1ヶ月前、メンタイ湖のちょうど真ん中で起こった出来事について
「いただきます」
見たこともない絶世の美女が、村の前で両手を合わせているのを、最初に見つけたのはメンタイ村の村人でした。
「どうしてこの女は、村の前で手を合わせているのだろう」
村人は、さっそく村長にその話を報告しました。
「見たこともない、絶世の、美女、だって!?」
村長は何故か青い顔をすると。
大急ぎで村人みんなを集めて、女の元へと向かいました。
「何をしに来た、この魔女め!」
いまだに両手を合わせている女性に向かって、村長が叫びます。
「ま、魔女だって!?
この人が?
そんな、馬鹿な!」
村人のみんなが叫びました。
だって、とっても綺麗な人だったのですから。
村に災いを招くと言われている魔女だなんて、信じられなかったのです。
みんなの叫び声に呼応するように、女性は合わせていた両手を解くと、村人たちに声をかけました。
「こんにちは、村人諸君。
私は、あの山を二つ越えた先にある、ドンブラ国の森の魔女である」
女性の言葉に、村人は声をあげます。
「わぁっ、やっぱり魔女だった!」
「な、何しに来たんだ、さっさと出ていけ!」
村人の言葉に、魔女は、悲しそうな顔をして、頷きました。
「なるほど、確かに、魔女である私には、さっさと出ていって貰いたいだろう。
村人諸君らの気持ちはわかる。
だけど、ちょっと待ってほしい。
私だって、長い時間をかけて、山を二つ越えてきたんだ。
正直、とっても疲れている。
申し訳ないが、二ヶ月……いや、一ヶ月だけでもいいから、この村で休ませてもらえないだろうか?」
村人たちは、各々顔を見合わせました。
いくら魔女とはいえ、山を二つ越えて疲れている女性を、問答無用で村の外に放り投げるなんて、流石に可哀想だと思ったからです。
「もちろん、居候させてもらっている身だ。
村の物は、村人諸君らの同意がない限り、勝手に使用しないことを誓おう」
「……その言葉に、嘘偽りは、ないか」
「もちろん。
魔女は、決して、嘘を吐かない」
魔女の言葉に、村長が溜め息をつきました。
「……わかった。
家も貸さないし、食事も分け与えない。
それでも良いならば……1ヶ月だけ、滞在を許可する」
村人たちは『外から来た人に、家も食事もあげないなんて、そんな酷い』と思いましたが、村長の決定には逆らえませんでした。
村長の言葉に対して、意外にも魔女は笑みを浮かべます。
「ああ、それで、問題ない。
……ところで」
魔女は、村の外れにある一角を指差して、言いました。
「ここに家を作りたい。
この一角を、好きにしていいか?」
そこは木材に使えないような捻くれた木が生い茂っていて、あちこちに底無し沼があって、とても人が住める場所ではありませんでした。
「……ああ、好きにしろ」
「ありがとう」
魔女が村長にお礼を言うと。
突然、土地の真ん中にある、ヒョロヒョロの木が、ムクムクと膨れあがり、巨大な木になりました。
さらにその大木は、何故か窓ができて、扉ができて。
あっという間に、立派な一軒家に、なったのでした。
「あ、それと」
魔女は家に向かう途中、思い出したかのように村人たちへ振り返ると。
近くにあった木を、軽く叩きます。
「引っ越し祝いなので、皆で好きに食べていいよ」
魔女はそんな言葉を言いながら、家の中へと引っ込んでいきました。
村人たちは不思議に思いながら、木に近づくと。
……なんと、木が、お菓子になっていたのでした!
「な、なんだこれは!
ふわふわで、ぱりぱりで、美味しい!」
それは、チョコでコーティングされたバームクーヘンという名前のお菓子でしたが、砂糖が貴重なこの世界です。
村人たちはもちろん、村長ですら、そんな嗜好品を食べたことはありませんでした。
皆は、争うように、お菓子を食べていくのでした。
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その後も、魔女はちょくちょく、村人にお菓子を提供してくれました。
子供たちが魔女の周りに集まると。
「この枝を、好きにしていいか?」
と言って、チョコや飴玉やマシュマロの実をならしてくれたり。
奥様達が周りに集まると。
「この岩を、好きにしていいか?」
と言って、アップルパイやフルーツタルトに変換してくれたのでした。
そんなわけで。
最初は不審に思っていた村人たちも、次第に魔女に、心を開き始めていたのです。
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「村を出る、だと?」
「そろそろ、約束の1ヶ月が過ぎるからね」
魔女は村長に、出立の日にちを伝えました。
「そうか。
……村を守るためとは言え、あの時は私が悪かった。
どうやら魔女のことを、誤解していたらしい。
……もし良ければ、いつまでもこの村にいてくれても、良いんだぞ」
「偏見を向けられることはなれているよ。
それに、旅立つことは、最初から決めていたからね」
魔女は肩をすくめると、言葉を続けます。
「それで、もし良ければ、出立の前日の晩に、村人の皆に、お菓子をたくさん振る舞いたい。
……どうだろうか?」
「ありがとう、村人の皆も、喜ぶだろう」
村長は、二つ返事で了承したのでした。
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魔女が村から旅立つ前日の夕。
村人たちは、いなくなる魔女に、思い思いの言葉を伝えていました。
特に小さな子供たちは、泣きながら「行かないで!」と魔女に抱きついてきたので、さすがの魔女もたじたじになっていたのでした。
そして、ゆっくりと日が暮れた頃。
村人たちの前で、魔女はいつものように、村人たちに声をかけます。
「この砂利を、好きにしていいか?」
村人たちが頷くと、魔女はその辺にある石ころを指差します。
すると、石ころはたちまちマカロンへと姿を変えるのでした!
村人たちは、もちろんみんな、大喜びです。
「この切株を、好きにしていいか?」
魔女の質問に、またもや村人たちが頷くと、魔女は切株を3段重ねのケーキに変えたのでした!
「この沼を、好きにしていいか?」
村人たちが頷くと、たちまちジュースに変わったし。
「この辺の地面を、好きにしていいか?」
村人たちが頷くと、地面にはビスケットがいつの間にか敷き詰められていたし。
「あの星を、好きにしていいか?」
空の星の1つを指差した魔女に村人たちが頷き返すと、星は爆発して流れ星となり、金平糖として村に降り注ぐのでした。
「この村を、好きにしていいか?」
たくさんの甘いものを頬張りながら、村人たちが嬉しそうに頷き返すと。
すう~!
魔女は大きく息を吸い込んだのでした。
それだけで。
村にある、全部がぜ~んぶ、魔女の口の中に、吸い込まれていったのでした
つまり。
村の木も、枝も、岩も。
石も、切株も、沼も、地面も、星も。
マカロンも、ケーキも、ジュースも、ビスケットも、金平糖も。
家も、小屋も、家畜も、人間も。
村長も、村人も、奥様方も、子供たちも。
全部がぜ~んぶ、魔女の口の中に、吸い込まれていったのでした。
村のぜ~んぶを好きにした魔女は、ごっくん、と、喉を鳴らして。
そして。
水がたまれば湖になるような、大きな大きな、穴ぼこだけになってしまった村の真ん中で。
ぺろりと唇を嘗めた後に、手を合わせて、言ったのでした。
「ごちそうさまでした」
他にもいろいろ小説書いております~。
同じ魔女の、別のお話。
1週間前、ドンブラ湖のちょうど真ん中で起こった出来事について
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