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早朝の嵐山でトンでもないギャルJKに絡まれた

作者: 藤谷恵己

会話は関西弁で行われています。

地の文は標準語ベースです。

 ゴールデンウィーク。

 四月末から五月の頭にかけて存在する大型連休は、新生活や新学期という環境変化に追いつけず疲弊した社会人や学生たちを救済するものである。と個人的に考えている。


 今年のゴールデンウィークはホワイト企業に勤める社会人にはなかなかの好スケジュールだろう。

 金曜日にある昭和の日から数えて、三連休、平日の月曜日、三連休、平日の金曜日、そして土日。月金で有給でも取れば十連休となる。


 とはいえ、大学生である俺には二重の意味で関係なかったりする。

 一つは、学生には有給なんて存在せず、無慈悲にも登校を余儀なくされること。全国の教師の皆さん、ご苦労様です。

 そしてもう一つは、月曜日はそもそも講義がなく、金曜日は担当の教授が休講にするとしたからだ。もう三回生で、二回生までに講義を詰めて取っていたということもあり、月曜日は全休となっている。

 つまり小細工を弄さずとも十連休なのである。最高か。


 そんな俺の十連休だが、特に予定なんてものは存在しない。

 ぼっち気質のある俺は、数少ない友達を遊びに誘うこともなく、ゴールデンウィーク前半はほとんど家で過ごしていた。

 そして後半もその予定だった。のだが。


「京都行きたくなってきた」


 せっかくの休みなので、どこか出かけたい。

 数少ないフォロワーたちがお出かけの様子をSNSに上げているのを見て、そんな風に思った。


 京都には何度か足を運んでいる。

 京都の有名な寺、神社などを見に行くのが最近の趣味になった。

 もちろん、一人だ。なぜなら一人が好きだから、他意はない。ないったらない。


 京都のお隣、滋賀に住んでいるため、アクセスはとてもよい。

 以前は電車とバスを使っていたが、バイクの免許を取ってからはバイクで行くことが多い。


「今回は嵐山の方でも行くかな」


 嵐山は前から行きたいと思っていた。紅葉も見てみたいがあいにく今は春。それはまた別の機会にしよう。

 決行日は平日である金曜日。空いてそうだから。金曜日休講の俺に死角はない。



 というわけで金曜日。

 俺は朝早くからバイクを走らせていた。

 日は昇っているが、空気はまだ冷たい。だが、これから気温は上がるだろう。


 早朝から家を出た理由は、写真を撮りたいから。

 嵐山の近くにある竹林の小径は、有名な観光地であり、当然人も多くやってくる。

 だが、写真を撮るなら朝早くが人が少なくてよい、とネットで見つけたので、それを信じてまだ寒い中をバイクにまたがって疾走している。法定速度で。

 他にも行きたいところはあるが、まずはそこに行くつもりだ。


 ヘルメットに付けたBluetoothインカムから聞こえるナビに従って、朝の京都を走る。

 大体予定通りの時間に到着した。

 京都の市営駐車場はしっかりバイクを停める場所も用意されているので、非常に助かる。

 バイク、どこに停めていいのか、たまにわからないんだよな。まだ初心者だし。


 そこから少し歩いて、竹林の小径に到着。

 パッと見、人は少なそう。これは当たりかな。


「おお……」


 道に入れば、周囲を竹が覆いつくす。

 すごくいい雰囲気だ。こういう、日本らしい?みたいな雰囲気が好きで、よく京都へやってきている。

 青空と竹の組み合わせもとてもいい。晴れてよかった。


 スマホを使って、色んなアングルで写真を撮ってみる。

 あんまりうまくはないが、写真を撮るのは好きだ。


 朝早く来たかいあって、人は少なく、静か。

 これなら周りを気にせず写真を撮れる――


「うお、すげー! チョー竹やん!」

「ヤバ、なんかええフンイキやなー」


 突然、朝とこの場所にふさわしくない声が響いた。

 パシャパシャパシャ。

 スマホと思われるカメラのシャッター音も鳴りやまない。


 音の発信源の方を向いてみると。


「あれがギャルか……」


 紛うことなきギャルの二人組がいた。

 片方は、ウェーブした金髪。もう片方は薄めのピンクのストレート。

 ボタンは三つ目くらいまで解放され、腰にはセーターを巻き、スカートはパンツが見えそうなくらい短い。

 戦闘力めっちゃ高そうなギャルが現れた。あんなの、漫画とかでしか見たことがない。現実に存在したのか。

 もはやこれが正しい、というかのようなテンプレな制服の着こなし、いや、着崩し方で……。


(って、制服! JKか! なんで学校行っとらんねん)


