未来への投票
神とキャシディは次の日、残った家畜の治療をした後、農場から前線へ物資を補給するトラックに乗り込んだ。
前日とは、ほぼ反対のルートをたどって前線基地にもどった神は、まず『太陽の化身』遊撃隊隊長、マリウス・大倉に面会を申し込む。それはすぐに聞き入れられ、基地の会議室にて話をする事となった。
「実は昨日、ちょっとした事からヒントを得まして、機械達を出し抜き、塔を制圧する確率の高い方法を思い付きました」
神は話し始める。
「それはすばらしい。して、その方法とはいかなるものですかな?」
マリウスは興味深げに神を見、次を促す。
力押しではまるで歯が立たないのは自明のことであるし、ちょっとした囮や目くらまし程度ではすぐに見破られてしまう。実際のところ手詰まり状態であり、先日の作戦もほとんど苦し紛れに行ったものといってよい。
このところ、機械達からの弾圧が強くなり、前線基地の一部では撤退を余儀なくされたところもあり、居住区までの防衛ラインがどんどん薄くなっていた。
この状況を一気に挽回するには、もはや天界の塔を制圧し、機械達を支配下に置くしかなかった。
「可能性はかなり高いと考えておるが、そのぶんリスクも非常に大きくなるじゃろう。もし失敗したら、戦士だけでなく、レジスタンス組織そのものが全滅するかもしれぬのです」
さすがに歴戦の戦士を有する遊撃隊を束ねる猛者である。彼は顔色一つ変えずに神の言葉を受け止めた。
「実際の所、我々がかなり苦しい立場に立たされているのは、すでにおわかりと思う。この間の作戦で多くの戦士を失い、さらに防衛ラインが薄くなっています。ここでやつらが総力戦を挑んできたら、まず間違いなく我らは排除されるでしょう」
機械にとって不要な地下空洞や施設を無断使用するぶんには、機械達も何もして来ない。しかし、施設拡張などでその地域が必要になれば、容赦なく踏み込み、邪魔をするものは強制的に排除する。人間のような感情がないだけに、それは冷酷で確実に実行される。
今のところバリケードと、無数にしかけられたトラップにより、機械達の侵入を食い止めているが、それもいつまでもつかわからない。
「我らと機械では、技術力も生産力も違いすぎ、守備に徹すれば、いずれ物量の差で押し切られてしまうのは確実です。我らにはすでに逃げ場はなく、やつらが総攻撃をしかけて来る前に叩くしか道は残されていない」
「先日色々と資料を見せてもらったが、それほどとは……。牧場の方へ行った時は、皆それ程悲観的には感じていなかったようじゃが」
「薄々気がついてはいるはずです。前線から帰って来るけが人や、死体の数、それに死体すら回収不可能な死者の数などは、後方支援部隊にそのまま伝わりますから、かなり苦しい戦局であるのは素人目にも明らかです。しかし士気が落ちるのを心配して、口や態度には出さないだけでしょう」
後方支援部隊とはいえその実態は、怪我をしたり年をとり体力的に衰えたために闘えなくなった元戦士が、中心となってまとめている。よって少ない情報からでも、だいたいのことは予想できる。しかし、女子供を不要に怖がらせる必要なしとし、それを語る事はない。
「なるほど。状況はわしの想像以上に悪いという事ですな」
「そうです。特に先日の作戦の失敗により、こちらの戦力はガタ落ちですし、立て直しのめどさえたっていない。ならば機械どもがこのチャンスを見逃すはずはありません。向こうにもわずかながらダメージを与えましたから、ここ二、三日という事はないと思いますが、十日以内には大攻勢があると上層部では予想しています」
マリウスは事実のみを淡々と語る。実際のところ、このような機密事項をまったくの新参者に話すべきではないのだが、もっとも信頼できる戦士の一人フレディが、信頼のできる人物だと語っていた。彼がそういうのならそれは間違いない。その点マリウスは疑った事はなかった。
しかも、機械達にダメージをあたえるアイディアがあるというのだ。ここは軍上層部の恥とはいえ包み隠さず状況を話し、単なるアイディアをもっと完全なものに仕上げてもらう必要があった。
「これが我らの偽らざる状況です。どうか力をお貸し願いたい」
彼は神に対して深々と頭を下げる。
「もとよりそのつもりじゃ。どうか頭をお上げくだされ。こうしている間にも、やつらは着々と攻撃の準備を進めているはず。一刻も早く一泡吹かせる作戦を考えようではありませんか」
マリウスはこれに同意し、頭を上げる。
