1 プロローグ
『華蔵閣さまのとこにはよか倉の建つごたる』
一介の藩士の屋敷にしては、不釣り合いなほどに大きく厳めしい倉。なお屋敷よりはるかに倉の方が高いので、旅人にはいい道しるべになったという。商人のようと笑われ、また謗られても意に介さず、ただひたすら金銀財宝、珍物、名跡等々「美しいもの」を蒐集めに蒐集めた男、華蔵閣 宗近。
風の噂では絶世の美姫までかっさらったそうでござる。
事実ならばお取り潰しどころの話ではないのでただの与太話(だと思いたい)が、真実は歴史の闇の中
度を超えた偏屈と蒐集家で名を馳せた稀代の変人・華蔵閣宗近の血を引く男が現代日本にいた。
名は華蔵閣 皐。年は32。
彼はというと、
冷房の効いた部屋でごろごろニートをしていた。
◆夏
「おーい!さっちゃん生きてるー!?」
返事を待たず自宅 兼事務所にずかずかと入ってきたのは幼なじみの五十嵐 美里だ。
華蔵閣 皐は人の少ない通りの、元古本屋をそのまま買い取って住居としていた。
2階は小さなキッチンやら風呂場やらの生活空間。元店舗だった1階には所狭しと本棚が並んでおり、奥まったところにあるソファはいい昼寝スペースだった。直射日光の入ってこない造りの建物は昼寝するには絶好であり、店舗用の冷房もいい仕事をしている。
皐は、猛暑どこ吹く風で昼間から惰眠を貪っていた。
「うわまた寝てる。おーい勤労しな探偵」
たしかに探偵事務所と札は下げているが、それは一応地元では名士である華蔵閣の跡継ぎが無職なのは外聞が悪いとの親戚のごり押しで個人事業主になったからであり、特に何の資格もないため探偵こと何でも屋になったというのが経緯だ。依頼は受けるつもりもないので寝ていても問題がない、
ということを目を閉じたままうんうん唸りながら答えたが、聞くような相手ではなかった。頬にひやりと冷たいものを押し当てられ、ギャッと悲鳴を上げて飛び起きる。
「・・・おはよ」
「もう昼だよ寝坊助。」
美里は手に持ったペットボトルを振り、ニッと意地悪気に笑ってみせた。最近警部補になったという彼女はなまっちろい皐とは打って変わって日に焼け健康的な顔立ちだ。高い位置でまとめたポニーテールは闊達な彼女によく似合っており、そこだけ白い首筋が目に痛かった。
平和に過ごしていたところ公権力に押し入られた訳で文句の1つも言っていいと思う。おまけにこいつがやって来るときは大体面倒事も一緒にやってくるので厄介この上ない。なのにどうにも強く出れない訳があった。というのも、
華蔵閣皐は物凄い面食いだった。
・・・待ってほしい。
決してこう、美里とはそういう色っぽい関係ではない。
ただ単に面食いであり、美女やイケメンにとにかく弱いというだけの話です!
老若男女問わず高APPにはひれ伏したくなるし何でも仰ってくださいご主人様と口走りそうになる。
私を連れて逃げてv と言われようものなら全財産うっちゃって世界を敵にしても言うこと聞くと思う。
アレ?ってことは美姫攫って逃げたご先祖様の話は割と信憑性あるのか
・・・というのは一先ず横に置いておいて、
恐らくこれは脈々と引き継がれる華蔵閣の血なのだ。
須らく“美”の奴隷にして、奉仕を喜びとする性質。執着、偏執。・・・渇望。
皐は現代っ子らしく、物への愛着はあまりなかった。保管するのも手入れするのも大変だし、と本は好むがkindleも併用しているような人間だ。倉をいちいち建てていたんじゃおっつかないこの情報化時代。
では何を愛でるか? 皐の執着対象は“美しい人”だった。美しい人と、同じ部屋の片隅にでもいて、ちらと彼の人の表情、──哀切、喜び、歓喜、諦観etc.etc.──をちょこっと見せてもらえたらそれで幸せだった。
まあ、そんなアレなところは目の前の彼女にガッツリ把握されている訳で。
「・・・ちょおっと大変なことになってる事件があってさー、相談したいなー、なんて」
ダメかな?