 そう、セーターと靴下の色くらいしか違いがない二人の恰好は、間違いなく高校の制服。

 つまりJKだ。

 いくら早朝とは言っても、もう八時半くらい。よい子は学校に行っている時間だ。

 ……いや、見た目からしてよい子じゃなかったわ。うん。


 竹とギャルというあまりのミスマッチにしばし呆然とするが、はたと正気を取り戻す。

 ジッと見てしまっていた。幸い写真に夢中なようで、こちらに気付いている様子はない。危なかった。


 JKがいることはどうしようもないので、こちらも写真を撮ることに集中する。

 ギャルたちは写真を撮りつつ、大声で話しながらこちらへと歩いてくる。

 対する俺は、写真を撮っている風を装って二人をやり過ごそうとしていた。後から思えば、普通はギャルだからといって絡んでくるわけではないし、なんなら同じ方向に歩いていけばよかったわけだが、なんだか頭が回らなかった。


 このときの俺は、さながら天敵をやり過ごす小動物のようだった。

 しかし、俺は天に見放された。


「いぇーい! おにーさん、写真好きなん? いいの撮れた!?」

「朝早くにおにーさん一人で来てるとか? ウケる」


 絡まれた。

 声をかけられた瞬間、心臓がはねた。まさか来るとは思わないじゃん。

 しかも、先ほどと違わぬテンションの高さ。


 ……これは、どうしたらいい? ここで雑に返事すればテンションの落差がヤバい。といってスルーすればそれはそれで気まずい。でもJKのノリなんて分かるわけがないしJK語らしきものを使った気の利いた返事なんてできるはずがない。そもそも俺ぼっち予備軍だし女子と話すのそんなに得意じゃないしその上初対面の女子しかも年下のJKだしギャルだしああでもないこうでもない……


 こんな考えを体感コンマ数秒で走らせ、俺が出した結論は。


「うぇーい! 写真楽しいよな! 俺が撮ったの見せたるし、君らのも見せてや!」


 なけなしの謎のノリで返すことだった。

 高校ではテンションの高い絡みは少なかったが、大学で入ったサークルでは高校では考えられないほどハイテンションなノリを経験した。今ではそれにそこそこ適応したので、ほんの少しの羞恥心を捨てれば何とかなる。

 しかもここは旅先。つまり一期一会、尊厳を保つ必要性は薄い。……だとしても恥ずかしい。顔赤くなってそう。勇気をだしてもぼっち予備軍の性根は変わらない。


 そんな俺の謎テンションを受けたギャルたちは。


「おー! おにーさん意外とノリいいな! せっかくやし一緒に写真撮ろ!」

「ぼっちやし陰キャかと思っとったけど、気のせいやったかー」


 どうやらお気に召したらしい。

 金髪ギャルには写真を請われ、ピンクギャルは……辛辣じゃね? てか陰キャ風情にテンションアゲアゲで声かけんなし。


「お、おお。いいでー」


 辛辣コメントには触れずに返事すると、ギャルたちが近寄ってきて、両サイドから俺の腕を取った。金髪ギャルが内カメラをこちらに向ける。


(近っ……これがギャルの距離感?)


 両方の腕にギャルが絡みつき、そこはかとなくギャルっぽい謎のポーズを準備し始めた。

 やばい、腕に伝わる感触が柔らかい。


「ほらー、撮るでおにーさん! ポーズして!」

「あ、うん。同じのでいい?」

「このポーズをご所望とは。やっぱおにーさん分かってるわ」

「や、やろ? はっはっは」

「いくでー、はいチーズ!」

「「「いぇーい」」」


 なるようになれ!

