5 捜査(3)
五十嵐美里曰く、犬飼少年は子犬系(?)のようなかわいらしい男の子なんだそうだ。
長い間昏睡していた彼は、意識を取り戻してすぐに4年前の事件の証言をしてくれたが、その後疲れが出たのか発熱し、今までドクターストップで会えなかったのだとか。
今日になってようやく医者からOKが出たので、再び面会する運びとなったらしい。
「新しく思い出したことはないか聞くのも大切だが、“前回と証言が違っていないか確かめること” がより重要」だと彼女は言う。警察が何度も何度も同じ質問をするので辟易する関係者は多いが、これは曖昧な記憶だったり嘘だったりしないか確かめる為でもある。
皐を連れ出したのも、証言が本当に信用に足るものか、第三者の意見が欲しかったからだろう。
そう、分かってはいるのだが。
皐は病室に入るや否や、あるものに目が取られて石のように固まってしまった。
────美しい女性がいる。
────しかも、何て言うかそんじゃそこらの美人じゃない、
同じ空間で息をするのもおこがましいような、本当に美しい女性 が
ほの暗い病室で、発光しているかのような白い肌
黒く艶やかな髪にほのかに色づいた頬と唇。どこまでも透き通った灰色の大きな瞳
白雪姫も斯くやという美貌の彼女は、だがベッドの傍らで悲しそうに俯いているのだった。
「……。…何か・・・?」
目線が合う。
不躾にも釘付けになって固まる皐を見とがめた彼女は、少しの間のあと、不思議そうにこてんと首を傾げた。
彼女の射干玉の綺麗な黒髪が、肩を滑り落ちる。さらりという音まで聞こえてくる
「あ、あああいや、な、なんでもありませんごめんなさい」
思わず挙動不審になり後ずさってしまう。と、入ってきたドアに背中が当たった。
(~~~~~~~!!)
皐は彼女の視線が自分に向けられていることが耐えられなくなって、病室から飛び出した。
「ちょっとさっちゃん!?どこいくの?」
いいいや不意打ちはまずい。ほんとにまずい。
病因の廊下にもたれ掛かって、はーーーと息を落ち着けていた。なんだろう、目が合っただけで、SAN値が吸い取られた気がする。
「あの・・・何か失礼ございましたでしょうか」
不意に
耳に声が飛び込んでくる。鈴のような 声
「うわぁ!」もご、皐の悲鳴は追いかけてきた美里の手で防がれた。
「あーーーーー、すいませんね!ちょっとコイツはアレでね!いわゆる真性のオタクというやつで!女性に慣れていないものですから!」
美里がそういってフォローしてくれるが、そも美里自身が妙齢の女性なので説得力が皆無だった。
しばらく気まずい沈黙が満ちる。
「…私がいては障りがあるようですね。退出しますので、弟のことをよろしくお願いいたします。」
「ほんっとすいません、雪子さん。あまり弟さんのご負担にならないように長居しませんから」
白雪姫のごとき彼の女性は、頭を下げると楚々と去っていった。
一度振り返り、冷たい視線を残して。
「あーー、びっくりした。か、彼女は誰なの…?」
「何が “びっくりした” だよ。後で謝りなよ。失礼どころの話じゃないから!・・・彼女は犬飼雪子さんと言って犬飼正君のお姉さんだよ。ずっと付き添いで弟の看護されてるんだって」
「ゆ、ゆきこさん・・・名前まで美しい・・・」
皐はぼうっとして茫然自失の有様であった。
ダメだこいつは。早く何とかしないと。
五十嵐美里は早くも皐を連れてきたことを後悔していた。こうなったらしばらく使い物にならない。皐がまともに社会人として活動できない理由をひしひしと感じる。
皐を引きずって病室に戻ると、目を丸くしている少年がいた。
「えっと、ごめんね騒がしくて。正くんお久しぶり。体調は大丈夫?」
「はい、お陰様で。2週間ぶりですね、五十嵐刑事」
礼儀正しく話をする彼は、血色もよく言われなければ病人と分からないようだった。ただ未だ繋がれている点滴と、数多の刺痕の残る痛々しい腕がそれを否定する。
美里はかわいらしいと表現したが、皐からは犬飼正は平々凡々の容姿のごく普通の少年に見えた。
