4.私と桐谷……と推し
推しが目の前に現れたら、正気は保てるかについて。作者は無理です。
地に伏せる常磐を見下ろし、後退る。当然竹刀は構えたままで。何時でも面打ちできる状態だ。
今桐谷はレベル1、これは初期ステータスに変更がなければ間違いないはず。覚えてる技は身体強化とローキックと面打ち。これでレベル50の始祖に挑むとか無理。不意打ちでここまでやるのが限度。
てか、レベル差がありすぎなんだよ。レベル1の全力でも間違いなく、ダメージ0でしょ?なんでまだ常磐倒れたまんまなの。油断させてんの?
……いや、そもそもなんで成仏する前に見せてくれてる夢なのに疲労感があんの。全身の血が沸騰するぐらいに熱くなる感覚とか、普通味わえないよ?
てか、身体限界っぽい。竹刀構えるだけしか、出来ない。よくこんな身体動かしたな私。
そして、ふいに鼻に甘い香りを感じた。……チョコレート?そいや、桐谷の身体強化って五感も強化されるんだっけ。
「……助けに入ろうと思ってたんですが、驚きました」
空中から、超絶可愛い声が聞こえた。当然、視線を空に向けた。
ふわふわと、空中浮遊しながらこの場を眺めるセーラー服を着た女の子。板チョコをかじって、瞬きしながらこっち目線くれてるし。金髪ゆるふわウェーブの、小柄で守ってあげたい系。赤い瞳が美しい女の子。
杖を両手で握ってる、佇まいもいい。とにかく可愛すぎる。彼女の魔術師って職業、魔法少女とか魔女っ子とか可愛い系の名前に全力で変えたい。
ーーー我が推し、井吹つぐみ降臨きたあああああああああ!
多分、彼女が天国行きの案内人かな?おねーさんまじ幸せだわ、いや一生の悔いなし。
って、今桐谷なんだから。多少は主人公ロープレしなきゃ駄目でしょ。
って、つぐみたん降りてきた。で、私に近づく……んじゃなくて。ぶっ倒れてる始祖に近付いたああああ!?
危ないよつぐみたん、あいつレベル50だよ!?あ、でもつぐみたんもラスボスになれば80に、ってだめだめだめっ!つぐみたんの寿命が縮む!
……って、あれ?
始祖、いつの間にいなくなってんの?常磐が倒れていた所に、何もない。あるのは常磐を下に落とした時にできた、地面のへこみだけだ。
穴空いてないから、器物破損には……ぎりならない……?
「幻覚であなたに、始祖がそこにいると見せかけたまま霧になって逃亡したのですよ。ーーー始祖というのは、生き永らえた分、生き延びるための知恵を身に付けますから」
可愛らしい声で説明どーも。おかげで気分的には元気、って逃がしたか。まぁいいや。
既に限界だった桐谷の身体で、私は竹刀を地面に落としてゆっくりと座り込んだ。
桐谷になってるんだし、女の子座りより胡座でしょ。
「ねぇ、貴女とても強いのね!」
にっこりと華やか、かつ愛らしい笑顔を浮かべて推しが隣に座ってきました。神様、あなたがとても優しく慈悲深いのはよくわかった。これ以上のご褒美はむしろ心臓に悪いです。そろそろ成仏してもいいのよ私!?
てか、ちょっとシナリオとは違って常磐に一撃入れたから推しの好感度上がってない?正規ルートだと、常磐から助けてもらった桐谷は騒ぎを知って駆けつけた鳴神先輩と、偶然近場で戦闘してた攻略キャラ3名に身柄を預けられるんだけどね。
桐谷に興味を持つイベントは、5月の始めに起きる。ーーーそして、6月の梅雨の始まりの日に、つぐみたんは人類の敵になる。これが私の知ってるどのルートでも共通で起きるイベントだ。でも、現時点でめっちゃ友好的。推しの笑顔が眩しい。
「……どーも、あんたは、アタシを迎えに来た天使?」
桐谷が天使と呼ぶのは、双子の歳が離れた兄妹なんだけど。今は私が桐谷になってるし、おまけにそろそろさいごの夢も終わる頃でしょ。なら、自分の言葉を混ぜてもいいよね?
天使、という言葉を聞けばつぐみたんは笑い始めた。くすくす、と口元を押さえて。可愛いなまじで。
「天使じゃないわ、人間よ。貴女自分が死んだ、って勘違いしてるのね?ーーー私の名前は井吹つぐみ。ようこそ新たな狩人さん、貴女はこれから私が通う清浄学園の学友になるのよ!」
私は唖然とした。知らない単語があるわけじゃない。
学校の名前も、つぐみたんが通う学校のことも、よーく知っている。
問題は、この説明はつぐみたんはやらない。この後合流する、鳴神先輩がやるんだ。
ルートが変化してることに、私は動揺を隠せなかった。