17.果たし状と書いてラブレターと読む
入学式から10日が経ち、レベル上げは順調だった。
単独狩り二日目で第一目標のレベル5まで行ったし、そこからは狩場を墓地に変更した。
獲物はより経験値効率のいい悪霊や、低級妖怪狩りに移行した。おかげで現在のレベルは15、目標の半分だ。報酬で財布も潤ってる。
ダンピールは、実態のある異形しか倒せない。
ただ、悪霊を唯一肉弾戦で狩る方法がある。
「素殴りの兵糧丸10粒セット、1000円でござる。……また今日も単独でござるか?」
峰のアイテムショップで買える、実態の無い異形を攻撃できるようになるアイテム。これ一粒で2時間幽霊に対して物理攻撃が通る。ただ、威力は半減。
でもその分、技の反復練習みたいになってありがたい。桐谷は喧嘩慣れしてるけど、私はあくまで中高時代オタでしたから。職場もオタ率高いし。
つまりゲーム知識だけでは無理、私も肉弾戦に慣れる必要がある。
「……まーな、他人の荷物になるの趣味じゃねーんだわ。わりーけど」
これは、桐谷の半分の気持ち。もう半分はどーしても、自分だけの力でトキワを止めたいから。私の力を借りるのが、自分の中で最大限の譲歩らしい。
そして私も、攻略キャラの力を借りる気は無い。理由は経験値効率と報酬分配。
ーーーレベル30になっても、お金が貯まってなきゃこの計画は破綻する。峰が安く売ってくれたら話は別だけど、峰は割とお金にシビアなので交渉するだけ無駄だ。
「……拙者達を誘ってくれても構わんのでござるよ?あの場に召集された狩人は、桐谷殿をサポートする役割を引き受けた強者のみ。無茶な狩りは死に急ぐだけでござるよ」
端から見たら、間違いなく無謀だろう。でも、桐谷だけじゃない。私がいるから、大丈夫。
ただ、峰の気持ちは嬉しい。これは、私も桐谷も同じだった。
「……ありがとよ、本気でやばい時は借りるから。今はまだ、問題ねーよ」
にーっ、と笑った。これで納得してくれればいいが。
峰の机の上に、代金を置いた。峰ははーっ、と大きく息を吐いて兵糧丸と、手のひらサイズの赤い巾着袋を私に手渡した。
「……救難信号の狼煙玉でござる、困った時に地面に投げつければ救援が来るでござるよ。桐谷殿、それぐらいもっておくべきでござる。ーーー今回だけでござるよ」
まさかサービス品。アイテム毎日買ってたらおまけくれる友情イベントがあったけど、毎日は買ってない。毎週月曜購入。そこまで好感度上げてないはず、攻略難易度も友人キャラの中では普通だし。まぁ、考えても仕方ない。渡された物を、鞄の中に入れた。
「了解、全部終わったらお前と一番最初にパーティー組むわ。やりやすそうだし」
実際ゲームの時も最終パーティー必ず入れてたからね。遠距離攻撃型、攻撃ターン順最速は正義。
「……拙者としては、つぐみ殿と組んだ方が桐谷殿の為になると思うでござるがな」
私は笑顔がひきつる感覚がしたので、全力で逃げた。
恐らく好感度地味に高くなってるのは、同士扱いされてるのではという危機感がある。やめろ中に誰もいないから。桐谷の中の私を看破すんなし。
『あいつ、いい奴だな。喋り方変だし、読んでる漫画は少女漫画っぽいけど』
少女漫画じゃない、あれは女の子のハーレム漫画だ。しかも学園物。おまけに実は、喋り方も一人称もキャラ作り。一部女子から隠し攻略ルートも入れて欲しい、という声もあった。ネタガチ両方で愛されるとか濃いわ。
『そーだ、午後は私が変わる。妹がへ忘れ物持って寮に来るんだ。今のペースなら、一日狩り休んでも問題ないだろ?』
流石シスコン兼ブラコン、二人と過ごす時間はしっかり用意してる。断る理由は無い、進行度もいいし問題ないだろう。