「それで、何度も聞くようで悪いんだけど、事件の日のことを話してくれないかな。」
「はい。勿論です。」
えっと、事件の日というのは合宿3日目の僕が襲われた日のことですよね。
朝から荒木くんと大鏡さんの死体が見つかって、僕たちは混乱してました。特に女子は泣き出したりとか。
それで先生が皆で集まって過ごそうと言ったんです。南棟のコテージの一番広いところ…、ええ、食堂に集合しました。
いない人…榎本さんは気分悪くなって自室で休んでたみたいでした。それと、忠山君はずっといませんでした。あと先生方はバタバタしてていないことも多かったですね。それ以外はずっと南棟の食堂で警察が来るのを待ってたと思います。
でも僕たち男子の荷物のほとんどは、南棟から歩いて7分くらいの北棟コテージにあったんですよ。そっちに寝泊りしてたんで。
18時半頃にやっぱリュック取りに行こうってなって、僕と田中君は雨合羽被って北棟の方に向かいました。途中で田中君はやっぱ怖いから戻ると言うので別れました。
北棟には電気がついてて、2階のロフトに行ったら忠山君がいました。一人で考え込んでるようでした。それで忠山君としばらく話をしていたらいきなり背中に凄い衝撃があって、
…それからは何も覚えてません。
「へえ、忠山くんとどんな話してたの」
不意に皐が話に割って入る。
「忠山君も皆のところに戻った方がいいんじゃないかって僕は言いました。彼にはやんわり断られましたけど」
「それだけ?」
「え?・・・あとは誰が犯人だと思う?とか怖いね、とかそういう感じのことを話しました」
「北棟コテージに電気が点いてたと君は言ったけど、具体的にどこだい?」
「2階のロフトのところだけです。」
「君は電気系統は触ってない?」
「? 触ってないです。僕のリュックはロフトにあったんで、まっすぐ向かいましたし」
「…そう、ありがとう」
それだけ言って、皐は窓の外をぼんやりと眺めた。
◆
病室では、しばらく質問を続ける美里の声と、それに答える少年の声。そしてメモを取るペンの音だけがしていた。思考を程よく促し、そして遮る環境音の中で、皐の中では何かがカチッと嵌っていく感覚があった。
「今日はありがとね~」
フランクにお礼を言う美里に対して、犬飼少年はいかにも申し訳なさそうに俯く。
「その、ごめんなさい。五十嵐刑事。前回ボクが話をしてから、2週間経ってるじゃないですか…。その、警察から何の発表もないし全然事件解決に進んでいないように思えて…
週刊誌の方に、話しちゃいました。多分、記事になると思います。」
五十嵐美里の顔が引きつる。週刊誌に情報漏れてるってお前が原因だったんかい
「ま、そういうこともあるよね。行こうか美里さん」
皐は素っ気なく言うと、美里の手を引いて病室から辞した。
「・・・さっちゃん?いつもおかしいけど今日は特におかしくない?どうしたの?」
廊下に出ると小声で美里は皐に話しかけた。
「美里さん、29日の夕方頃のそれぞれの行動ってどうなってる?」
「犬飼少年の証言とずれるところはないよ。えーっと…
18:30頃 犬飼と田中が南棟コテージから出て、
19:15頃 野兎が帰りの遅い2人を探しにいった。
19:30頃 警察が南棟コテージに到着、
19:45頃 警察が東棟2Fロフトで血を流した犬飼発見及び忠山狗竜確保。
同じく19:45頃、足捻挫した田中少年背負って野兎君が南棟コテージに戻ってきてる。
…その他の人は南棟食堂or南棟個室にいたはず。」
「・・・・・・うーん」
「何々どうしたの、言ってみなさいって」
「美人のお姉さんに比べて弟さんは大分地味な感じだね」
「コラ、そういうこと聞いてるんじゃないよ。もーーー!!」
茶化されたと思ったのか美里がプリプリと怒る。
「犬飼君の話すことは、犬飼君の話したいことなんだなと思っただけだよ。多分彼にとって真実か真実でないかというのは大きな問題じゃない。それは以前からもそうだったし、今もそうなんだろう」
「さっちゃん、何を言っているのか分からない」
皐はにへら、と笑った。