そして神は語りはじめた。人類が受けねばならぬ試練を。
マリウスとの話し合いにより、神のアイディアは補強修正され、現状へ即した形へと正された。まだ粗削りで欠陥は多いが、上層部を説得するには十分力のある計画である。
彼はその計画書を上層部及び参謀部へ持ち込み、審議を要請した。レジスタンスの中でも、かなり重要な位置を占める遊撃隊隊長からの要請である。
それは直ちに受け入れられ、計画書の評価が開始された。
参謀部では、その計画を実行に移した時の成功率や損害率を予想。それに基づき上層部が微修正を加える。
最終的に、損害率三十パーセントの時、成功率五十パーセント。損害率五十パーセントの時、成功率八十パーセント以上という結論が出た。損害率五十パーセントといえば投入した戦力の半分は帰って来ないという事だ。それも全兵力の半分であるから、その被害は膨大なものになる。
さらに使用する物資も膨大で、そのほとんどがわずかの間に消費される。
もし失敗した場合、戦士の半分以上を失い、大量に物資を放出したレジスタンスには、機械達の攻撃を防ぐすべはなく、攻撃されずとも人員を維持する余裕もなくなっているに違いない。
成功率は高いが、あまりにもリスクが大きすぎる作戦だった。
この結果に、上層部はしばしためらう。
だが他によい考えはない。
上層部はこの計画の発動を決定。ただし、成人男女五十パーセント以上の支持が得られた場合、という条件が付く。
全レジスタンスの運命を左右する計画だ。少数の指導者だけで決定するにはあまりに重い問題だった。
神がマリウス・大倉と会談してから二十四時間とたたないうちに、投票の準備が整えられた。もちろん詳しい作戦は明かす事ができないが、現在の状況と作戦に必要な物資や、その損害率などをできるだけ正確に表わし、配布した。
また、作戦が承認された場合の準備も、平行して行われる。なにしろ日数的にかなり差し迫っているので、悠長に決定を待ってから準備していたのでは間に合わない。
投票は資料が全部署に行き渡ってから、二十四時間で締め切られ、開票となった。投票から開票まで完全に人手によって処理される。一応コンピュータもあるが、機械達との接続を切ったために、他ともつながらなくなってしまっているし、盗聴を警戒し有線での開票結果通知も行わず、投票箱はレジスタンス司令本部へすべて人手で運んだ。
「やっぱり、おじいちゃんが神様であることを話した方がよかったんじゃない?」
神とともに開票を見にきたキャシディは、神を見上げ問いかける。
「そうすれば、もっと成功率を上げられたと思うんだけど……」
天界から追放された神でなければ知りえない情報をも話していれば、損害率を減らし成功率をもっと高められ、投票の結果も違ってきたはずである。
もちろん彼女がこう問いかけるのは、開票状況があまり芳しくないからである。今のところ否認票の方がわずかに多いのだ。
「君らにはもう、神は必要ない。わしは人間としてできることをするまでじゃ」
ほとんど絶滅しかけていた人類も、今では随分増えているし、生きる気力も取りもどしていた。彼が神となったばかりの頃とは、まったく状況が違っている。
いままでの歴史の中でも何度かあったように、神は地球を人類の手にゆだねて、自らの世界に帰る。時代が変わった今、神は神話の中でのみ生きればいい。
「そうね」
女戦士は神の言葉にうなずく。人類を今まで守り育ててくれた恩は感じるが、子供が成長し、やがて親のもとを去っていくように、人類も独り立ちすべき時であった。
「少し盛り返したみたい」
掲示板の数字が書換えられ、その差はわずかだが縮まってきていた。たぶん戦士達の票が入りはじめたのだろう。やはり後方支援の住人達はその損害率の高さにいまひとつ踏みきれていなかった。前線に出ているのは戦士であると同時に、かけがえのない家族である。その身を心配するのは当然だ。
だが、歴戦の戦士達は後方に残してきた家族を守るために、命を賭ける事も辞さない。それだけに賛成票も多かった。
そうして一進一退を繰り返しながら、最後の投票箱が開けられる。賛成票と反対票の差はほとんどなく、この結果によりどちらへでも転ぶ。
キャシディは緊張のあまり、無意識に神の手を握る。幼い少女となったキャシディの手はとても小さく、神の手の中へすっぽりと包まれた。それが亡き父の面影を思い出させたのか、彼女の肩からすっと力が抜ける。
結果がどう出るにしろ、彼女は自分の大切な人を守る。ただそれだけのことであった。