その名も呪い師2
やって来たのは、藍色の長襦袢の下に白い丸襟のシャツと紺色の袴を着込んだ書生服のような装いの男性だった。
「あれ? どうしてそんな可哀想な感じになっているんです?」
歳は20代半ばくらいと思わしきその男性は、すぐにあちこちを縛られた輝の姿を見つけると、きょとんと首を傾げた。
体中を太い縄で縛られながら、ウーウーと奇々怪々に呻く男と、それを無表情に見下ろす男。
扉を開けてすぐにそんな異質な光景を目撃したら、誰でも多少なりとも動揺しそうなものだが、男性は状況を問う余裕を見せた。
柔和な顔立ちに合う丁寧な口調は、成人した大人の落ち着きをより際立たせている。
「んーー! んーー! んーーー!」
(可哀想だって思うんなら、早く解いてくれ!!)
輝は男性に助けを求めようとした。
唇は紙切れ一枚に封じられているので、思い通りの音を形成することはなかったけど、輝の願いくらいは伝わるだろう。
良かった。まともに会話が成立しそうな人が助けに来てくれて。
ところがだ。
「何でもありません。騒いで煩いので少し縛っただけです」
輝が何度会話を試みても、頑として応じることがなかった男がさらりと口を開いた。さも、大した事はないと言った風に。
「何だ。そうだったんですね」
それだけならまだしも、信じ難い事に突っ込み所が満載な説明に男性は納得したような声を上げた。
(どう見たって何でもあるだろ、この状況は!!)
輝はカップラーメンのお湯を沸かすよりも短い時間の間に、悟ったことがある。
即、110番案件の事態に遭遇しても動じない程の落ち着きを見せたこの歳上の男は、大人だから落ち着いているのではなく、元より異常事態を異常だと感じ取れないくらいにぽやぽやした性分なのだと。
(待って! 俺の存在は無視なのぉ?!)
男たちは「今日も暑かったですねぇ」と暢気に会話をし始めた。
きっと、輝のことをオブジェクトか何かだと思っているに違いない。
怨み言の一つでも叩きつけてやりたいが、相変わらず妙な札の所為でただ必死に手足を藻掻くことしかできなくて歯痒い。
凄く無様だ。しかも、口に残った僅かな酸素も尽きかけて、徐々に近付いてくる限界に図らずしも涙目になってしまう。
(ほんと、何でもいいから、早くこれ解いてくれてっーー!!)
そんな輝の切実な願いがようやく天に届いたのか。