第1話
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「おーい、早く帰りたいんだが急いでくれねーか?」
不機嫌な口調で言うものの、筆頭魔術師殿は聞く耳を持たず研究所の奥で数名の助手と興奮気味に何かを続けている。
正直こちらとらやっと3か月の騎士団の遠征が終わり、急いで愛する家族の待つ家に帰りたかったのだけど。流石に国王様直々のご命令に逆らう事はできなかった。
それで国お抱え魔術師のトップ達が日々研究しているこの第1研究所に訪れた訳だが、声を掛けてもこうしてずっと放置されている。
幼少期の頃からだけど、ほんと俺って思い通りになんにも上手くいかない。
普段の魔術師殿は俺のその不満を知っているから、こんな風に放置したりはしないのだけど。やっぱりどこまで行っても魔術師の性には勝てないようだ。研究所に居る魔術師の全員が似たように興奮状態になっているから、長年の研究が完成でもしたのだろう。
まあ、そう考えると多少待たされるのも仕方ないとは理解できるのだが。俺も唯一手に入れる事の出来た大切な家族の元に帰りたいってのも理解してほしいものだ。
「こりゃぁどれだけ待たされるか分かったものじゃないな」
お祭り騒ぎになっている現状に、俺はため息をつきながらそう愚痴をこぼす。
人生45年やってきたが、本当に上手く行く事なんて少ないものだ。
そんな事を思いながら、どうせ暇なので自分の半生を振り返ってみる。
周りから見ればたかが平民が第2騎士団副団長まで出世し、子爵家の二女を嫁に貰い2男3女と子宝にも恵まれた。
そう、それだけ見れば俺は滅茶苦茶恵まれているだろう。実際は初恋の人と両想いなのに引き裂かれ、出世しすぎてしがらみが多くなりすぎて身動きが取れなくなっている。
やっと見つけ出した初恋の人は、全然幸せになっていなくて。それどころか俺が見つけた時には、薬漬けにされて精神崩壊すらしかけていたくらいだ。
親兄弟も天才の弟が英雄街道を進んでいたところまでは良かったのだけど、天才にありがちな性格破綻者で戦場で邪魔だったからと王族を切り殺した。
そのせいで偶々別の戦場で手柄を上げまくっていた俺が国に戻ったころには、一族郎党全員処刑された後だった。勿論俺は手柄の全てを無かったことにされ、当時も副団長までのし上がっていたが平団員に降格された。
まあ、それだけで済んだのは、同じ戦場に居た王太子だった現国王様と当時から筆頭だった魔術師殿のおかげなのだが。だからこそ2人には全く頭が上がらない。
そもそも、幼少期から2歳下の弟の方が剣技も魔術も俺より上で。同年代どころか12歳の頃に当時最強の騎士を圧倒してしまう天才だった。
で、比べられる俺はそれはもうあの天才の兄なのにって散々っぱら言われ続けてきた。
俺だって死に物狂いで訓練したんだが、何をやっても中途半端で。相対的に最も苦手な魔術の腕が1番才能があるんじゃないかと言われる始末だ。
弟も魔術が一番苦手だったからな。それでも王国お抱え魔術師達と遜色ない腕だったのだけど。
因みに一族郎党全て処刑されているのだけど、原因の弟はまんまと別の国の将軍に収まっている。そして、その国でそれはもう好き放題やっているようだ。
流石にあいつも1人で大国である我が国と争うのを嫌ったか、遠い小国に行っているので詳しくは分からないんだがな。知りたくもないって言うのもある。
そもそも親や他の兄弟と仲が良いどころか、かなり険悪だった俺は敵を討とうって気がさらさらないのもあるけど。
こう考えると弟に滅茶苦茶にされた人生でもあるなぁ。
幼少期は圧倒的才能で俺をフルボッコにしたし。騎士団に入りなんとか折り合いつけて、すぐに将軍になったあいつと違って地道に頑張っていたのにそれもぶっ壊され。
流石にもう駄目だと落ち込んでいたら、初恋の人のおかげで吹っ切る事ができたのに。俺の事を良く思わない連中に引っ掻き回されて、恩を受けたのに仇を返してしまった。
今の嫁だって可哀想だ。好きでもない男と無理矢理結婚させられ、それなのにずっと真摯に愛そうと努力してくれた。
勿論俺も努力したのだけれど、暫く初恋の人を吹っ切れずどれだけ傷つけた事か。
