15.早起きは三文の徳どころじゃなかった
目覚ましが鳴り響く。爆音で耳が痛い、瞳を細めて額を右手で抑えながら何とかベッドで上半身を起こし、目覚まし時計のアラームを止めた。
「……あー、そうだ。仕事じゃないんだ」
ここは、私の部屋じゃない。桐谷の部屋、桐谷に与えられた寮の一室だ。大正テイストを感じさせる内装、お屋敷の客間を寮として解放とか贅沢か。
そして、ベッドから脱出してジャージとTシャツを脱いで、ベッドに放り投げた。そして目蓋を擦りながら、クローゼットを開ける。
清浄学園の制服。まさか、高校卒業してまた制服を着るとは予想外だった。桐谷が学校行けばいいじゃん。
『……入学式は、気分じゃねぇ。パスだ、オレンジお前が出てくれよ』
本来なら清浄学園じゃなく、友人と行く予定だった高校の入学式だったから無理もない。目の前で友達が燃えた事の傷は、癒えないだろう。トキワと決着さえ付ければ、前を向けるはずだ。だって桐谷なんだから。
小さく溜め息をついて、精神年齢19歳が、高校の制服に手を通した。
部屋を出て、洗面所で支度してダイニングルームへ向かう。既に同じ寮の峰と犬居が、家主兼寮長の飛鳥と食事を取ってるとこだ。
「おはようございます、桐谷さん。いいえ、今日からは桐谷先輩ですね」
穏やかな笑顔が優雅、てか紅茶飲んでる大和撫子。部屋の内装が、大正ロマン漂う洋風スタイルだから。文明開化の時期のお嬢様、って言っても疑わない。
ここだけ時代逆行してる。嫌いじゃない。
「桐谷殿は朝が苦手でござるか?」
味噌汁を飲み終わり、一息付く峰。学ランの下から見える幼女キャラのオタTやめようよ。雰囲気が、壊れる。
「はよ食べな、遅刻すんで?入学初日なんやから」
けらけらと、犬居は笑いながらトーストとサラダ食ってる。ガタイの割には肉っ気がない、犬居は肉類を、一切受け付けないんだよね。ちなみにベジタリアンでもヴィーガンでもない、ゲーム初見の時は少し犬居の食事風景には驚いた。
「遅刻なんかさせませんよ、素早く食事は終わります。おにぎりと、味噌汁をご用意致しました。具入りです、シャケと明太子は平気でしょうか?」
制服姿で給仕する森生、ありがとう気遣い。明日はもう少し余裕をもって起きるよ……!
「森生、それだけじゃお腹が空いてしまうわ」
飛鳥、いいんだって。私が悪い、朝ギリギリまで寝て食事はコンビニおにぎりで済ませてた私が悪い……!
「問題ありません、空腹補填用にビスケットを用意しております。通学のお供に、お持ち下さい。ーーーお嬢、自分の事に集中を。そのハーブティー飲み終わるまで、食事終わりませんからね」
気遣いができる森生、まじありがたや。飛鳥は苦虫を噛んだ表情をして、紅茶じゃなくてハーブティー飲んでる。
ーーー忘れてた、飛鳥悪魔との契約で生まれた後天性魔術師だ。悪魔の邪気侵食予防で、薬草風呂とかハーブティーとか毎日やらなきゃいけないんだ。森生も同じく、予防でやってる。森生は高校生ながら、飛鳥が怠らないようちゃんと管理してる。
仕事ができる有能な執事長、見た目が美形キャラじゃなくてもこれなら人気が出る!と、思うところなんだけど。
「……おっぱい大魔人の癖に、生意気な」
森生と飛鳥がばちばちぃ!と睨み合う、スチルだと火花飛んでるんだよね。リアルではそんなの存在しない、朝から元気だな。てか飛鳥は何故森生の性癖を知ってるんだろうか、聞きたくもあるが怖い。
そんなやり取りの中、私は素早く食事を終えメイドさんからビスケットの入った小さい袋を受け取り、素早く峰&犬居とその場を去るのであった。
「相も変わらずでござるなぁ」
スチルには存在しない、峰&犬居と一緒の登校。桐谷は序盤まだトキワのこと引きずって、誰とも交流積極的にはしないんだよね。峰の呆れ顔って新鮮、いつもは人を呆れさせる側なのに。
「喧嘩する程なんとやらやろ。兄妹みたいなもんやしな、あの主従」
飄々とした笑顔を見せる犬居、本当つぐみたんの件さえなければ顔面と性格まじで好みなのに。和解しないかな、難しそうだけど。
「っと、俺先行くわ。理事長に報告せなあかんこと、あるし。峰、桐谷ちゃんの道案内しっかり頼むで」
犬居いいいい!爽やかに走り出すな頼む、峰と二人きりやめて!こいつと入寮時から、なるべく接しないようにしてるんだから!オタバレしないように!
