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それは青春でした!2  作者: 雨森晴
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 ――お互い一目惚れならば、それはもう運命じゃなかろうか?――






 ミンミンと己の命をまっとうするがために蝉たちが鳴くのをBGMに、すべての授業が終了した鐘が鳴る。


「終わったー!!!」

 と叫ぶのは後の席の織田である。が、五月蝿い。すっごい五月蝿い。

 隣の席の源が五月蝿いよと静かに窘めてるが、それでも喜びの余り絶叫してる奴にはきちんと聞こえていないようで、源の苦笑だけが虚しく響く。

「飯だー!!」

 その隣の席の佐々木も苦笑してるが、先生、いつになったらこの馬鹿三人と席離してくれますか。

 源はまだいい。まだ常識と優しがある。

 しかし問題は後の二人だ!この二人の席を極限のかなたまで離してくださいぃ!

 ……と、衣織は担任には絶対届かないであろう願いを胸にホームルーム終了を待ちなんとか放課後を迎えた。

 笑顔で「二宮じゃあな!」とか手を振るんじゃありません! お前達のファンの刺さるような目線が見えないのか!

 文句は言いたいがここで文句言ってもファンが怒る。無視しても怒るのを身に染みて分かっている為に衣織はごくごく普通の当たり障りない態度でさようならと返す。

 ファンは怖いのだ。

 さて、源織田佐々木が出ていき、つかの間の平穏を手に入れた衣織は深く溜息を零してはとっとと次の予定に取り掛かった。

 今日は昼までの授業の為、お昼を食べながらこれから来る夏休みに出かける予定を立てようとしてるのだ。

 楽しいイベントを今から決めるというのに憂いをいつまでも引き摺るなんてそんな無駄なこと衣織はしたくないのだ。


 そんな折、教室の入口から実尋を呼ぶ明るい声がする。誰だろうと振り向くと、そこには底抜けに明るい笑顔をした上級生。


「よぉ、実尋。今いいか?」

「藤堂先輩!」

 呼ばれた実尋は弾けたような笑顔で藤堂と呼んだ先輩の元へと駆け寄り、それから二人でなにやら話し始めた。

「うー! あたしの実尋が取られたー!!!」

「いつから由宇衣のになったのさぁ」

 喜紗のツッコミにふふんと由宇衣は笑う。

「一番最初に出会ったあの日から!」

「噂によると当初はとっても仲が悪かったらしいですけど?」

 出逢ってから数年はシベリア寒気団が流れていた、怖かったとは三人組の発言。脳筋トリオですら怖かったのだ。一般の生徒はさらに怖かったろう。あぁ、南無三。


 実尋と先輩は談笑している。

 からりとした笑みで実尋の額をこつりと叩くと藤堂先輩は用件が終わったのだろう。ひらりと手を振ると3組の教室を出ていく。

 実尋はそれをにこやかに見送ると、頬を赤らめながらこちらへと戻ってくる。


「んーもう! ほんと! うちの副委員長カッコいい!」

「実尋は藤堂先輩のことホント大好きだよねぇ」

 喜紗の言葉にふにゃりと実尋は笑う。

「理想の男の人だもん。付き合うなら藤堂先輩みたいな人って決めてるんだぁ」

「え、ちょっと、実尋、あたしそれ知らないんだけど!」

 とりあえずひとり喧しいのを無視して話を進める。

「理想って……いっそ藤堂先輩と付き合えば良いじゃん」

「ちょっと衣織! 何いってんの?!」

 いくら四つ下でも恋愛対象に入らないことは無いだろう。

 そう思って言ってみると、実尋はあー……と声を漏らすと眉を下げて苦く笑う。

「藤堂先輩ねぇ、好きな人いるんだってーずっと片想いって言ってた……」

 なんと、学園一のモテ男にはそんな秘密があったとは。あの先輩が長年の片思いとは相手はどんな絶世の美少女なのか。

 しかし乙女としてはとても気になるところだがあまり詮索するのも失礼にあたる。

 なんとかこの話題から話をそらそうと衣織が思案していると、由宇衣がきらりと目を光らせた。


「そしたらみっちゃんの魅力で落とす大チャンスだよ!」

「ほんと?! 落ちるかな!?」

 こら待ちなさい、由宇衣ちゃん。あなたさっきまで嫌がってたくせになぜ煽るのかな?

 よし! 夏休みの間に落としちゃえ! じゃないからね?

 実尋ものるなと言いたいが、スイッチの入ったこのコンビには関わらないが一番。

 それに話題が変わったのは正直助かる。

 はぁ、とため息を零すと喜紗は何事もなかったかのようにところでさぁーとふにゃりと笑った。


「藍が帰ってくるまでにとりあえずお互いの予定だけ出しとかない?」

 それもそうだ、昼休みも限られている。

 落とし方はどうしたらいいかな?!とヒートアップしている馬鹿コンビはほっといて、喜紗と2人だけで夏休みの予定を教え合うこととした。

「僕は夏休み前半撮影入るかも。だから8月とかが良いかなぁ」

「おおー。夏の連ドラの奴ですね」

「脇役で序盤しかで無いけどね」


 喜紗は最近売れ始めたモデルである。

 この前、単発のドラマに出たので好印象を得たらしく、今度始まる連ドラに出る事が決まったらしい。本人も大変と言いながら楽しそうに仕事に臨んでいるようであった。

 それにどんな役でも脇役でも友人の出演するドラマ。見逃すつもりは無い。ついでとばかりにそのドラマの放映日もスケジュール帳の片隅に記入する。その日は何が何でも予定を開けなければ……録画もしなければ……。