いや、これに関しては今の方が酷いかもしれない。初恋の人を助け出してからは一緒に住まわせ、そのお世話までお願いしてしまっているのだから。
しかもだ、どちらの方が大事かと聞かれ俺は答えを出す事が未だにできずにいるんだ。
弟のような腐った事はしないと決めていたのに、俺も同じ親から生まれただけはあるのだろう。人を傷つける所だけはしっかり似通ったようだ。
だからこそ、嫁には頭が上がらないし。それでも俺を愛そうと努力してくれているのが心苦しくてならない。
でも、初恋の人は手放せないし、嫁と別れるなんて狂ってしまう。
更に最低な事に、どちらにも子供を産ませているし……2人の仲が良いのが不幸中の幸いかもしれないけど。
ともかく、2人とも今が幸せだと言ってくれているのだから、やはりこの幸せだけは絶対に守ると決めている。
息子娘達も奇跡のようだがこんな俺を慕ってくれているし、本当に俺には勿体なすぎる家族だ。
ほんと今は出世とかどうでも良いし、とにかく家族との時間が欲しい……のだけど。恩のある国王様には頼られて、無下にできないのが悩ましいな。
何はともあれ、色々と失意と苦労が多かった俺の人生だけど、やっと幸せをつかんだって訳だ。
しみじみとそう思った俺に、やっと魔術師殿から声が掛かる。
「リック。待たせたな」
「本当だよ。まあ何か完成したんだろ? だったら仕方ないさ」
満面の笑みを浮かべる魔術師殿に、俺は苦笑混じりにそう答える。
そんな俺の返答に、聞いてくれと魔術師殿は鼻息を荒くしまくしたて始める。
「そうなんだ、聞いてくれよ。この薬は革命を起こすぞ! 飲むだけでどんな古傷すら治る特効薬なんだ。これさえあれば重傷者ですらすぐに回復する事が出来るし、怪我で引退を余儀なくされる者だって助ける事ができる。ただ、このままだとあまりにコストがかかり過ぎるから、改良が必要なんだがな。ともかくだ、これを飲んでくれ。試そうにも僕達は深い古傷なんてないからな。そこで大きな傷を負ったお前に白羽の矢が立った訳だよ。お前の傷も治せたら王様も喜ぶだろうし、研究の成果としても申し分ない。何よりお前の戦闘力が戻るなら願ったり叶ったりだ。その傷のせいでだいぶ苦労しているんだろ?」
「おいおい、落ち着いてくれ。分かったよ、飲むから」
手渡されたガラスのコップには、不思議な色の薬が満たされていた。
常時色が変わっていって得体の知れなさは凄まじいが、魔術師殿は信頼しているので飲むことにあまり躊躇いはない。
まあ、実のところこうやって俺が試験的に飲むって事は少なくないのだ。これまでで1度も害があった事もなかった。
そもそも、仲間内で何度か試し飲み位はしているのだろう。そして、今回のはどのくらいの傷が治るのか本当に確認したいのだろうな。
俺は5年ほど前の戦いで背中に重傷を負った。辛うじて一命はとりとめたのだけれど、確かに激しい運動をすると激痛が走る。それでもさっき思い出さないくらい、俺にとっては小さな出来事の1つだけど。
ともかく、そのせいで動きのキレは怪我前と比べて段違いだし、年齢による衰えも最近は顕著だった。
加齢による衰えはともかく、怪我が治るのなら俺としても嬉しいし、そのまま変色している薬を一気に飲み干した。
「そうそう、変色中だとどんな効力になるかまだ研究中だから、もうしばらく待って色が青色に落ち着いてから飲んでほしい。興奮して少し揺らし過ぎたな。折角青色に落ち着いていたのにまた変色が始まってしまった――リック! 何故変色中に飲んだんだ!?」
薬を飲んですぐ意識が遠のきだした俺は、魔術師殿の言葉を最後まで聞くことができずにガラスのコップを落とした。
ガラスの割れる音で気づいたのだろう、魔術師殿が焦って怒鳴る声が遠くに聞こえる。
ってか、飲んでも大丈夫な状態の物を渡してくれよと、焦る魔術師殿に返す。
いや、返そうとしたのだけど、おかしなことに視界が完全に暗転した。
あれ? これヤバくないか? 今俺がどんな状態なのか全然分からないし、何より意識が完全に飛びそうだ。
待ってくれ、俺はこんなところでは死ねない。
リーシャもエマも俺を待ってくれているんだ、ぜっ……た……い……に……かえ……る――
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