絡網の確保、物資の補給などを行う。
これがおおまかな配置であるが、なかにはどれにも属さない者もいる。フレディの所属する遊撃隊の隊員もその一つだ。彼らは己の判断により、どれかの部隊に加わったり、あるいは単独で突入したり、牽制したりする。ほころびのでた部分を補強したり、彼らの動きを機械達に読まれないように、複雑に動き回ったりする事により、攻撃に深みを持たせるのだ。
フレディの選んだ作戦は、完全に単独行動であった。もちろんキャシディと神は一緒であったが、老人と一見少女を連れているのだ。他の部隊に混じったりしたら、なにをいわれるかわからない。いや、いわれるくらいならいいだろうが、後方へ保護されるのが落ちだ。
彼らは他の部隊のほとんどが出払ってから、こっそり侵入開始したのだった。
「おとなしくしなさーい!」
キャシディはひもでつないだ鶏にどなりつけるが、効果はない。鶏にしてみれば首にひもを付けられ無理やりひっぱられているのだ。おとなしくしろという方が無理だ。
彼らに割り当てられた鶏の数は、わずか六羽。一人分しか請求できなかったのだからしかたがない。それを三人で分け合うのだから一人あたりにすれば、二羽ずつだ。はなはだ心もとない。せめて、ガードマシーナに見つからないように、静かにするしかないではないか。とはいうものの、キャシディの声の方が大きく感じられるのは気のせいか。
「ほっとけ。それより先を急ぐぞ」
フレディが先頭を行き、残りの二人が三羽ずつの鶏を前面に配置し、油断なく歩を進める。一応予備の武器や弾薬をちょろまかし、三人分用意したが、戦力的にあてになるのは彼だけだ。彼の動きを邪魔しないように、このような割り当てとなった。
彼らが目指すのはこの前、帰りに通過した神の領域だ。
ここは、機械達を支配するコンピュータではなく、別のコンピュータが支配している。よって、ここを通れば奥へと難なく入り込めるはずである。
ガードマシーナ達は居住区へ大攻勢をかけているし、三方から攻撃され戦力はかなり分散しているはずだ。となれば、前線からいくぶん離れている通路では、ガードマシーナの手が回っていない可能性が高い。
その読みは見事に当たり、今のところ彼等以外の気配はなかった。
「よし、ここだ。開けてくれ」
彼らはようやく目指していた入り口へ到達する。
「うむ、わしじゃ。シャッターを開けろ」
神がそう命じると、通路をふさいでいたシャッターが静々と上がり始めた。
半分上がったところで背の小さいキャシディが飛び込む。それに男達が続いた。
シャッターは上がりきる前に下げられ、再びなん人たりとも入れなくなった。
「鶏をよこせ。皆とはだいぶ遅れているから、急ぐぞ」
フレディは二羽の鶏を抱え、走り出す。キャシディと神も鶏を抱えなおすと、それに続いた。ここからしばらくは、鶏を前面に配置する必要はない。
閉鎖地区の中の極一部がこのエリアであったが、閉鎖地区自体がかなり巨大なエリアを占めるため、人間のスケールからすればかなり広い。
老人と子供の足に合わせて、かなりゆっくりとしたペースで走ったとはいえ、予定の出口につくまで、たっぷり一時間はかかった。もっとも、一番奥深くまで行くために、何階層か登り降りしたし、場合によってはかなり回り道をしなければならない所もあったからであり、まっすぐ中央エレベータへ向かうのならばこれほどの時間はかからない。
神が確保していた領域は、綺麗に区分されていたわけではなく、時には機械達の支配する領域が大きくくい込んだりしていて、迂回を余儀なくされるのだ。
「ここで五分休憩しよう。その後は休みなしだから、覚悟しておけ」
神の領域の最終地点で、彼らは最後の休息を取る。
「五分だけぇ?」
体力が予想以上に落ち込んでいたキャシディは、不満げに鼻をならすが、さすがに伸ばしてくれとはいわなかった。今も仲間達がガードマシーナとやり合い、命を落としているかもしれないのだ。一刻も早く中央エレベータに到達し、天界の塔を制圧しなければ、背水の陣を敷いている後方支援の者達も全滅してしまう。
身体さえまともだったら、キャシディも休憩などなしで飛び出していただろう。実際のところこの休憩は、キャシディと神のための休憩なのだから。
この五分の間に、彼女はフレディに手足をマッサージしてもらい、甘い砂糖菓子をひとかけら口に入れ、果実酒で流し込んだ。
「準備はいいか?」
五分後、彼はそう尋ねる。
もちろん答えは一つ。準備完了だ。
神はシャッターのオープンを命ずる。
シャッターがゆっくり上がるごとに緊張は高まり、心臓がどきどきするのはキャシディだけではあるまい。
多分、レジスタンス組織ができてから、ここまで奥深くに入った者はいまい。そして敵中枢部をこれから攻略するのだ。もし他の部隊がここまで達していない、あるいは到達することができなかった場合、わずか三名でここを突破しなければならないのだ。
幸いというか、どこかの部隊がすでにこの近辺を通過しただろう事はすぐにわかった。機械と人の、残がい、が、いくつも転がっていたからだ。
神の領域からは少し離れていたが、もう少し近ければ彼らにも戦闘の音が聞こえていたかもしれない。
その残骸を追って少し歩くと、通路を伝わり、かすかに銃撃の音が聞こえてきた。
助太刀すべく、彼らはその音の方角へ急ぐ。
「第四分隊前へ! 第二分隊援護しろ!!」
指揮官の怒声と銃弾、そしてレーザー光が飛び交い、辺りは蒸せかえる熱気と血の匂いに包まれた。
彼らの身にまとう戦闘服は、漆黒。
