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なんせその瞬間

作者: ぽっくん



_______わたしは、それにみとれていた_______


 夕陽がにぶく降り注ぐ縁側でおじいちゃんとおばあちゃんが寄りそって腰掛けて昔の歌を口ずさんでいた。枯れた声でぼんやりとゆっくりと。あれ、きっと昔に流行った歌だ。私の生まれるずっとずっと前の歌。


 なんだ、ふたりとも、じつは仲良かったんだ。なんだか安心した。ここ数年は互いに自室を別々にしてしまい、それぞれがちがう部屋でテレビみたり読書するようになっていたから。てっきりもう仲違いしてしまったのかと思っていた。……おじいちゃんはきっともうすぐ亡くなってしまう。おばあちゃんと、すこしの間、会えなくなる。だからふたり、今ようやく素直になろうとしている……いやなれたんだ。きっと。


 まだ物心つく前に親を亡くした私は、祖父母に育てられた。私自身が少し弱かったせいか、学校には行かせてもらえず、いつも家でのんびりと過ごした。近所の仲良しだった子が小学生になり中学生になり、私はその様子を「いいなあ……」とただみていた。……けれどその子もいつも私を気にかけてくれて、学校に通いだしてからもずっとうちに遊びに来てくれて、私と遊んでくれた。


 ________その縁側での歌の少し後、おじいちゃんは亡くなった。おばあちゃんはえんえんと泣いた。私はおじいちゃんが亡くなったこともそうだけど、それよりもおばあちゃんが泣きはらしていることがショックで、とてもかわいそうだった。だっておばあちゃんが泣いてるのなんて今まで見たことなかったから。そういう人がその様子だったからひどく動揺した。どうしたらいいかわからないから、ずっとそばにいた。


 「わたしはまだ死ねないんよ」とおばあちゃんは私にやさしくそう言った。うちは古い家なんだけれどおばあちゃんのその哀しい笑顔に光がそそいでいて、それが女神さまか何かのように、おもえて、この先もずっとずっと一緒にいたいとつよく思った。「おばあちゃん死なないで」と思ったらいてもたっても居られず、その夜、こっそり家を抜け出して近所の神社まで行った。「おばあちゃんがずっとずっと生きられますように」と現実味のないお願いを神さまにそっと交渉した。帰りの道、夏の夜更け、たくさんの星がみえた。きっと私は目をまんまるくしてそれにみとれていたことだろう。さっきまでの不安や焦燥から解き放たれ、身も心も軽くなって、その星空に口を半開きにしてみとれてしまっていた。……いや星空だけじゃない!古い外灯も、虫たちも彼らの声も、小さな川の水面も、蒼い道も、なにもかも輝いていて、ずうっとずうっとうつくしかった!こんなふうにかなしい夜とうつくしい夜がふたつ同時に訪れることあるんだなあ……。


 けれど、これでたぶん大丈夫。きっとこれからなにもかも上手くいく。そう信じたくなった。


 それから少し経って今度は私の体調が悪くなった。食欲がなくなり歩くのもしんどくなってきた。まあ学校にも行かせてもらえなかったぐらいだから人より身体が弱いのかなとは薄々思っていた。横になっていることが多くなって、食卓ではなくベッドでごはんを食べることが多くなって、おばあちゃんの顔が曇ることも多くなった。


 「私まだまだおばあちゃんといたいよ」「けどうまくいかんこと多いなあ」「人生ってうまくいかんこと多いなあ」「学校もかよえんかったし」「哀しいこと多いなあ」__________けどね、おばあちゃんとおじいちゃんが縁側で昔の歌くちずさんでた瞬間あったでしょ?そんな瞬間や、あの星が降ってきそうな夜の散歩の、あんな瞬間。「そんな瞬間たまにみたくてずっと生きていたいような気もしたよ」「おばあちゃん。心配しないでね。私ずっとここにいるよ。おばあちゃんも私を忘れないだろうし、私もおばあちゃんを忘れないよ」「ほんとありがとう」


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_________拝啓。おばあちゃん。元気ですか?私は元気です。こっちにきて思わず笑ってしまったのは私はどうやら「ひと」ではなく「ねこ」だったことです(笑)その瞬間、私は空中に放たれて、それで少し上から、おばあちゃんが私を愛おしそうによしよしと撫でているのをみて、はじめてしりました(笑)まあなんでもよいのです。「人生」でも「猫生」でもあまり変わりないのですから。


 それでですね……そちらでできて、こちらではできないこと、その逆も沢山あるのですが、どちらも平等ではあるのですが、そちらの世界がすこし懐かしく感じることがあります。あの夏のひんやりした地べたは気持ちよかったし、入道雲の大きさには心底ビビったし、……まあエアコンはなんだか不快でしたが(笑)、秋には月がきれいで夜こっそり抜け出してする散歩の夜風も虫の声も心地よく、冬はコタツの中がとっても暖かくて、秘密基地みたいで、光がもれておばあちゃんの足が入ってきたらなおのこと嬉しくてすぐに寄っかかりました。春には庭の桜がとってもきれいでその下で隣の家の子どものリコーダーの練習を聞きながらお昼寝などしたものです。少しうるさいなあと思っていたテレビもラジオも、家の前を通り過ぎていく子どもたちのはしゃぎ声も、いまじゃ何もかも愛おしいのです。


 最後におじいちゃんから伝言です。






……彼氏でもつくれとのことです(笑)




猫生にゃんせい

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