 そんな気持ちでテンションを振り絞り、カメラに向かってポーズした。


「おにーさんありがとー――おー、いいかんじいいかんじ! 見てみ!」

「よう撮れてるやん。おにーさんちょっと照れてるし、ウケる」


 写真を確認するため、ギャルたちが腕から離れる。

 小さく息を吐き、そのギャルたちを改めて見てみた。


(二人とも、めっちゃ可愛いな)


 緊張やら困惑やらで気づかなかったけど、二人ともかなり可愛かった。

 髪の色はめっちゃギャルだが、化粧はケバくなく、薄めだった。多分元が可愛いし、薄いほうがよく似合うと思う。

 キャラ濃いけど気さくな感じだし、さぞかしモテるのだろう。


 そんなことを考えていたら、ギャルたちが確認を終えたようだ。


「おにーさん、この写真SNSに上げていい?」


 金髪ギャルがそんなことを聞いてきた。

 驚いた。こういう子たちは何も気にせず自由に投稿するものだと思っていたが、ちゃんとモラルを守って許可を取ってくるとは。

 思ったよりちゃんとした子なのかもしれない。多分学校サボってるけど。


「ええよ」

「やった! おにーさんありがと!」


 俺とのスリーショットをアップできるのがそんなに嬉しいだろうか? わからん。


「おにーさん、このあとの予定は?」

「夕方くらいから用事あるから、近くをもうちょい観光して帰るつもりやけど」

「そーなん? ならウチらと一緒にまわろーや!」

「別にいいけど……君ら学校は?」

「サボり」

「やろうな……」

「ゆーてサボったんは初めてやけどな」


 やはりサボってここに来ているらしい。思わずため息を吐く。

 平日にサボりJKと歩くのは色々マズイ気がするが……まあいいか。


 というわけで、ギャルたちと歩き始めた。ちなみに、この頃には既に貼り付けた俺の謎テンションは剥がれ落ちていた。


「とりあえず自己紹介しよ。ウチは三崎 (あおい)! 高二! よろ!」

「ウチは西本 (なぎ)。同じく高二。よろ」

「碧ちゃんに凪ちゃんね、よろしく。俺は館山 (れい)、今は大学三回」


 金髪ギャル、ピンクギャルの順に名前を教えてくれたので、俺も名乗り返す。

 金髪ギャルこと碧は、さっきからずっとテンションが高い。大してピンクギャルの凪はずっと平坦だ。楽しんでるのは分かるんだけど、感情の起伏が分かりにくい。

 ……同じように名乗ったのだが、なぜかギャルたちが両サイドからこちらをジッと見ている。


「……どうしたん?」

「んーん、『碧ちゃん』って、なんか新鮮やったから」

「それな。名前にちゃん付けとか久しく聞いてないわ」

「あ、そういうことか……つい癖で」


 これはサークルでの癖だ。

 俺が所属するサークルでは男女問わず下の名前やニックネームで呼び合う習慣がある。その癖がすっかり染みついてしまったらしい。


「ごめん、嫌やった?」

「そんなことないで! おにーさんやったら、ええよ」

「お、おう」


 金髪ギャル、もとい碧の言葉に思わずドキッとしてしまった。いや、そんな深い意味はないだろうけど。


「おにーさん、どこの大学なん?」

「んー……広く言えば、地方の国公立?」

「広っ! でもそっか、国公立なんや、すごいなー」

「ちなみに言うと、大学を聞かれて『国公立』っていう奴は大体公立」

「あははっ、なにそれ! つまりおにーさんは公立大学なんやね」


 これは俺のただの偏見である。


「おにーさん観光って言ってたやんな? どこから来たん? ちなみにウチらは市内」

「俺は滋賀県民やで」

「おー、お隣さんか! 電車で来たん?」

「いや、バイクで」

「バイク!!」

「おにーさんバイク乗れるん? すげー。ウケる」


 バイクのことを話すと、大層ウケた。凪はさっきからずっとウケてんな。


「なあなあ、あとでバイク見せてよ!」

「ああ、いいで。ちょっと歩くけど」

「おにーさんのバイク、気になるわ」


 そこからは、ほとんど碧と凪が喋っていた。

 あれこそがマシンガントークだ。割り込む隙もない。

 そんな調子で、嵐山周辺の観光地を三人で回った。



「おおー、これがおにーさんのバイクか」

「ヤバ!! めっちゃカッコいいやん!」

「そう? ありがとう」


 観光を終えた後、ギャル二人を連れて駐車場へ来ていた。

 二人はバイクを見て感嘆の声を漏らしている。なんか照れるな。


(あ、やばい)


