第四話
今回も少し長め。またもや新登場人物です
賑わっていた夜の街もすっかり落ち着き、星々が自らの存在を主張する頃。巨大な屋敷の門をゆったりした足取りで通過する影があった。閉めた扉から鍵を取り不思議な白いコートのポケットに戻す彼は、不法な侵入者では無くこの屋敷の主だ。
向かう玄関まで真っすぐ伸びた道の両脇には色とりどりの花が咲いており、途中には一面が九に区切られた不思議な立方体の目立つ噴水があり、誰もがこの屋敷の象徴だと認識するだろう。
寝ている屋敷の同居人を気遣ってかドアを静かに開け、出来るだけ足音を立てないように自身の部屋へと向かう。だが、彼の気遣いを他所に背後からペチペチと可愛げな足音を立てて近寄る者が居た。
「シグハさま~っ!!」
私有地とは言え真夜中に大声を出して白衣の壮年に背後より飛び掛かる桃色ボブの少女。額には微かに輝きを放つ不思議な石が嵌っており、少女が人間じゃない事が分かるだろう。
「おい。夜中だ。……ただいま。遅くなった。」
「おかえり~~!!」
そんな騒がしい人外の少女に屋敷の主人――シグハは怒ったりなどせず、少女に対してただいまの挨拶をする。背中に飛び乗った体重を物ともせず、そのままおんぶの体勢に移行すると足の向きを自身の寝室では無く、執務室へと向けてみる。というのも、彼は少女に一つ相談があったのだ。その相談をするには記憶喪失とは言え、魔神が起きていない今が好ましい。
「キエラ。魔神について分かった事はあるか?」
変わらない体勢のまま何やら主人の髪の毛をイジり始めた背中の上の助手に問いかける。キエラと呼ばれた彼女は手を止める事なく沈黙していた。いつもなら即答する彼女にシグハは少しの不安を感じるが、思いの外沈黙が長く続くことは無かった。
「……ソレがデスね。何も分からなカッタのです。」
「何も?」
「ハイ……。」
おかしな話だ。キエラにシグハが任せたのは大まかな身体検査だ。それも、この世界において最高水準の物だ。魔力の容量、加工のしやすさ、適応できる属性、体格、気功の容量、種族。これらはこの世界において、生物が最低限持っている物だ。何も分からないとなると、あの記憶喪失の少年魔神は生物以外の何かである可能性も出て来る。
そうこう考え事をしていると執務室の前に到着した様だ。シグハは器用に背中に居るキエラを片手で支えると、もう片手を使ってドアを開けて中に入る。執務室となっているその部屋の中には様々な機械の模型が置かれており、本がそこら中に山積みとなっている。どれもが調べものをしている最中に適当に置き、片付け忘れられている物ばかりだ。これでは執務室というより研究室の様にも見えるだろう。
部屋の中心に置いてあるソファまで近づき、キエラを丁寧に持ち上げて前に回すとそのまま抱っこの体勢から彼女を座らせる。これにより、両手が自由になった彼は何やら思考を巡らせ続けながら飲み物用コップをどこにやったかと探し始める。その様子をソファに座ったキエラはジーっと視線を外す事なく観察する。
「……検査の詳細を話してくれるか。」
目当てのコップ二つが見つかったと同時にキエラへと聞くシグハ。キエラが頷いて上着ポケットから何やら束になった紙を取り出して読み上げ始めるのを横目に確認すると、ピンク色の飲み物を近くにある機械から注ぎ始める。
「魔リョクのヨウ量はゼロ。気功をコウ使する能力もゼロ。種族に関しまシテは、悪マ族に酷似シテいる点もアリましたガ、ニンゲンと、龍族としテの特徴もツヨイ為、判別デキませんデした。体重がイチバンの問題デスね。身長ガ百六十五センチ。体重が二百キロちょうどデシた。ナノデ、ベッドは新調シマした。」
最後の報告を聞いてまた更に難しい表情をしてから飲み物をキエラの前の机に置くシグハ。それを確認してコップを持ち上げたキエラは何やらご機嫌な顔でそれを飲み始める。
今頃、上の階で寝ているだろう少年魔神は一見十代後半の少年で、身長も体格も不思議な点は無かった。だが、体重だけが異常である。少年の細い体に二百キロ近くに相当する筋肉の量が付いているとは思えない、逆に言えば二百キロをあの体で支える事が果たして可能だろうか。これが巨人族の様に魔力を使って筋肉等を補強しているならまだしも、あの少年の魔力容量はゼロなのだ。
「……本人に聞いてみるのが一番だな。教えてくれるかどうか。」
「踏み行っタ質問じゃナケレバ大丈夫デしょう。」
ズズズーっと両者ともコップの中のピンク色の飲み物を飲み続ける。難しい顔をした立ったままの壮年と、楽し気な顔の座った幼女がコップの中身を同時に飲み干すと互いが互いを見つめ合う。
「うん。上手く行ったみたいだな。上出来だ。」
「ヘヘン!キエラに任セれバ、こんなモンデす!!」
彼らが飲んでいた飲み物はイチゴオレだ。シグハがかつて、この世界へ来る前の世界で好物としていた飲み物であり、これまで試行錯誤を繰り返して何度も作っていた物だ。彼が好きだった某有名メーカーのイチゴオレの味を生み出す為に。その為だけに費やした金と労力は計り知れない。
「さて、寝ようか。魔神にはくれぐれも注意してくれ。記憶喪失の少年にしか見えないが、検査結果を見ての通り要注意だ。生物かどうかすら怪しいからな。」
それだけ言って空いたコップを清浄機に入れてキエラの報告を自身のデスクの上の紙にメモし始めるシグハ。それを見たキエラも立ち上がって魔力清浄機に同じようにコップを入れると、ドアへと向かって一人歩きだす。一生懸命腕を伸ばしてドアノブを捻ると振り返って主人の方へと視線を向ける。
「ソレジャ、シグハさま!おやすみなさい!ムリしないで早く寝テ下サいね~!」
「はいよ。おやすみ。」
キエラに背中を向けたまま片腕を上げて返事をするシグハ。そんな彼の大きい白い背中をジッと見つめるキエラの表情はどこか心配をしている様子だった。