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父の出征

「音楽は好きでした。歌もピアノも。


でも、時代は大東亜戦争と言われた第2次世界大戦の真っただ中。

『1億火の玉』とか言われていた時代ですからね。

音楽をやっているというのは何とも軟弱なイメージで、

後ろめたいような、なんとなく、こそこそとやるような感じでしたね。


そう、そう、僕、クラスで一番大きい奴に追いかけられたこともあるんですよ。」


「クラスで一番大きい奴に追いかけられた⁉

なんで、また・・・」


「音楽学校の授業は小学校の放課後の時間に行われるのですが、

学校の授業が終わって、お掃除をしていると音楽学校に間に合わなくなってしまう日があったんですね。

それで、音楽学校へ行く日は早退して良いことになっていたんです。

学校公認で、音楽学校通ってたわけだから。


その日も、音楽学校へ行くために早退して家に向かって急いでいると、

むんずと肩を掴まれたんです。

見ると、クラスで一番大きい力持ちの男の子じゃありませんか。

そして、


『なんだ、お前、敵国の音楽なんか習いやがって。

非国民!

すぐに学校へ戻れ!』と、叫ぶんですよ。


恐ろしかったですね。

僕は夢中でその手を振り払うと、必死で家に逃げ帰りました。

幸いなことに僕は背丈はクラスで中くらい、力はないけれど、走るのだけは早かった。

だから、なんとか、家に無事に帰りつくことができたんだ。

ホッとしたと思ったら、いつもいるはずの母がいない。

振り向くと、あいつが、門まで追いついてきていて、玄関へ向かっている、

僕は慌てて、鍵を閉めて、廊下の窓ガラスも全部閉めて、鍵をかけて

ぶるぶる震えていましたよ。


2~30分経った頃、母が戻ってきて、盛んに玄関ドアを叩いているあいつを追い払ってくれたんだ。

ホントに怖かったな。

あいつが家に入り込んだら、何されたか分かりゃしない。

そんなこともあって、音楽学校へ通うのはなんとなく、

足が重くなりましたね。


それに僕だって、銃後の小国民、

憧れは戦闘機の飛行士になって、空中戦で敵機をやっつける事でしたね。

それが出来たら、さぞ、胸がスカッとするだろうと思ってましたよ。

あの当時の男の子だったら、みんなそう思ってたんじゃないかな。


でも、僕はこの時気が付いたんだ。

人間て多面体なんだなって。


「多面体?」


「そう、多面体

もちろん、多面体という言葉そのものはその時は知りませんでしたけどね。

8面体なのか、16面体なのか、32面体なのか、分からないけれど、とにかくいろいろな面がある。


僕は音楽を特別に習って、他の子ができない独唱をしたりして、結構自分のこと、ヒーローだと思っていたじゃないですか。

でも、他の子から見たら、ヒーローなんかじゃなく、只の非国民、

僕にだって、銃後の小国民だから戦闘機乗りになるのだという面もあるわけだど

そんなところは見えないわけで・・・。

先生、ご自分の後ろ姿、見えますか?」


「いや、それは見えないですね。」


「後ろから来た人には僕の後の一面しか見えない、

よこの人には横しか見えない。

黒い部分を見た人は僕のことを黒だと思うだろうし

白い面を見た人は僕のことを白だと思うだろう。

でも、僕には黒い面も白い面も見えない。

後も横も見えない。

いや、それどころか、前だって見えない。」


「前位は、鏡を見れば見えるのじゃありませんか?」


「鏡を見ればですか?

お医者さんならご存じでしょう。鏡の中では左右が反対に見える「鏡映反転」のこと。

要するに鏡に見えている姿と他人に見えている姿とは違うということですよね。

だから、自分の前面だって他の人の眼にはどのように映っているか分からない。

要するに見えないってことですよ。


親からはいつも

他人様ひとさまに迷惑をかけてはいけない。

他人様に不快な思いをさせてはいけない』と

言われていましたよ。


だけど、自分自身を見ることができないのだから

どうすることもできやしない。


先生、

もし、あなたの後ろ姿が誰かに不快感を与えているとして、

あなた、それがどんな後ろ姿なのか見ることができますか?

それを直そうとすることができますか?」


「それは、無理ですね。」


「出来やしないでしょう。

でも、全ては自分、白い面も黒い面も自分

そして、自分が白くなりたいと思ったわけでなくたって

黒くなりたいと思っていたわけではなくたって、

自分である以上、責任をもたなきゃならない。

これって大変なことですよね。

そう思いませんか?


僕が音楽学校へ通い始めて少し経った頃

父親は軍属で出征したんです。


何でも、父親は精密機械の技師とかだったので、軍隊で必要だったのでしょう。

出征する前の晩、母親は泣いていましたね。

それまで、母親が泣いたのなんて見たことなかったから、驚きましたよ。

それも、しくしくなんてもんじゃない、号泣してたんです。

僕は、本当に心配しました。母がどうにかなったんじゃないかって。

でも、次の日、母は笑顔で父を送り出したんです。


そりゃそうですよ。

夫や息子が出征する時には、笑顔で送り出さなくちゃいけないんですよ。

兵隊になって国のために戦うことは名誉なことで、祝うべきこと。

だから、笑って、旗を振っていなくちゃならなかったんです。

そうしなければ、非国民ですよ。みんなからそう言われて、非難されますよ。


僕はその時、思ったんです。

どんなに悲しくても、泣いたりしちゃダメなんだって、笑っていなくちゃダメなんだって。


戦争はますます激しくなって、

東京上空へ敵機が襲来するようになったんです。

5年生になる時、

音楽学校は閉鎖されました。


僕はと言えば集団疎開へ行くことになりました。」


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