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英文タイピストになった

「なるほど。」


「それからというもの、

僕は寝ても覚めても精神病院のことを考え続けましたね。

精神病院へ入って自由に心の奥底から笑ったり、

泣いたり、叫んだりできたら、

どんなに良いだろう!

それこそが完全な自由だ!

完全な自由に僕はなれる!

これこそが自分が望む未来の生活。

パラダイスだ!

そう、思ったのです。


僕は考えました。

毎日、毎日、考えました。

僕のパラダイス!精神病院へ入るのには

どうしたらよいのだ?


病院だから、病人でなければ入れないのかもしれない。

しかし、ぴんぴんしていた芸能人や政治家などが

都合が悪くなると緊急入院するではないか?

ということは、健康保険は使えないが

自費であれば入院できるということなのだろうか?

緊急入院する人たちはみんな金持らしいから、

きっとそうだ!そうに違いない!

それなら、パラダイスへ入るためには金持にならなければ。


それから、考えましたよ。

どうやったら金持になれるのか?


とにかく、今のまま、帯の問屋さんにいたのではだめだ。

では、どうする?

他の仕事を探すといったって、

中卒の中途採用なんてないし、

新聞の求人広告を見たって、必ず、高卒以上になっている。


その時、求人欄でやたら目につくものがあったんです。

それが、「英文タイピスト」


「英文タイピスト」って、なんだ?

そう考えていたら、

以前見た映画で、

主人公が英文タイプを打っているシーンがあったのを

思い出したんです。


そう、そう、

なんとなくピアニストみたいだなと思ったので

覚えていたのかもしれない。

なんとなくピアニストに似ていると思ったところから、

それなら、僕だって英文タイピストになれるかもしれないと

思うようになったんです。


そこで、

わずかなお給料を全部はたいてタイピングスクールに入ったんです。

ウィークデーには行けないけれど、

休みの日には朝から晩まで、練習してました。

ピアノを習っていたせいか、

指を動かすのには苦労しなかったし、

結構楽しかったですね。


かなり上達が早かったらしくて、

タイピングスクールの先生が、

「早いね」といって、わざわざのぞきに来たりしていた。


一通りタイプが打てるようになると

早速就職先を探したんです。

けれど、新聞の求人広告は、探せども探せども、

経験者、高卒以上、など、条件がネックになるものばかりだった。


でも、懲りずに毎日見続けていたら、

三か月くらいたった時に、

たまたま学歴不問というものを見つけたんですよ。

嬉しかったな。

なんだか、名前をきいたことがあるような

外資系の会社だった。

とにかく、入社試験の傾向と対策が分からないことには

対応の仕方がないからと

落ちることを覚悟で、応募したんです。

タイピストの試験とはどんなことをするのだろう?

そう思って、テスト的に応募した会社だったんです。


それが、運よく合格したんですよ。


後でわかったことだけど、

僕はてっきりタイピングスピードが速かったから

受かったのだと思っていたけれど、

実は僕が男だったから、らしいんです。」


「男だったから?」


「そう、その頃は、女性の深夜労働などは認められてなかったんですよ。

だけど、その会社は忙しい。

本社はニューヨークなので時差があるから、

どうしても、深夜に作業をしたいことが多いわけです。


ところが、英文タイピストと言えば、ほとんどが女性。

男性のタイピストはあまりいない。

だからとにかく男性であれば良いということで採用されたらしいんですね。


当時の英文タイピストは同じくらいの年のクラークと比べると

圧倒的にお給料が良かったんです。」


「それは、良かったですね。」


「本当に幸運でした。

おまけに、深夜残業、休日出勤が多いので

月に150時間以上残業してましたからね。

いつも残業代が本給と同じか上という状態でした。

これなら、お金を貯めて、精神病院に入れるぞ!と思いましたね。

嬉しかった!

だから、夢中で働きました。」


「それからは順調だったのですね。」


「順調といえば、順調なのかもしれません。

でも、頭にきたことはたくさんありますよ。


僕はタイプしたものは厳しくチェックして、

間違いがない書類を作っていたんですけど、

もともとの原稿が計算間違いをしていたり、

書き間違えたりしていて、本社から指摘されると、

タイポグラフィカル・エラーといって、

タイピストのせいにされちゃうんです。

しかも、その謝りの手紙やレポートを

また僕がタイプするんですから嫌になりましたよ。


大学出の後から入社した社員が、

『これ、タイプして。』などと、

偉そうに持ってきたりした時も頭に来ましたね。


まあ、その他にもいろいろありましたよ。嫌なことは。

でも、とにかく、精神病院、パラダイスへ行くためだと思えば、

我慢できました。」


「それで、入院費が貯まったというわけですか?」


「そう、言いたいところですが、とんでもない。」



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