 やばいと思ったのは、二人が姿勢を変えながらバイクを物色し始めたときだ。

 バイクを覗き込んで前かがみになっているときがある。二人はスカートが短い。

 この二つの情報が出揃えば、答えは一つ。


 だが、言うべきかどうか迷った。

 言われてあまり気持ちの良いものではないと思う。

 しかし、周りの目もあるので、やっぱり言うことにした。


「二人とも、パンツ見えとるで」


 なるべく顔を逸らしながら伝えた。


「なに、おにーさん? 気になる?」

「そうじゃなくて、周りの目もあるんやから、気を付けろってこと」

「……ふふふ。別に見られても大丈夫やで? おにーさんなら」

「……見せパン、ってやつか」

「いや、普通のパンツやけど」

「ならあかんやろ……」


 碧がクスクス笑いながら揶揄うようなことを言う。凪も一緒に笑っていた。


「おにーさん、もう帰るんやんな?」

「そやで」

「ならライン交換しよ!」


 碧からまさかの提案。断る理由もないので「いいで」と返事をし、スマホを取り出した。

 二人と連絡先を交換する。

 まさか俺の少ない友達欄にギャルJKが二人追加されることになろうとは。


「これでよし! おにーさん、誘うしまた遊ぼ!」

「それな。おにーさんと遊ぶの楽しかったし」

「おー、わかった。でもちゃんと学校は行かなあかんで?」

「行く行く! 今日はホンマにたまたまやから」


 最後に挨拶を交わして、バイクのエンジンを入れる。

 その様子を見た碧と凪から、「カッコいー」だの「イカすー」だの声が飛んできた。ちょっとカッコつけて手を挙げて返して、走り出した。

 自己紹介はしたのに、二人の呼び方はずっと「おにーさん」だった。



 それから、頻繁に碧と凪に遊びに誘われた。

 ギャルには似つかわしくなく、京都の観光名所たる寺や神社をよく一緒に回った。

 ある程度の移動を伴うときは、二人に合わせて電車とバスを利用することにした。


「二人はお寺とか好きなん?」

「すごい好きってわけじゃないけど、三人やったらどこでも楽しいで!」

「それな」


 二人は本当に楽しそうにしている。それならいいか。



 あるときから、碧と二人で遊ぶようになった。

 初めのころは、まあ予定が合わないこともあるだろう、くらいに考えていたのだが、いつになっても凪は来なかった。

 俺は別に構わないのだが、もしかして凪に嫌われただろうか?と心配になった。一応、ラインは普通に返してくれているが……。


 何回目かのとき、碧に聞いてみた。


「なあ、最近凪ちゃんのこと見てへんけど、元気にしてる?」

「元気やで! この前彼氏できてな、そっちで楽しんでるみたいやわ」

「あー、そういうことか……」


 納得。

 彼氏ができたのなら、こっちの集まりに来ないのも頷ける。

 ていうか、彼氏できたんなら、教えてくれてもいいのに……。


「なんで秘密にされてたんやろ……」

「言うの恥ずかしかったんちゃう? あれで初めての彼氏やし」

「あ、そうなんか。意外と初心なんやな」

「そうやね」


 碧がクスクスと笑う。珍しく上品な感じだ。

 とりあえず嫌われたわけではなさそうで、安心した。

 うーん、そういえば。


「凪ちゃんは初めてって聞いたけど、碧ちゃんはどうなん?」

「ウチ? ウチは彼氏できたことないよ」

「あれ、そうなん?」


 驚いた。

 こんな可愛い子に彼氏ができたことないなんて。

 絶対モテてると思うんだけどな。


 一緒に遊んでてわかったが、碧と凪がギャルなのは本当に見た目とテンションだけだ。

 サボっていたのは本当にあの日だけらしいし、成績もそこそこ。礼儀もちゃんと持ち合わせている。

 ……本当なんであのとき声かけてきたんだ。


 まあでも、今は碧や凪と楽しくやっているし、あれが悪かったとは言えないな。