美里は、少し首をかしげ、顎をすらりとした細い指で支えてポーズをとってみたり等していた。悲しそうに眉を顰めているがその癖断られるとは微塵も思っちゃいないだろう。なんて奴だ。
ええい似合わない上目遣いはするんじゃない。俺と同年代の女がそんなことをしても…だが流石のAPP15(ビジュアル担当)なのでスーツを着込んだ彼女の物憂げな表情はサマになっていた。おのれ。
半ば呆れるが駄目だの一言が喉から出ない。
「さっちゃんの好きそうな事件だと思うけどねー。ほら見てこの美少年」
ぴらん、目の前に差し出されたのは1枚の雑誌の切り抜き。
「・・・・・・。これ、4年前の」
「さすが話が早い。」
■佐名湖連続殺人事件
高校生が2名死亡、1名重体となった連続殺傷事件。
名門私立中高一貫校の夏期合宿中、佐名湖湖畔のコテージ及びその周辺で事件は発生した。
3泊4日の日程のうち、2日目深夜に男子生徒1名、3日目朝に女子生徒1名が相次いで殺され、3日目夜に男子生徒1名が重傷を負わされたところ駆け付けた警察官によって容疑者が現行犯逮捕された。容疑者の名は忠山狗竜 当時17歳の男子高校生だった。
引率者が警察より学校上層部への相談を優先したこと、台風による道路の寸断で警察が到着するのが遅れた事等が被害が拡大した要因とされている。
雑誌の切り抜きに写っているのは、一見するとどこの芸能人かと思うような整った顔立ちの少年だった。
無造作に跳ねた色素の薄い髪、けぶる長い睫毛、やや垂れ目がちで優し気な目元と、相反する吊り上がった細い眉。薄い唇は引き結ばれ、全体としては柔和なのにどこか張り詰めた彫像のような印象を与える。
この大人しそうな少年がどうして凶行をと、人々の耳目を集めた忠山狗竜の写真だった。
「印象的だったからなぁ…。しかし改めて見ると嘘みたいに綺麗な子だ」
皐は美里から奪い取ったペットボトルの茶を一口のんで、雑誌の切り抜きをまじまじと見た。日付は凡そ4年前のもので、記事には “サイコパスがトレンドワードに” “容疑者Tの異常な家庭” などなど、なかなか刺激的な内容の煽りが踊っていた。
「日本の法曹界にとっても大きな事件だったよ。──何せこの事件を切っ掛けに、少年法が一部廃止されたからね」
かねてより議論があったところ、複数人が命を落とすという凶悪犯罪があったのだ。
しかもこの事件には多額の保険金や遺産相続が絡んでおり、利己的で計画的なものと思われた。少年の精神鑑定の結果は正常。取り調べに対しては黙秘を貫き、反省の態度はなし。
果たして彼は少年院で更生できるのか。また世に出たとして、新たな被害者を防ぐことはできるか。ワイドショーでは日夜取り上げられ、人々の不満は募っていた。世論を汲む形で、半ば反則の臨時法案が通過、即時適用。凶悪犯に関しては少年法の範囲外とされた。
その結果、忠山狗竜は成人の殺人犯と同等に扱われ、無期懲役となって収監されている筈だ。
「ふむふむ。それで世紀の判決で終わったこの事件がどうかしたのか?」
判決が言い渡された後も、少年は控訴を望まず結審した。もうずっと前に。
美里はふう、と一つ息を吐いた。
「事件の3番目の被害者で、長らく意識不明だった犬飼正という男子生徒がつい先日目を覚ました。幸い徐々に話せる状態になってね…、どうしても伝えたいことがあると警察に連絡がきたんで、私が病院いって話聞いてきたんだよ。」
「ほう、んで?」
「『警察が来るまでの間、忠山狗竜と話をしていたら背後から何者かに襲われた』 と、彼は証言した・・・」
「・・・・・・はい?」
世紀の判決は、世紀の冤罪事件として、再び世論を騒がせつつあった。
相棒が出てくるまでに10万字かかる系バディヒーロー推理小説(嘘)
1週間に1部投稿のまったりペースで書いていければと思っています。