脱出
「笑っている場合ではないぞ。ガードマシーナが入ってきたようだ」
戦士は入り口の方を見てそういった。かすかだが瓦礫が擦れ合う音がする。
「神様。どこか出口はないのか?」
「百年の間にどう変わったかわからん。ちょっと待て、調べてみる」
老人は再びコンソールに向かい、なにやら操作を始める。戦士はドアから身を乗り出し、奥の方を見た。
「光が見える。もうすぐ入ってくるぞ」
「でも、なんで爆破しないのかしら? その方が簡単なのに……」
「このブロックは未だにこの機械のコントロール下にある。さすがにやつらもここまでは手がだせんかったらしい。多分、復旧作業という名目で入ってきているのじゃろう。だから爆薬は使えん」
「どういうことだ? やつらにも名目が必要なのか?」
「なにか行動するためには正当な理由がいる。だが、その理由や行動が保護回路に引っかかる場合、それを迂回するために名目を考え出すことがある。
保護回路というのは、特定の項目についてコンピュータの動作を制限するもので、コンピュータが勝手なことをしないようにするものじゃ」
「それですぐに入ってこなかったわけだ」
今までだいぶ時間がたっているにもかかわらず、ガードマシーナが捜索にこないのが不思議だったのだが、ようやく納得がいった。
保護回路を迂回する手段を考えていたのだろう。
「これを見てもらえんか。赤い点がわしらのいるところじゃ」
戦士の目の前に、ここら辺すべての階層が見渡せる立体透視マップが現われた。
「緑の線がこの機械でコントロールできる場所で、今現在の様子じゃ。青の線は百年前のデータじゃが、そんなに変わってはおらんはず」
戦士はひとつひとつの階層を確かめるように追っていく。
「ここから出れば閉鎖地区から最短距離で逃れられる。でなければこっちだ。ここならレジスタンスの駐屯地が近い」
「閉鎖地区から出たら、もう追ってはこんのか?」
「ここにいるような強力なガードマシーナは、ほとんど出てこない」
「なるほど。保護回路が働いておるんじゃろう。では、とりあえず外へ出ることが肝心じゃな」
「ちょっと待ってようぅ。あたし、立っているだけで足の裏が擦り切れそうに痛いの。服が擦れてひりひりするし、とても歩けないわ。それになんだか体が重いし……」
女戦士はいつのまにか床に座り込んでいた。
「これはよわった。皮膚の厚みは後天的なものだから、遺伝子では再現できん。筋肉も必要最低限しかついていない」
「俺が担いで行く。だいぶ軽くなっているからたいしたことはない」
「そうしてくれ。わしでは無理じゃ」
「よし、早くおぶされ」
少女は背を向けてかがみ込んだ戦士の首に、ほっそりした手を回し、体を預けた。
「プログラムは済んだ。わしたちが行けば自動的に離壁を開けてくれる」
戦士は少女を背負い、壊れたドアのところへ向かう。
その時、がらがらと物の崩れる音がした。
「神様、何をしている? 早く出るんだ」
戦士が部屋の入り口のところで叫んだ。老人はまだなにか、ごそごそとやっている。
「やつらにシンクロフリーザーをお見舞いしてやるんじゃ」
老人はフィールド発生装置と延長ケーブル持ち出した。
「やつらが入ってきた! もう間に合わん」
「もうすぐだ」
暗闇に不気味に光るライトをめがけて、戦士がレーザーガンを乱射する。
ガードマシーナが応射してきたが、足場が悪いのか、壁を焦がしただけだった。
「動いたぞ」
シンクロフリーザーを通路の真ん中に置いて、彼等は駆け出す。
ガードマシーナは追いかけようとして、シンクロフリーザーの出すフィールドに捕まり、動作を停止する。
「これで通路は塞いだ。やつらは奥に入ってこれん。だがそのうち、回り道を見つけるかもしれぬ。急ごう」
「急ぎたいのはやまやまだが、こう暗くてはどうしようもない」
「そうじゃな。おい、明るくしてくれ!」
老人がそういうと、ゆっくりと照明が灯る。
「こいつはすごい。見えない召し使いがいるみたいだ」
「ここら辺だけじゃ。外へ出ればこうはいかない」
老人と、少女を背負った戦士は、早足で通路を歩きだした。