「……桐谷殿、拙者、是非貴殿に確認したいことがあるでござる」
峰は真顔で聞いてくる、思わずこっちも表情が引き締まる。
「……あぁ?何だよ」
わたしは きりやの めんちをきる をつかった!
「桐谷殿、貴殿もしや井吹殿みたいな女子に萌えを感じているのでは?」
みねは ちょっきゅうを つかった!ってやめろ近からず遠からず八割ぐらい当ててくるなあああ!つぐみたんしか女子キャラで、どストライク判定出したことないもん!否定しようとした、その瞬間だった。
私達に駆け寄る、一人の絶対不変の愛らしさ。
「桐谷先輩、峰君おはようございます!」
私の心臓が、大きく跳ねた。つぐみたん可愛いいい!朝から眼福だわまじで、これ毎日続いたら死んじゃう!
「おー井吹殿、おはようですぞ!おそらく今年も同じクラス故、宜しくお願いするでござる」
そいやこの二人同級生だったああああ!そして狩人と一般人はクラス分かれてるんだよね、授業風景の描写ゲームでは少ないけど!攻略対象以外のモブキャラ焦点あんま当たんないけど!
「……はよ」
これ以上キャラは崩せない、平静に挨拶を返した。
「あれ、桐谷先輩今日は髪下ろしてるんですね!」
そいや忘れてた、伸ばしたこと前世ではなかったし。
「どーりで、邪魔くさいと思った」
染色してる割には触り心地のよい髪を、軽く触った。結ぶにしろどうしよう、後で桐谷とチェンジしてやってもらお。
「……あ、そーだ。先輩しゃがんで」
言われるがままに、その場にヤンキー座り。
つぐみたんは鞄から赤い一本のリボンを取り出して、素早く私にポニーテールを作ってくれた。
推しにリボンを借りて、髪をいじられる。これ、どういう徳積んだらこんな未来になるの?
「一本ありました、使ってください!」
ああああ笑顔が眩しいいいい!え、推しからリボンもらったよ!何かお返し、お返し……あ。
とりあえず立ち上がる。で、こっちも鞄からビスケットの入った袋を取り出し、つぐみたんに差し出した。
「………あげます」
いや、桐谷ならやるよ!とかん、ってぶっきらぼうに渡すよね!何普通に敬語?相手は年下なんだから普通に喋れ、私は今桐谷陽なんだから!
「ありがとう、ございます」
あーつぐみたんクスクス笑いも可愛いよおおおお!これだけでもう胸いっぱいだ、空腹なんて無縁!
「………姉妹?それとも、百合……?」
峰、つぐみたんの前で小声でんなこと言うなはったおすよ。後私は恋愛対象は異性だからね。
この幸せな登校&推しからの贈り物のお陰で、入学式は終始聞き流してしまったのは言うまでもない。在校生代表挨拶鳴神先輩だったけど、正直すまぬ。
クラスに入っての説明会も早々と終わり、午前中で下校となった。
「さて、いくか」
ぐーっ、と立ち上がり教室を早々と出た。八島にクラス親睦会でカラオケいこうぜ、って言われたけど用事があると断りをいれ。クラスメートは桐谷の外見にびびらない、みんないい子だった。まぁ歴戦の狩人だしね、ヤンキーでも怖くないんだね。
『ヤンキー言うな、今から何処行くんだよ』
学校の裏山、訓練用のとこ。
『……おい、そこ新入生単独で入っていいの明日からだろ』
おー聞いててくれたのね、ありがとう。
でも大丈夫、奥には進まない。ソロでの狩りの報酬金と経験値は、全部私に入る。ゲームでこの森の入り口付近で、ソロで10まで上げてた。でも死にたくないからまずは低レベルの異形狩りから。
まずは、私の戦い方を身体で覚えてね。
「ーーーこの力は、友の為に」
端末が、オレンジに光った。