「そんなに意外?」

「そうやな。碧ちゃんも凪ちゃんも可愛いし、彼氏くらいおると思ってたわ」

「か、可愛いって……ありがとう」


 思わず口に出してしまった。

 碧は顔を少し赤くして照れている。言われ慣れてそうなもんだけど。


 そこで会話が途切れる。

 実は、これも少し気になっていたりする。

 凪が一緒だと、碧もずっと喋っているのだが、俺と二人の時はどうしても口数が減る。

 俺と二人で無言の時間、苦痛ではないだろうか?

 ちなみに俺から話題を振ることはあまりない。それができるならぼっち予備軍なんてなっていない。

 ともかく、意を決して、この流れで聞いてみることにした。


「なあ、碧ちゃん」

「なに?」

「俺ら二人やと無口になること多いけど。気まずいとか思ってない?」

「え? 全然そんなことないで! もしかして、おにーさんはそう思ってる?」

「いや、そんなことないけど。碧ちゃんがあんまり喋らへんのが気になって」

「あー、そういうことね」


 碧は少し考えて、言葉を続けた。


「凪といるときはついつい喋りたくなるけど。おにーさんといるときは、この無言の時間も心地いいっていうか、安心感があるっていうか」

「安心感? そんなのあるか?」

「あるよー。ウチから見たら、おにーさんすごい年上やし。オトナの余裕みたいな? 落ち着くかんじ」

「うーん、そっか」

「そうそう。だから気にしんとって! おにーさんと遊んでるときはいつも楽しいから!」

「……それはよかった」


 そんなことを言って、俺の肩に頭を寄せてくる。柔らかな香水の香りがすく近くから漂ってくる。

 最後の一言は屈託のない笑顔を向けて言ってくれた。



 翌年、三月の終わりごろ。

 高校も春休みに入ったということで、碧に遊びに誘われた。

 碧も凪も、危なげなく進級できたらしい。やはりしっかりしている。


『おにーさん、嵐山行こ! 桜が綺麗なんやって!』

『桜か、ええな。行こか』


 ということで、嵐山に行くことになった。

 今年は満開がだいぶ早い。今がちょうど見ごろだそうだ。


「おにーさん、おはよう!」

「おはよ、碧ちゃん。早速行こか」

「うん!」


 碧と二人で、嵐山の桜スポットを回っていく。

 どこの桜も見ごろなだけあって非常に綺麗だ。

 写真も忘れず撮る。

 碧と遊ぶようになってから、スマホのフォルダの写真の枚数が激増した。

 景色を撮るだけでなく、碧や、ツーショットの写真があるのが何だか嬉しい。ぼっち予備軍の性だ。


「なあ、せっかくやし、竹林の小径も行かへん?」

「ああ、いいで」


 碧の提案で、竹林の小径へ行くことにした。

 竹にピンクの花は咲かない。碧や凪と出会ったときと同じ風景が広がっている。なんか安心するな。


「ねえ、おにーさん」

「ん、どうした?」


 気づけば、碧がこちらの方を向いていた。

 碧は思いつめたような表情をしている。彼女らしくない表情だ。

 碧は意を決したように口を開いた。


「ウチ、おにーさんのことが、好きです」

「え……?」


 突然の告白。

 一瞬、頭が真っ白になってしまった。


「えっと、マジ……?」

「うん、マジ」

「その、ちなみにどうして?」

「前言ったやろ? 一緒にいたら落ち着くし、楽しいって。それに、初めて会ったとき、ウチらのノリに合わせてくれたやろ? 優しい人やなって思って。あれもほんまに嬉しかった」


 碧は顔を真っ赤にしている。

 その表情で冗談なんかじゃないと伝わった。


 ちゃ、ちゃんと返事しないと。

 こちとら、告白されたのなんて初めて。頭は混乱の最中である。


「えっと……ありがとう」


 慎重に言葉を紡ぐ。

 しっかり考えて発言しないと。何を言うか分からない。

 俺は碧のことをどう思っている?


