破
NTR感度3000倍の衝撃にリアル彼女ができた田中 正くんは耐えることができるのか。
よく晴れた日曜日、待ち合わせの犬の石像の前には既に彼女が待っていた。そう、正の彼女、橘 鈴だ。
学校の制服よりも一段と似合っている彼女の私服姿はそれなりの衆目を集めていたが彼女がスマートフォンを熱心に見ていたせいか、声をかける男はいなかった。
正は少しの間、鈴に気付かれないよう距離を置いて観察していたがもう十分だろう。まるで今来たかのように声をかける。
「おはよう、早いね。」
「うん、遅れるのが怖くて、30分も早く来ちゃった。」
時計を見ると今は約束の10分前、20分もの間彼女は何をしていたのか。正の頭の中でムクムクと妄想の雲が育つ。
注目すべきは彼女がさっきまで見ていたスマートフォンだ。おそらくあそこには間男からの指令が届いていたに違いない。正はその指令の内容を見たいという欲求を抑えて無理やりに話を逸らす。
「そうだ、映画の前にカフェに行かない。この前、雑誌で見たところがこの近くにあったんだ。」
早まるな、楽しい寝取はまだ始まったばかりだ。
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正は目的のカフェに着くと、迷わずテラス席を選んだ。少し肌寒い季節の今は外の席は空いているのかすぐに案内される。
日当たりのよいテラスはしかし想像よりも暖かく鈴はコート代わりの丈の長い上着を脱いで空いている席に畳んだ。隠れていた膝丈のミニスカートが現れる。ふふ、いったい誰の趣味なのやら。正はそれを見てほくそ笑む。普通に考えればその服を選んだ本人の趣味なのだろうが、正の考え方は違う。うちの高校は膝が隠れるスカート丈が校則で決まっている。毎日のように着ている制服はおそらくその人の基準になるだろう。つまりスカートの丈も膝が出るのは短すぎると、そう思うに違いない。ならばあの違和感のあるミニスカートは間違いなく他の男の趣味に違いない。
そこまで考えたところで正の頭が幸福感で満たされる。頭の中で育った雲は入道雲になり空高く聳え立っている。
「ちょっと、トイレに行って来るよ。」
正は注文を伝えると、早々に席を立った。
危ない危ない。なぜわざわざテラス席を選んだのか、その理由を忘れるところだった。寝取られものを読み込んでいる読者諸兄ならばこの説明を聞けば膝を打つに違いないだろう。間男は間違いなくこのデートを監視している。しかし屋内に入られてしまうと間男は中で何が起こっているのかわからない。果たしてそんなことが許されていいのか。何度でも言おう、既に寝取られは始まっている。間男も彼女も本気なのだ、寝取られる僕だけが手を抜いていいはずが無い。理想の寝取られには常に寝取られる側が最適解を出さなくてはいけない。そう、テラス席で全ての言動を間男に筒抜けにする。それこそが100点の回答だ。
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正はじっくりと入念に尿を切る。尿漏れを気にしてのことではない。もし万が一テラス席に陣取っている間男と鉢合わせをしてしまったら全てが台無しだからだ。今はまだ間男の影を踏んではいけない。ゲームはまだその段階ではない。
「やあ、お待たせ。なんか緊張しちゃって。なかなか出てこなかったんだ。」
正は席に戻ると自然な風を装って座席の温度を手で確認する。人肌に温まっていればついさっきまで間男がいた証拠になる。しかし、日向にあった椅子は太陽で温められ判別することはできなかった。
失敗した。つい眩しくないように日陰の席を彼女に譲ってしまったが、ここは心を鬼にすべきだった。正は失敗を次に生かすべく頭のノートに書き留める。さて、寝取られるためにはどんな会話をすべきか、正は頭の中でシミュレートした。そのせいで完全に不意を突かれた。
正は鈴のミニスカートにしか意識がいかず、肝心の上半身への注意を怠っていたのだ。
「どうしたの?もしかして、体調悪かったりする?」
「いや、そんなことないよ。ついね、つい。」
正は思わず押さえてしまった鼻から手をどけて平気なことをアピールする。何が、ついなのかは決して説明しない。向かいの席で心配そうに覗き込む鈴に目をあわせなるべく視線が下がらないようにする。
彼女は無防備な下半身のミニスカートとは対称的に上半身は首まで覆うタートルネックのニットを着ていた。もしも、正が素人ならそのやさしく盛り上がる胸部にしか目がいっていなかっただろう。だが、正は玄人だ。視線は隠された首元に注がれる。あの首元に何が隠れているのか。正の予想が正しければ、あの首下には赤い跡が残っているはずだ。何かについばまれたような赤い跡が。それを隠すためのタートルネック、それを匂わせるためのタートルネック。そこまで考えたところで鼻に違和感を覚えつい抑えてしまった。
危なかった、未だ見ぬ間男と目の前の彼女は既に本気だった。遠足気分だったのはどうやら僕だけだったらしい。そんな腑抜けた態度では仕掛けられている数々の寝取られトラップを気付くこと無くスルーしていただろう。
