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神の降臨

 けたたましい爆音が、地下通路に響きわたる。

 ノイズを通して聞こえる仲間達の声は、どれも恐怖に満ちていた。護衛機械(ガードマシーナ)の戦闘力は圧倒的で、戦士達は次第に奥深くに追いつめられていった。


「ちくしょう、俺もいよいよ年貢の納め時か!」


 戦士の一人が行き止まりの通路を睨み、立ち止まった。


「どいて、爆破するわよ!」


 後から入ってきた女戦士が壁に張りついて、指向性の爆薬を仕掛け始めた。

 それを見た男はきびすを返し、ガードマシーナを牽制するために、レーザービームを巻き散らす。

 もちろんこんなおもちゃでは、触手の二、三本も焼き落とせれば幸運という程度のパワーしか出ない。だが、多少の時間は稼げるはずだ。


「隠れて。五秒で爆発するわ」


 二人は、地下通路のあちこちにある補強用構造材の陰に隠れた。

 爆発は思っていた以上に大きく、はらわたが飛び出そうなくらいの衝撃があった。彼等を追ってきた浮遊タイプのガードマシーナなどは、爆風をまともに食らい、通路を転げるように飛ばされていく。


「どのくらいの厚さかわかんなかったから、爆薬ぜんぶ使ったの」


 女戦士はぺろりと舌を出し、微笑む。

 彼はこの時初めて、彼女の髪が美しい金髪であることに気がついた。あまりに激しい戦いに、そんなことにも気がつかないほど、必死だったのだ。

 戦士は瓦礫をどかしながら、できたての横穴に飛び込む。

 女戦士が続いて飛び込もうとした時、ガードマシーナのレーザーが、女戦士の足をなぎ払った!


「キャッ!」


 女戦士は短い悲鳴を上げ、戦士の腰にしがみつく。

 戦士が振り向いた時、彼女の両腿から下が切断されていた。


「やろう!」


 戦士は女戦士を抱えなおし、奥のすきまに身を隠すと、手榴弾を投げつけ入り口をふさぐ。

 彼等が飛び込んだ新たな通路は、発光パネルが死んでいるのか、まったく明かりがない。

 その真っ暗な闇の中で、女戦士のうめき声だけが、やけに大きく響いた。

 高熱で傷口を焼かれたためか、出血はさほどなさそうだが、相当な激痛が走ったはずだ。

 戦士は手探りで緊急パックからモルヒネを取り出し、首から圧力注射をする。これでしばらくは痛みが消えるだろう。


「どうだ、まだ痛むか?」

「だいぶ楽になったわ。それより出られそう?」

「いや、わからん。……待て、かすかだが、明かりが見える。そっちへ行ってみよう」


 真っ暗な中、辺りには瓦礫が飛び散り、かなりほこりっぽい。こんな不衛生な所で手探りとあっては、とても治療どころではない。


「また痛みだしたらすぐにいえ。まだ二本モルヒネがある」

薬中毒(ジャンキー)にはなりたくないわ。ところで、あたしの脚はどうしたのかしら。感覚がないんだけど……」

「……」

「わかったわ。いわないで。ガードマシーナのレーザーをまともに食らって無事なわけないわね。あたしの脚はどこ?」

「すまん、瓦礫の下だ。取ってくる暇はなかった」


 戦士はやさしく彼女の髪をなでた。


「いいのよ。レジスタンスに入った時から、命はないものと思っていたから。……でも、脚だけだと未練が残るものね」

「おまえに助けてもらった命だ。俺が脚になる」

「ばかなこといわないで。あたしみたいな重い荷物を持ってちゃ、逃げきれるわけないわ。どこかそこらへんに置いていってよ。おとなしく捕まって、やつらの収容所に入れてもらうから」

「そんなことはさせん」


 戦士は捕まった仲間がどうなったか、聞き及んでいた。


『再教育』と『強制労働』


 それが捕まったレジスタンスの戦士達に待っている未来だ。


「俺が無事に、俺たちの病院に連れていく。心配いらん。まかせておけ」

「あなたやさしいのね。そんな言葉かけてもらったのは久し振りだわ」


 自分さえ生き残れるかわからない状況の中で、他人のことを思いやれる者は、そう多くはない。


「とにかくここを出ることが第一だ」


 戦士は、暗闇のなかで顔を赤らめる。


「持ち上げるからな。痛かったらいうんだぞ」


 ここにこうしていても、いたずらに体力を消耗するだけである。

 彼は女戦士のお尻を抱きかかえるように持ち上げた。


「えっち。あんまりさわんないで……。感じやすいんだからぁ」

「モルヒネがまわりだしたか……」


 戦士は誰ともなくいった。


「トリップなんかしてないわよ。景気づけの冗談。モルヒネ(ダウナー)でハイになるわけないじゃない」


 女戦士の軽口を無視して、彼はわずかな明かりを目指して歩き出した。暗闇の中の小さな光点は、遠いのか近いのかまったくわからない。さらに足場が悪く、いっこうに足取りははかどらなかった。