先陣として真っ先に飛び出した『黒い旋風』であった。
旋風のように駆け抜けるのが彼らの基本戦術であるのに、駆け抜けすぎて後続が追いつけず、ここで立往生となった。本来電撃戦を得意とし、武装や装備は可能なかぎり軽量化している。よって持久戦では物量と火力が圧倒的に不足していた。
「キャシディ、あの天井を崩すだけの爆薬を用意しろ」
フレディは銃を撃ち込みながら命ずる。
小さくなったとはいえ、キャシディは特殊工作班のメンバーである。爆弾の調整はお手の物だ。
わずか十秒で必要な分量をセットしフレディに渡す。
彼はその塊を、ガードマシーナ目がけて投げつけた。
「ふせろ!」
フレディのその声で、レジスタンスの全員が伏せる。
次の瞬間、ガードマシーナにより占拠されていた通路で爆発が起こり、天井の土くれが激しく降り注いだ。
ガードマシーナは瓦礫の下へ埋まり、行動不能となる。
「おお、フレディ。助かったぞ。いいところに来てくれた」
『黒い旋風』中隊長は、フレディの顔見知りだった。
「なんだ、ジャックの隊だったのか。他は?」
「俺達が一番乗りらしい。もっともそこを掘り返しているうちに、おっつけ他のやつらも来るだろうがね」
そういって彼は、崩れた天井を指さす。
ここからは中央エレベータまであと一息だ。
彼らの住む地下世界は、エレベータを中心とする同心円状に形成されている。その中核となすエレベータへは、各層三つの通路しかない。しかもエレベータの乗り口は二階層置きである。つまり第一、第四、第七、第十階層と、そして、今生きている人間でただ一人、神しか見たことのない地上に、もう一ヶ所巨大荷物搬入用の乗り口があるだけだ。
中央エレベータは、直径およそ二百メートルあり、その周りさらに百メートルは、地盤を安定させるために、直通の通路以外の構造物はない。瓦礫に埋まった通路を掘り返さずにエレベータへ達するには左右どちらかに回り込むか、上下どちらかの階層に移るしかない。しかし、エレベータ前の通路は当然ガードマシーナが固めているだろうし、移動中に奇襲を食らえば、今の戦力では全滅しかねない。
よって彼らは、この拠点を死守するよう配置し、残りの人員で土木作業に従事することとなった。
フレディと『黒い旋風』の中隊長、ジャック・松崎は、隊を指揮するかたわら、戦況分析と状況説明などをしあった。
特にフレディは、戦場に少女と老人を連れ込んでいるのだ。説明なしで通せといっても無理であろう。
「ドクタージーザスは、まあいいとして、『太陽の化身』遊撃隊隊員フレデリック・香川ともあろう人が、こんないたいけな少女をつれて地獄に来るとは、どういった了見だ?」
このプランの発案者ジーザス・クライストの顔は、隊長クラスの者なら知らないわけがない。すべての隊長クラスを集め、発案者としてプランの説明をしたからだ。
その発案者が自分のプランの成果を確認し、不測の事態に対応しようというなら、それはそれでありがたい。
しかし、どう見ても歳はもいかぬ少女を連れてきていいところではない。
「それは……」
フレディはそういい淀む。
彼とて、連れてくるつもりはなかったし、元は大人であり、レジスタンス『生命の泉』のメンバーである。しかし今のキャシディを見て、そういった事情を説明したとて、とても信じられまい。実際のところ、目の前であの奇跡を見ていた彼でさえ、自分の目を疑ったものだ。
「ハイ! ちびりん。もう、おしっこちびる癖はなおったの?」
口をつぐんでしまったフレディに代わり、発言したのはキャシディであった。
「おまえ! どこでそのあだ名を!?」
そういってから、彼は慌てて自分の口をふさぐ。これでは、自分のことだと白状したも同然だ。
「お嬢ちゃん、だれにきいたんだい?」
ジャックは周りに立ち込める沈黙を払いのけるかのように咳ばらいし、小さな声で少女に語りかける。周りで聞いていた隊員達は、黙々と仕事をこなしていたが、頬がひきつっているのは笑いをこらえるためであろう。
「あら、あたしのこと忘れちゃったの? お医者さんごっこまでした仲なのに、ひどいわ」
「ちょっ、ちょっとまて……俺がいつそんなことを……。第一お嬢ちゃんとは初めて会ったはず……」
彼は身に覚えのない非難を浴び、懸命に否定する。
隊員達はそのやり取り――痴情のもつれ?――に聞き耳を立てていることは間違いない。
「あくまで白を切るつもりなのね? あたしといっしょにお風呂に入ったことも、いっしょに抱き合って寝たことも知らないっていうの?」
「そんな記憶は……」
「ああ、やっぱり。あたしの身体が目当てで今までだましてきたのね? 右のお尻に牛の角でつっつかれた跡があるとか、おっぱいの下におっぱいみたいなほくろがあることとか、みんな見せあいっこしたのに……」
ジャックは尻と胸を隠すように手を当てる。ものごごろついてからこの恥ずかしい(?)秘密を他人にしゃべったことはない。とすれば知っている人物は相当限られるはずだ。
いつしか隊員達の手は止まり、この二人のやり取りを注目していた。
「お前、だれだ?」
よく見れば、どこかなつかしい記憶に触れる顔だ。そう、誰かに似ている。
「まだ、わからない? あたしよ、お隣のキャシーよ」
少女はからかってごめんね、とばかりに小さな舌をちょろりと出してほほ笑む。
「キャシーって……あっ!」
誰かに似ていると思ったら、おさななじみのキャシディだ。彼女とは二才違いであったが、近くに同じ年ごろの子供がいなかったこともあり、家族同然に育った。
「もしかして、キャシーの子供……」
バキ!