「でも……俺、恋愛経験なくて。碧と一緒に遊ぶのは楽しいけど、碧のことどう思ってるか……正直分からん。……それに」


 そうだ、仮に付き合うとしても、問題がある。俺たちの問題というわけではない。


「碧ちゃんはまだ高校生やし……多分大学生の俺が高校生と付き合うのは、世間体とか、あんまりよくないと思う」


 この倫理的な壁は、分厚い。

 日本という社会に身を置く限り、この壁を破ることはできない。気にしないという人もいるだろうが……少なくとも、俺には無理だ。


「そっか……そうやんな」


 碧が俯き、小さく言葉を漏らす。

 いつも元気で溌剌とした碧の弱々しい言葉に、罪悪感がこみあげてくる。


「でも……それやったら」


 だが、碧はそこでは終わらなかった。


「ウチのこと、嫌いってわけじゃないやんな?」

「そりゃ、もちろん」

「やったらさ。ウチが高校卒業するまで、待っててくれへん? 高校卒業した後に、また返事聞きたい」

「なるほど……うん。わかった」

「忘れんとってな! 約束やで!」

「約束する」


 結局、この件は保留ということになった。

 これから、碧は高三で大学受験、俺は大学四回で大学院入試の勉強がある。

 これからは会える機会も減るだろう。


「決めた! ウチ、おにーさんの大学目指すわ!」

「え、まじで? 国公立は、結構頑張らなあかんで?」

「もちろん、頑張るよ。やからさ……勉強教えて!」


 おおう、そう来たか。

 確かに、塾をはじめとして、年上に教わるのは一つの方法だ。それに、俺に会う口実もできる……ということだろうか?