正は一部の隙も見逃すまいと決意を新たにした。
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「博士、これ以上は危険です。被験者1号の脳圧が急上昇しています。これでは頭蓋骨が持ちません、いづれ爆発を、」
「ええい、黙れ。実験は成功しているのだ。見ろ、このデータを。被験者1号はこんなにも幸福を感じているのだぞ。」
おかしい。助手は博士の様子に疑念を抱いた。多少はエキセントリックなところが目立つ人だったが、ここまで見境が無くなる人ではなかったはずだ。ここ最近、特にその傾向が顕著になっている。助手が疑念の目を博士に向けていると研究室のスピーカーから機械の声が流れ始めた。
「おめでとうございます。あなたは被験者3号に選ばれました。おめでとうございます。あなたは被験者3号に選ばれました。」
助手は突然の指名にびくりと肩を震わせる。
おかしい、そんなものは実験計画書には記載されていなかった。助手は疑念に突き動かされ思い切って言う。
「とにかく、これ以上は倫理委員会に通した内容から逸脱します。私は上に報告させてもらいますよ。」
しかし、助手の勇気を振り絞った忠告にも博士の顔色は変わらない。そこでふと助手は思った。私が3号なら、2号は誰だったのかと。
博士が血走った目で、しかし、幸福感に包まれた不気味な笑顔でにじり寄ってくる。機械の声は同じ内容をずっと続けている。助手は思わず転がっていたスパナを握った。
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「上手くいったみたいだな、デートの方は。」
「ああ、最高だったよ。」
幼馴染の駿の労う言葉に正は当然といった態度で答える。
あれから何度も頭がくらくらするような展開が続いた。最後はもう幸せすぎてギブアップしてデートは幕引きとなった。これは余った時間は間男としけこむ事になるだろう。図らずもベストアンサーを出してしまった自分の才能が恐ろしい。
「何だよ羨ましいなあ。俺も彼女が欲しいよなあ。」
「なら鈴に紹介してもらおうか。」
正が駿に提案する。鈴の紹介なら間違いは無いだろう。それに駿には才能がある。正は駿から良く知る香りを嗅ぎ取っていた。最近、特に嗅ぎ慣れた香りを。
そうだ、駿にも彼女ができたならダブルで寝取られよう。素晴らしいぞ。彼女が他の男、間男に取られむせび泣くのだ、二人で。何と幸福な瞬間だろうか。
そう、なんて、幸福?
・・・。
僕は一体何を考えていたんだ。彼女を寝取られることが幸福?そんなわけがないだろう。そんな気持ち悪くて不快で最悪な体験のどこに幸せが潜んでいるというのだ。
「どうした、正。」
「いや、なんかごめん。急に頭が痛くなって。」
自分はいつからこんなおかしなことを考えるようになった。割れるように痛む頭を押さえ、心配する駿を手で制して考える。そうだ、そんなことはわかり切っている。あの機械に頭をいじられてからだ。
「正、正、ごめんな。俺、正が喜ぶと思って。」
「いや、大丈夫。何でもないから。」
正が立っていられなくなってひざまずいたのを見て駿が心配する。そして心配し過ぎた駿は支離滅裂なことを言いだす。僕は原因がわかっている。何も駿のせいではない。
そんな教室に見知らぬ男が現れた。男は医者や薬剤師が着るような白衣にべったりと血の跡をつけていた。一目で近寄ってはいけない人間だとわかる。
だがあちらの目的は正のようだ。なんとか立ち上がり頭の痛みに耐えながら離れようとした正に男が詰め寄る。
「君、良かった。まだ正気だったか。いいか君の脳にはあるプログラムが仕込まれている。コンピューターのソフトウェアと同じようなものだ。このプログラムはある特定のシナプス信号を増幅し、抑制機構を無視して君の脳に延々と快感を覚えるように働き続けている。君はこのままでは脳が破壊される。興奮した君の脳に過剰な血流が流れ込み脳圧が際限なく高まっているんだ。これを、これを持っていけ。これにはそのプログラムが入っている。誰かに、このプログラムを解析できる誰かに渡すんだ。やつらは日本中、いや世界中の人間にこいつをインストールするつもりだ。それだけは防がなくてはいけない。いいか。」
男が何かに急き立てられるように病的な必死さで正に話し続ける。正は思わず振り払おうとして、しかし男の白衣についた赤いしみが徐々に大きくなるのを見て止めた。あれは返り血などではなかったのだ。
男は興奮したまま突然糸が切れたかのように倒れた。うつ伏せに倒れることで初めて男の背中が視界に入る。それを見てようやく男の背中に太い鉄パイプが生えていることに正と駿は気付いた。そのときには男はもう事切れていた。
「なあ、なんなんだよ。正は何か知ってるのか?」
駿は混乱して男の言っていることをほとんど理解できなかった。しかし、正にはわかった。男の言っていたことは本当だと。このまま寝取られを求め興奮し続ければ、自分の脳が爆発するのだと。