「ちょ……ちょっと、とめて。おろしてちょうだい!」
二十分ほども歩いたころ、女戦士が叫んだ。一番楽しているはずなのに息が荒い。
「どうした?」
戦士は歩き続けながら、少し首を回した。
「だからぁ! 早くとめてってばぁ!!」
なんだか様子がおかしいので慌てて立ち止まり、手を離した。
少女は力なくずり落ちる。
「どうしたんだ?」
「あちこち擦れて、痛いやらくすぐったいやらで」
「そんな。上にのっかっていただけで?」
「しかたあるまい。お主でも脇の下をつつかれるとくすぐったいじゃろうが。
お嬢ちゃんの皮膚は、生まれたての赤ん坊なみに敏感になっとる」
「それじゃ、どうするんです? 歩けば足が痛い。担いでいけば擦れて痛い。……これでは進みようがない」
戦士はお手上げだとでもいうように、手を広げた。
「まあ、お嬢ちゃんに我慢してもらう他あるまい。どうじゃね?」
「うん。我慢する……でも我慢できなくなったらいうから、すぐに降ろしてね」
「わかった。早く乗れ」
少女は再び戦士の背に戻った。
そして、十分ほど歩いた後、二、三分の休みを取るということを十数回繰り返したころ、ようやくブロックの外れについた。
ここからなら閉鎖地区から抜け出すのに、三十分とかからないはずだ。
「やれやれ。年寄りには、ちとばかりきついわい」
「なにをいっているんです。これからが大変だっていうのに……」
「うむ、確かに。ここにはやつらも、おおっぴらに入って来るわけにはいかなかったが、これからはどこで出食わしてもおかしくない」
「だからここからは、一気に駆け抜ける。運がよければ、入り口付近にいる、通常の監視ロボットを片付けるだけで、外へ出られるだろう」
閉鎖地区とはいっても、いつもガードマシーナが警備しているわけではなく、通常は監視ロボットが出入り口や通路を見張っているだけである。
ウォッチャーは、近付くものに警告を与え、従わないものには強制力を発動する。ガードマシーナ程強力な武装を持ってはいないが、その数はずっと多い。
ウォッチャーで手に負えず、応援を要請した場合などに、ガードマシーナが出てくのだ。
「じゃあ、休みなしなの?」
「そうだ。外へ出るまで休みは取れん」
「早足でさえあんなに擦れて痛いのに、駆け足で、休みなしだなんて……」
女戦士は数時間におよぶ強行軍のせいで、体のあちこちが赤剥けになっていた。
「よし、出るぞ。神様、シャッターを開けてくれ」
神は機械に命じ、最後のシャッターを開く。半分ほど上がったところで、戦士が飛び出し、続いて神が出る。
幸い、入り口付近に、ウォッチャーやガードマシーナの姿はなかった。が、いくつかの角を曲がった時、巡回中のガードマシーナを見つけた。
ガードマシーナは三百六十度の視界を持ち、コンピュータ解析により不審なものをチェックする。つまり、人間が見たと同時にガードマシーナに発見されるのは間違いない。
「ちっ! ……あと少しだっていうのに!! ……こっちだ、急げ!!」
「わしゃ、いきが切れそうだ……」
「きゃ! 急に向きを変えないで……ひっ! いたい……」
皮が剥けてしまったところを強く擦られ、女戦士は痛みのあまり悲鳴をあげる。
戦士はかまわず、全力で走る。さらに、揺れが激しく、しかも、しがみつかないと振り落とされてしまうので、密着度が高まり、痛みはいやます。
そうしている間にも、ガードマシーナは確実に近づいていた。閉鎖地区にいるガードマシーナは、人間よりも素早く、強力な武器を持っている。
戦士は、レーザーによる攻撃を避けるために、次々と角を曲がる。しかし、戦士として培われてきた方向感覚で、遠回りではあったが、次第に出口に近づいていた。
「監視ロボットだ! もうすぐ出られるぞ」
戦士は、右手を離し、レーザーガンを構える。
「ヒィ!!」
足場を失い強く皮膚をこすられ、女戦士は激しい痛みのあまり、失神してしまった。
戦士は、レーザーガンを照射しながら出口へ向かって突き進む。まず、監視ロボットの手が吹き飛び、続いて頭が飛び散る。
三人は火花を散らしている監視ロボットの脇をすり抜け、一般地区へとなだれ込んだ。