体臭欲情、彩香さん
隣の席にいる女子が俺を見ている。
澄彩香。
美人で成績も上位クラス。運動神経もバツグンで誰とでも仲良くなれる、そんなアニメのヒロインみたいな完璧女子だ。
「ねえ、タコスくん」
タコスくん、それは俺のあだ名。
俺んちがメキシコ料理屋をしているから小学校の頃からそう呼ばれていた。
別に肌がトルティーヤみたいに少し粉っぽいとか、体臭がスパイシーだとかじゃない……と思う。
「な、なに?」
急な事だったからキョドってしまった。
普段から隣の席だといってもそう頻繁に話したりはしない。
俺は孤独を愛する独り者だからだ。
「わたしね、タコスくんの匂い、好きだなあ」
「ほえ?」
いやいやいや、冗談はやめてくれ。
におうとすればメキシコ料理のスパイスが服とかにも染み付いているからだろうか。
俺の体臭じゃないと思いたい。
「で、でも……」
俺はクラスでも目立たない陰キャのぼっちだ。
声でもかけてくれないと女の子としゃべる事もしない。自分から話しかけるなんて事はできない。
「ねえ知ってた? 匂いってね、直接伝わるものなんだよ」
「直接って……どういう事?」
「姿は目で見るでしょ?」
「うん」
「視覚は光をとらえるの。生物でやってたよね」
「ああ。音は聴覚、空気とかの振動を感じるんだったかな」
「そうそう、それでね、嗅覚ってさ、匂いを感じるセンサーがその匂いに触れると匂いが判るわけ。だからテレビは音と映像を拡散できるけど、匂いは伝えられないでしょ?」
「確かに」
「だからね、体臭ってその人の匂いの素をわたしの嗅細胞が直接受け取っているの」
なんか難しい事を言い始めてきたな……。科学の授業みたいだ。
「でもさ、だったら味覚とか触覚ってどうなの?」
「味は食べないと判らないでしょ。触覚も触っているから判る。どっちも意識しないで接触するのは……できなくはないけど、難しいよね」
「そりゃあ、無理矢理料理を口に入れられたりとかしなければね」
「そう。じゃあ匂いは?」
「うーん、あんまり気にした事なかったな」
「でしょう!」
なんで得意気な顔になるんだろう。
「匂いってね、その人から出た匂いの素を、わたしの鼻の奥にまで届いてきて、それを感じているの」
少し顔を赤らめて、それでも彩香はおしゃべりを止めない。
「その人のいろいろな所の匂い。舐めたり触れたりする事がタブーな部分でも、匂いは届くの。届いてくるの」
「隠そうとしている場所の匂いでも?」
「そう、わたしには感じられる。タコスくんの脇の下とか、脚の付け根の汗ばんだ匂いとか……」
だんだんとうっとりするような顔になっていく。
「遺伝子レベルで結合したいオスの匂い、っていうのかしら……あなたにはわたしの鼻をビンビンにさせる匂いがあるのよ」
思わず立ち上がりそうになって彩香さんは机に足をぶつけてしまう。
「おいそこ、静かにしろよー」
教師の声が教室内に響く。
俺と彩香さんは肩をすぼめて静かにする。
「彩香さんって銭湯とかお風呂屋さんみたいだね」
俺は思った事をつい口に出してしまった。
「そう? お母さんの実家が銭湯をやっていたって聞いた事があるけど」
「そうなんだ。だからかなあ」
「なんで?」
「だってさ、身体の匂いで興奮するならさ」
「するなら?」
「お風呂屋さん、大衆浴場、体臭……欲情、なんてさ」
「あははっ!」
彩香さんは小さく笑う。
「正解だけど不正解!」
矛盾した答えを言うのに笑った顔がかわいい。
「わたしは一般大衆なんて関係ないの。タコスくんの匂いが好きなだけだよ」
机に頬杖をついて俺の顔を覗き込む。
俺はうつむいて机を見るのが精一杯だった。
顔が熱い。きっとすごく赤くなっているんだろうなあ。
それこそ熱い湯船に浸かった時みたいに。
彩香さんの視線を感じて、俺の方が欲情しそうになった。
なんとなく、Twitterでしゃべっていたネタを書き起こしてみました。