 それでも五分ほどで、光の漏れ出るドアの前に着く。

 爆発で飛んできた瓦礫でやられたらしく、ドアの一部がめくれ上がっていた。そこから光が洩れ出ていたのだ。

 戦士が二度ほど蹴飛ばすと、ドアはあっさり内側へ倒れる。とたんにまばゆいばかりの光があふれ出し、戦士は目を細めた。


「なんだ、この部屋は?」


 戦士は、ちかちかする目で部屋を見渡した。

 部屋の壁には無数の計器やスクリーンが埋め込まれ、おびただしい光を発している。

 そしてその部屋の中央には、硬直した一人の老人が立ちすくんでいた。指一本動かさずに。


「なにこれ。変なの?」

「触るな!」


 女戦士は出しかけた手を慌てて引っ込めた。


「なによ、おっきな声ださないでよ。びっくりしたじゃない」


 戦士は女戦士をそうっと床へおろすと、部屋に入り込んでいた小さな瓦礫の一つを軽くぶつけた。すると、コン、という硬い音がして、小石は跳ね返ってきた。


「すごい石頭」

「こいつは、機械どもが牢屋がわりに使っている瞬間同調冷却装置(シンクロフリーザー)だ」

「シンクロフリーザー?」

「フィールドの中の分子運動と完全同調して、一瞬にして全分子運動をゼロにする機械らしい。もっとも俺も見たのは初めてだが」


 彼は捕虜を解放しに行った戦士の一人から、奇妙なフィールドのことを聞きかじっていた。


「どこかに制御装置がついているはずなんだが……」

「制御装置って、これ? そこにくっついてる機械があるわよ」


 女戦士が太いコードを振り回している。その先に、人の頭ほどのキャタピラつき機械が、老人の足元にくっついていた。


「そうらしいな。そのコードでエネルギーを供給しているのだろう」


 戦士はその機械を調べる。

 スイッチらしきものは、三つ。左から、『リモート』、『フリーズ』、『メルト』の文字が刻印されている。

 現在は『リモート』と書かれたスイッチのランプが点灯しているだけであった。

 『リモート』すなわちリモートコントロールのことであり、これは外部から操作する時のためのスイッチであろう。

 戦士はそのスイッチを切る。そして、『メルト』のスイッチを入れた。

 するとランプが点滅し始め、やがて点灯しっぱなしになった。


「おっ、あんたがたはいつの間に入ってきたのじゃ。ややっ、ドアまで壊しおって」

「おじいちゃんはシンクロフリーザーで凍ってたのよ。シンクロフリーザーって知ってる? 一瞬で凍らせちゃうんですって」


 女戦士が、たった今教えてもらったことを自慢げにひけらかす。


「シンクロフリーザーだって!! ……そうか、あやつのしわざか!?」

「あんた、シンクロフリーザーを知っているのか?」

「知っておるとも。過去からの大いなる遺産じゃ。……ところで今は何年だ?

 わしはどのくらい、時にとり残されたか知りたい」


C.Cコンピューター・センチュリー二百三十六年だ」

「なんということだ。百年もか!」


 老人は頭を抱えコンソールにつっぷした。

 戦士はかける言葉もなく、ただ立ちつくすだけだった。


「百年もぉ。じゃあ、おじいちゃんいくつなの?」

「二百五十四才だよ、ベイビー。おっ! これはいかん。脚はどうした?」

「ガードマシーナにやられたのさ。はやいとこ病院に連れていってやらんといけないんだが……その前にじいさん。計算が合わないぞ。フィールドに入れられる前は百五十四才だったことになる」


