鱗の生えた女
私、二十歳。大学生。
今日もまた、平気で嘘をつく。
一ミリも似合っていないワンピースを着た女をべた褒めした。最後まで興味のそそられなかった本を面白かったよと言って返した。たいして美味しくもない手作りクッキーを美味しい美味しいとボリボリ食べた。行きたくもない飲み会の誘いに食い気味にイエスと返事をした。代返しといて、の言葉に笑顔でいいよと答えた。貸したシャーペンが壊れて返ってきても気にしないでと女を赦した。一人でバスで帰りたいのに最寄り駅までみんなで歩いた。
一日中、ぱっとしない男に愛想を振り撒き、いけ好かない女に媚びへつらった。
私のからだに、またざらざらと鱗が増える。
嘘をつくとからだに鱗が生える。そのことに気づいたのは、ちょうど中学を卒業するころだった。
はじめは腰から臀部にかけて、皮膚が硬く、ぼこぼこし始めた。なにこれ恥ずかしい、と思うまもなく、卒業式の前日、腰に一枚鱗が生えた。藍色の、つるつるした、花びらみたいな鱗。こわくなって触っていたら、それは案外脆く、ぽろりと剥がれた。
親にばれないように、ティッシュで二重にくるんでゴミ箱に投げ捨てた。
翌朝起きたら、少し大きくなったそれは、なに食わぬ顔で元いた場所に再生していた。
結局私は、腰に鱗を一枚くっつけたまま卒業式に出た。涙は出なかった。
式が終わり、クラス会が終わり、卒業したくないと泣き腫らす友人に、私もだよ、と返した。
その晩、二枚目の鱗が生えた。
高校生になって、本格的に、自分を偽ることを覚えた。言いたいことを言いたいままに、やりたいことをやりたいままに。そんなの、馬鹿のやることだ。
笑って済ませるのが一番平和。相手に合わせるのが一番楽。十五、六になって、ようやく私はそのことに気づいたのだった。
あきらかに気の合わない人間とも友達になっておく。少しテストでいい点数をとったら、まぐれだよと言って謙遜する。熱血タイプの担任に、みんなと同じく冷めた視線を送る。文化祭で羽目を外す友人に付き合う。早く帰りたくてたまらないだけの体育大会で笑顔で円陣を組む。クラスみんななかよし、のみんなの中に、さも自分も入っていますよ、という顔をする。
毎日毎日鱗が生えた。
高校卒業を間近に控えて、一度だけ、鱗を剥がしては捨てることに躍起になった日がある。その日は一晩眠らずに起きていて、朝方、まっさらな皮膚を見て、私は嬉しくて泣いた。私は、化け物なんかじゃない。
安心して眠ったら、お昼前に目覚めたときには、すべてが元通りになっていた。
生え揃った鱗をジャリジャリ撫でながら、それでも、私は生き方を変えることができないまま、大学に進学した。
鱗は臀部を覆い尽くすと、次は太腿から生え始めた。青く光る下半身。私はもうミニスカートが履けないからだになってしまった。まあそれに関してはべつに、そんなに困っていないけれど。
それよりも。五年後、ないし十年後のことを考える。
いずれ私の脚は藍色の鱗で埋め尽くされて、地上での生活を、諦めざるを得なくなるだろう。
この憐れな口を開かずともいいように、水の中へ、沈黙の世界へ、川へ海へと還ることになるのだろう。
私、泳げないのにね。
終