これはキャシディがジャックを殴った音である。
「あたしにこんな大きな子供がいるわけないでしょう!? あたしはキャシディ・中山、本人よ!」
そういって小さな少女は胸を張る。
ジャックはしばし唖然と少女を見つめた後、こういった。
「少し見ないうちに、ずいぶん胸、小さくなったな」
もう一発殴られたことは、いうまでもない。
「この間のオペレーションで、帰ってこなかったって聞いたぞ」
キャシーしか知らないことをいくつも並べたてられて、ようやく納得したジャックであったが、まだショックは抜けきらないらしい。なにしろ一緒に泥んこまみれになって遊んだままの姿で、幼なじみがそこにいるのだから。
しかも最後に会ってから一年とたっていないわけだから、その変わりようにショックを受けるのもわからないではない。
「実は死にかけたんだけどね。おじいちゃんに助けてもらったのよ」
彼らは人払いし、ジーザス=神との出会いから話しだす。
初めは信じられないような顔をしていたが、彼らの真剣なまなざしと、キャシーとジャックしか知らぬ秘密をいい当てられたのでは、信じる他はない。
「初めっからいってくれればいいものを……」
ジャックはそうぼやく。
「いったって信じやしなかったわよ。あたしだって、今でも夢じゃないかと思うくらいだから。きっと話したのがジャックじゃなかったら狂人あつかいよ」
「そうかもな」
彼はゆっくりうなずく。
「そういうわけで、皆とは別行動をとらざるをえなかった。しかしここまで来たら協力してもらうしかあるまい。ドクタージーザス、いや、神は、傾いたコンピュータを調整できる唯一の人物だ。彼ならばこの戦いを終結に導いて下さる」
ガードマシーナやその他の作業ロボットを味方にすることができれば、いったいどれだけ生活が楽になるであろうか。
「わかった。全力でお前達をサポートしよう。天界にいる偽りの神をゆっくり料理できるように……」
通路の瓦礫を除く作業中、数度の小規模な攻撃があったが、取り除いた瓦礫と家畜を前面に出したバリケードと、『黒い旋風』の隊員達の働きにより、なんとか撃退した。ここまでほとんど消費されずに持ち込んだキャシー達の爆弾も多いに役立った。
そうしているうちに、戦闘グループの中核である『孤高の獅子』や、補給部隊の『大地の歌』など数部隊が到着。フレディの所属グループであり、レジスタンス全体の指導的役割をはたしてきた『太陽の化身』の部隊も見える。
地底深くのため、通信事情は最悪である。他と連絡を取りたかったら、有線でつなぐか、多数の中継器を設置しなければならない。今の状況ではそんな悠長なことをしている暇はない。よって、他二方から突入した部隊や、ここへまだ到達していない部隊の状況はまったくわからない。
かといって来るかどうか、いや、生死すらわからぬ部隊を待って、いたずらに時をつぶすわけにはいかない。通路が開き次第、中央エレベータへ一直線に向かうのだ。それしか勝利を得る方法はない。
しかし今のところ、穴掘り作業か各通路の警備に回された者以外、つかの間の休憩を楽しんでいた。
全員で総力を挙げて作業すれば、確かに穴掘りは早く終わるだろう。だがその後、疲れ果てて、使い物にならなくなる。
人間は機械ではない。休息が必要だ。
他にも死亡したり怪我をしたりした人員の穴埋めや再配置もしなければならない。
休憩は次の戦いの、前準備でもあるのだ。
この休息が終われば、それこそ死に物狂いで闘わねばならないだろう。次に取れる、つかの間の休息を夢みて。
でなければ永遠の休息が待っているのだから。