今日の午後は授業ないし、休養日として桐谷に鋭気を養う時間をプレゼントすることにした。
「もー、おねーちゃん。だめじゃない、目覚まし時計無いと起きれないんだから。寮の人に迷惑かけちゃだめだよぅ?」
寮の玄関前に来たのは、小さい愛らしいおかっぱ頭の訪問者。赤いランドセル背負った小学生が、桐谷にカエル型の目覚まし時計を差し出した。ぷりぷりと、怒る姿も可愛い。桐谷の妹、月子ちゃん。桐谷が頭が上がらない、三人の内の一人だ。
……桐谷、めっちゃはしゃいでる。時計受け取ったら全力で妹に抱きついて頬擦りしてる。姉御キャラを崩壊させる迷シーン。見たいけど、見たくなかった。
「ごめんなぁー、月子がおこずかいで買ってくれたのになー。これでちゃんと、毎日起きるよぉー」
現実は、私がちゃんと毎日起きてるんだけどね。寝坊しかけたのは入学式の時だけ。
「仲良しですのね、良いことですわ」
くすくすと、楽しそうに飛鳥が笑ってる。冷静になったのか、ゆっくりと桐谷は月子を放した。
ーー寮は、外部の人間を入れる時に寮の管理人+監視役が必要だ。飛鳥、ともう一人。階段に座って楽しそうに笑う犬居。峰じゃなくて良かったね、ここ二分の一で峰だから。
「やー、桐谷ちゃんも妹の前では腰砕けやなぁ?やっぱみてておもろいわ君」
見世物じゃない、と言わんばかりにむすーっとした表情を浮かべる桐谷。さっきまでのデレデレな笑顔はどこ行った。
「月子ちゃん、ですね?宜しければ今からアフタヌーンティー……っと、おやつの時間なんです。庭園で美味しいお菓子と紅茶はいかがですか?」
「いいのかっ!?」
桐谷が、飛鳥をガン見した。ものすごく驚いている。
事前説明として、寮は血縁者だとしても内部に人を入れてはいけない。理由は機密保持や、侵入者防止。
いくら子供とは言えど、例外はないと聞いていた。
ーーーそして、後天性狩人には清浄学園に入る時一般人への危険を防ぐ為。親族との交流に制限を掛けている。
「お庭でしたら大丈夫です、犬居先輩もご一緒してくださいね?」
にっこりと笑う飛鳥に大きいため息を吐いた後、気の抜けた笑顔で降参とでも言わんばかりに両手を挙げた。
「……しゃーない、一時間だけな?それに、桐谷ちゃんは少し息抜かないかんし」
あ、やっぱ単独狩りばれてる?飄々とした犬居の眼が、少し優しい。
「勉強熱心は良いことなんですがね。ーーー生き急いだら、駄目ですよ?」
後半の言葉を、桐谷だけに聞こえる様に囁いた。
単独狩りを頻繁に行うと発生する、飛鳥のイベント。タイトルは『幼い寮母』だったはず、これに桐谷は少しだけ気まずそうな表情を浮かべて。
「……すまん、恩に着る」
桐谷はこうやって、少しずつ周りに馴染んでいくんだ。友達を失った寂しさや傷を、埋めていく。
「あ、おねーちゃん。そう言えばもういっこおとどけあったの。ときわおねーさんから!」
ときわ、という単語に三人に緊張感が走る。桐谷もかなり動揺しているが、妹の手前落ち着いた様子で一通の白い封筒を受け取った。
すぐに、桐谷は封を開けた。飛鳥も犬居も、ガン見してる。
愛しの陽へ
来週の金曜日の夜、私の為に開けておいて。
中学校の屋上で待ってる、来なかったらまた貴女の前で同じことをするわ。私、本気よ?
黒森常磐
「……あいつっ……!熱烈な果たし状じゃねーかっ……!」
お茶会は穏やかに行われた、が。桐谷はずっと緊張感たっぷりだった。無理もない、だって妹に危険が迫ってるんだから。
言わなかったのは、その危険は絶対に起こらないんだから。5/1までに間に合う様に、レベルは、あげ………っ!?
予定が、早まってる。来週の金曜日は5/6じゃない。
……一週間、早まってる。後、二週間しかない。
私の心も、ざわっと、した。