 何にせよ。


「わかった。できる限りのサポートはするわ」

「ありがとー! おにーさん大好き!」


 断る理由はない。

 了承すると、碧が抱き着いてきた。

 告白して遠慮がなくなったのか……とにかく、頑張ろう。



 新学期になって、碧との勉強会が始まった。

 いや、正確にはもう一人。


「おにーさん、久しぶり」

「凪ちゃん? 久しぶりやな!」


 しばらく顔を見ていなかったピンクギャル、凪が碧と一緒に来ていた。

 聞けば凪も俺の大学を目指すという。だから、一緒に勉強しようということらしかった。

 凪が一緒に遊ばなくなったのは、彼氏ができたからだと聞いていたけど……。


「凪ちゃん、彼氏おるんやろ? そっちは大丈夫なん?」

「あー、それな……別れてん、実は」

「え、そうなん?」


 これまた驚いた。

 知らない間に付き合っていて、知らない間に別れているなんて。

 その理由を聞くと。


「なんか違うかなって。おにーさんみたいな落ち着きがないというか。やっぱ同い年はあかんな。気づいたらおにーさんと比べちゃってた」

「もしかして、俺のせい? ……なんかごめん」

「気にせんでええよ。そもそも碧とおにーさん見てて、彼氏ほしいなって思っただけやし」

「ええ……?」


 凪は碧が俺のことを好きだと結構前から気付いていたらしい。

 碧が俺に告白して、それが保留中だということも知っていた。


 なんとなく申し訳ない気持ちになっていると、凪がこちらに近寄ってきた。


「あーあ。どっかにおにーさんみたいな人、おらんかな?」

「ちょっと、凪!? おにーさん取ったらあかんで!!」


 ぴとっとくっついてくる凪に対抗するように、反対側の腕を碧が抱きしめてきた。頬は可愛く膨らんでいる。

 取ったら、って……まだ付き合ってるわけじゃないんだけどな。


「冗談やって、おにーさんは取らんよ。おにーさん、誰かいい人紹介してよ」

「うーん、凪ちゃんに釣り合うような奴、いるかな?」

「ウチはおにーさんでもいいけど……?」

「ちょっと凪!!」

「冗談やって」


 両サイドの二人の言い合いを見て、苦笑する。

 やっぱり二人が揃うと賑やかだ。



 それから、三人での受験勉強はしばらく続いた。

 しかし、二人の大学受験が近づくたび、各々で勉強することが多くなり、会うことはほとんどなくなった。

 そのころから、ある思いが俺の胸中を巡っていた。



 桜が舞うにはまだ早い、翌年の三月。

 碧と凪の卒業式の日を迎えていた。


 俺は今、碧たちの高校の校門の前にいる。

 部外者なので、卒業式はおろか、校内に入ることもできない。

 碧には、ここに来ることは伝えていた。

 もちろん、碧に答えを聞かせるため。その答えは用意してきた。というか、結構前から結論は出ていた。


 卒業式やその後の諸々が終わったようで、出てくる卒業生たちがちらほらと現れ始める。

 さて、碧は……いた。小走りでこっちに近づいてくる。

 碧が目の前に来た。


「碧ちゃん、卒業おめでとう」

「おにーさん、ありがとう」


 俺が笑みを浮かべて祝いを告げると、碧もはにかんで返してくれる。


「よし、じゃあついてきて」

「え? うん」


 俺は碧を近くの駐車場に連れてきた。


「これに乗って」

「これって、おにーさんの車?」

「正確には親の車やけどな。バイクの二人乗りも考えたけど、ヘルメットで髪の毛崩れそうやし」


 乗ってきた車に碧を乗せ、走り出す。

 最近京都に、とりわけ碧の高校周辺はよく来ていたから、道は結構覚えている。

 ナビを使わず、目的地まで向かった。


「おにーさん、ここって」

「そう、もしかしなくても、嵐山」


 碧と初めて出会って、碧に告白された場所。

 嵐山に、正確には竹林の小径にやってきた。

 碧に返事をするには、やはりここが一番だろう。


「一年前の返事。ちゃんと用意してきた」

「……うん」


 碧の顔に緊張が走る。

 そういう俺もめちゃくちゃ緊張している。気持ちを伝えるのって、こんなに緊張するのか。


「一年前までは、碧ちゃんと頻繁に遊んで、俺自身すごい楽しんでた。それが俺の日常になってた。碧ちゃんが三年になって、受験勉強に打ち込むようになるまで、気づいてなかった」


 ひとつひとつ、丁寧に言葉にしていく。

 大丈夫、何を言うかは決めてきた、一年前のときとは違う。


「碧ちゃんと会って遊ぶ日が減って、めっちゃ寂しく感じた。いつもは誘ってもらってたけど、俺から誘いたいって思うくらい、碧ちゃんと会いたいって思ってた。それで、気づいた」


 あと少し。

 最後、どうしても言いたい一言。


「俺、碧ちゃんのことが好き。多分、ずっと前から、好きやった」

「あ……」

「一年も待たせたけど、よければ俺と付き合ってほしい」


 言い切った。

 緊張のあまり頭真っ白にならないか心配したが、何とか伝えることができた。

 碧の返事は、どうだろう……?


「うん……うんっ! こちらこそ、よろしく、お願いします!」


 涙ながらに、碧は答えを伝えてくれた。

 そのまま、碧が飛び込んでくる。


「嬉しい……嬉しい!」

「ああ、俺も嬉しい。ありがとう、碧ちゃん」


 しばらく、そのまま抱き合っていた。



 涙が収まった後、碧はいつものテンションを取り戻して。


「決めた! ウチ、バイクの免許取る!」

「マジで?」

「マジのマジ!」


 以前からバイクに興味は示していたけど、まさか自分で乗ると言い出すとは。


「それでさ。ウチが免許取ったら、バイクでいろんなとこに行こ! 二人で一緒に!」

「ああ……そうやな。めっちゃ楽しみや」

「ウチも、チョー楽しみ!」


 こんな風に俺たちは、嵐山の竹の下で、新たな約束を交わした。

 ……桜とかならともかく、竹の下ってなんだよ。ウケる。



 その後の合格発表で、碧も凪も無事俺と同じ大学に合格していることがわかった。

 俺も同大学の大学院に無事合格。

 また、三人での賑やかな生活が始まる……楽しみだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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