 いまでこそだいぶ長生きするようになったというものの、精々八十才止まりだ。それの二倍近く生きたとなれば尋常でない。


「そんなことより、この子をなんとかせんと……」


 老人は女戦士の傍らに来て、傷を調べた。


「これは高出力レーザーか? むごいことを……」

「機械どもは危険分子に対して容赦しない」

「もうそこまで傾いているのか……。切断された脚はどこにある?」

「瓦礫の下に埋まってしまった。とても取ってくる余裕はなかった」

「ふむ……」


 老人は少し考え込むと、やおらコンソールに向かって操作し始めた。だが、すぐに手を止めた。


「やはり駄目か……。すべてのコントロールが切られている」

「その機械は何をする物なんだ?」


 戦士が脇から覗き込みながら聞いた。見たことも聞いたこともない機械だった。


「昔は全世界をコントロールする機械だった……。今は役立たずのがらくたじゃ」

「全世界を……そんな馬鹿な! あんたはいったい……?」

「神じゃよ。いや……神の一人だったというべきか」

「神だって? この世は機械によって造られ、機械に支配されている。機械こそ神。あんたは人間のように見えるが、神だというんなら奇跡を見せてもらおう」

「見せてやりたいがこの機械が動かんでは……待てよ、一つだけ見せられる奇跡がある」


 老人は再び女戦士の傍らにひざまずき、傷口を見た。


「これはいかん。傷口が変色している。壊死が拡がっておるんじゃ。このままでは一時間ともたんじゃろう」


 そういえば彼女は、さっきからひと言も口をきかなくなっていた。

 わずかの間に、容態が悪化していたのだ。


「おいしっかりしろ! 俺のいっていることがわかるか?」


 女戦士はうっすらと目を開けた。


「なんか暗いね……もう夜なのかしら? あたしなんだか眠くなってきちゃった」


 そういって再び目を閉じる。


「じいさん。奇跡を……奇跡を見せてくれ!!」

「いわれんでも見せてやるわい」


 そういうと老人は、いきなり傷口に右手の人指し指を差し込んだ。じわりと赤い物が滲み出す。


「じいさん! なにを……!?」

「お前さんは黙っておれ……今この娘の血液と話をしているところじゃ。さあ、いい子だ。死んだ組織を復元するんじゃ。そうだ、いいぞ」


 老人がそうつぶやくと同時に、切り口の周りが、見る見るうちに元の色にもどっていく。


「よし、次じゃ。今度は難しいぞ。思い出せ、お前の脚を……おう、このままでは足りんか……仕方がない。では、一年前を思い出せ……二年前……五年前では……なに、まだか? 十年前ならどうだ……。よし、これなら足りそうだ。

 さあ、いい子だから間違えるなよ。十年前の身体を思いだすんじゃ。ゆっくりと、あせらんでもいい」


 戦士は我が目を疑う。

 今まさに、奇跡が行われんとしていた。

 傷口からかさぶたが剥がれ、ピンク色の肌が現れた。老人の指が押し出されると更に加速がついたように肉が盛り上がる。だがそれと同時に、大きく突き出た胸とお尻がゆっくり縮みだした。


「こ……これは? ……いったいなにをした!?」

「十二才の時の身体にもどしただけじゃ。脚を再生するだけの物がなかったから、身体を小さくしてつくった」


 三十分あまりで、彼女の身体は少女のそれと化していた。そして、ほっそりとした形のいい脚があった。


「確かに奇跡を見せてもらった……後で元の年齢にもどせるのか?」

「骨と肉をつければ可能じゃ。今みたいに急には無理じゃが……」


 戦士は少女の頬を軽く叩いた。


「どうだ、気分は? ……痛みはないか?」


 少女は大きな目をぱちくりさせていった。


「おなかへった」


 妙に甲高い、少女特有の声がした。


「はっはっはっはっ。だいぶエネルギーを使ったからな。なにか食べる物は持っておらんのか?」

「非常食ならあるが……。あんまりうまくないぞ」


 戦士は、サイドポーチから一塊のビスケットのような物を取り出した。


「食べられるんならガードマシーナにだって食いついちゃうわ」


 少女は戦士の手から非常食をひったくるように取り上げ、夢中で食べ始めた。


「うぐ! ……水…ちょうだい……」

「あわてて食べるから……」


 戦士は腰にぶら下げた水筒をわたした。


「ごほ、なによぅ……お酒じゃない?」

「ウォッカだ。景気付けや麻酔代わり、傷の消毒にも使える戦士の必需品だ。……子供には早すぎたか?」

「なによ、おじん……あぁっ!! あし……脚があるぅ!!」


 女戦士は甲高い声を上げて、さっき生えてきたばかりの脚を何度となくさわった。


「いまごろ気づいたのか……ここにいる神様が治してくれたんだ」

「おじいちゃんが……?」

「なに、たいしたことではない」

「ありがとうございます。もう一生歩けないと思ってたのに……」


 彼女がぺこりと頭を下げる。


「なにこれぇ!! むね……胸が、ないっ!! せっかくあんなに大きく育てたのにぃ。……どーこで落としたんだろー」

「落としてない、落としてない」


 戦士は彼女のボケにつっこみを入れた。


「事情を話してやるから驚くなよ」


 戦士は彼女を立たせ、背比べをした。


「ちょっとあんた。背伸びしないでよ」


 彼女は戦士の胸にようやく届くといった所だった。ちなみに戦士の身長は百九十センチメートルちょいある。逆算すれば女戦士の方は百三十センチメートルそこそこといったくらいか。


「背伸びなどしていない。ちなみに俺の名誉のためにいっておくが、上げ底でもないぞ」

「じゃあ……もしかして……あたしがちぢんじゃったのぉ!!」


 女戦士は、戦士を見上げながら叫んだ。

 その時、弛くなっていたズボンがするすると下に落ちる。

 戦士は慌てて目をそらす。


「きゃーなんなのー! ウエストが細くなったのかしら? あっ、そんなばあいではない。見たらしょうちしないからね!」


 女戦士は赤くなりながらズボンを引き上げて、ベルトを締めなおした。


「あたし……どうなっちゃったの?」


 少女は不安気に戦士を見つめる。


「俺もどうやったかは知らんが、この神様があんたを十二才の少女にして、なくなった脚をつくっちまったんだ」

「あのままでは死にそうだったんでな。そのうち少しずつ元の年齢にもどしてやろう」


 老人は、少女の頭をなでながらいった。


「二十歳前でとめてくれるとうれしいんだけど……」

「ほっほっほ。承知した」


 老人は、ゆかいそうに笑い、金色のくせっ毛をくしゃくしゃにした。


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