「後は委員会の活動とかあるかなぁ。8月2日、7日、8日は今の所予定ないのは確実ー」

「あーあたしが8日絶対無理だー。なんか予定入れるなってクソ親父に言われた。後は脱走しても諦めると言われたから何時でもいい」


 どうやらじゃれてても話は聞いてたらしい。話に入ってきたのは由宇衣は夏休みの予定を教えてくれた。

「んー? おうちのイベント?」

 由宇衣はその道の人なら知らない人はいないであろう有名な華道の家元の末娘であり、由宇衣自身も家元の娘として色々な所に顔出しをする事があった。


「うーん、詳しくは全く言われなかったからわかんなかったんだけど、ボイコットしたらお前のパソコン全て破壊するって……言われた…」

 ぐすんと苦虫を噛み潰したような苦々しい顔で訴える由宇衣。

 由宇衣にとって自作したパソコンを人質?物質?に取られることは命を脅かされるよりも辛いことらしく…

 度々こうやってご両親に脅し……もとい、願いをされていた。

「そっかぁ。僕は飼育委員会の当番の日以外は何時でも大丈夫!」

 と、朗らかに笑うは実尋であった。

 先ほど藤堂先輩から貰ったという仮当番表を出さその内容を確認する。

 主に出るのは月木らしい。


「実尋は一週間に二回ほどは委員会、と」

「衣織ちゃんはー?」

「あー」

 スケジュール帳に予定を書き込んでいると、にこりと実尋に聞かれたがさてどうしようか。


 私には皆様に言えない活動があり、その活動がいつはいるか分からないので、この日は大丈夫です、と言えない。

「とりあえず美化委員の活動日が決まってから?」

 ほんとそうとしか言えない。

「えー。確実に大丈夫な日とかわかんないのぉ?」

「ごめん、ほんとごめん、早く予定出せるようにする」

 ぶーぶーと膨れる三人に謝り倒しているとお待たせ!と弾んだ声が掛かる。


 その声の方を見ると待ち侘びていた藍が急いだのであろう、肩を上下に揺らしながら漏れる息を落ち着かせようとしていた。

「おかえりー、早かったねぇ」

 保健だよりの制作で呼ばれたと聞いたからなかなか戻らないと思っていたのに。

 その疑問も含んだ労いの言葉に、司ちゃんが……と頬を染められた。なるほど理解した。

「手伝ってくれたの」

「ほんとおたくの旦那は藍のこと大好きよねぇ」

 由宇衣の言葉に藍は苦笑を漏らす。

 藍の幼馴染みの弥永司は時間があれば何処までも藍のナイトをする。

 藍をつけ狙うファンから守る為。側に痛いため。

 もう一人の幼馴染みである税所慎一の二人に守られる様はさながらお姫様のようであった。

「ほんと愛されてるねぇ、藍」

「羨ましいぃ」

 喜紗の実尋が茶化すともう!と怒りながらも藍は幸せそうに笑うのだ。あーなんていうかごちそうさまである。


「僕らも恋したぁい」

「一夏の恋でもしちゃう?いっちゃう?」

「喜紗さん、事務所ストップかかってるでしょう」

「本気で一生の恋をするなら良いってー」

 おい、待て。良いのかプロデューサー。今が大事な時期だろう。

「一夏の恋でも良いけど、永遠の恋がしたぁい!」

「あたしの実尋を奪う奴は許さないんだけど!」

「えーそれは由宇衣ちゃんも一緒だよー!」

 今日も今日とて相変わらず阿呆っぽい会話呆れていると、衣織ちゃんはー?と聞かれた。

「一夏の恋、どうっすか?」

「あたしは人様の永遠の恋を応援するからいいよー」

「そういって実はいい人がいるんですね?」

「いるか、馬鹿」

 きゃいきゃいとはしゃぐ実尋の頭にチョップをかますと、ほら、弁当食べるよ!と促す。

 この四人と過ごすのは大変楽しいのだが、下手すると時間がとんでもなく足りなくなるのだ。それで何度苦労したか。

 はーい、と大変良い子な返事をする三人に安心してため息を零すと、藍がクスクス笑ってる。

 何時もの穏やかな雰囲気のなか、下らない話と夏休みの計画を続けながら昼ごはんを食べ終わる。


「そしたら今日の話し合いはここまでだねぇ」



「あー、由宇ちゃん、トイレ行こうー」

「あ、私も一緒行くー」

「衣織は?」

「じゃあ私も行こうかな」

「藍は?」

「んー、ちょっと司ちゃんと話してから行くね?」

 相変わらずお熱いことでーと冷やかす三人はけたけた笑いながら教室を出ていく。

 自分も続いて出ようとすると、その腕を慌てたように藍に掴まれた。

「どしたの?」

 びっくりながらも聴いてみると、藍は耳元に口を寄せる。何がなんだか分からないが、素直に耳を寄せると小さく抑えた声があのねと紡いだ。

「これ落ちてた」

「え?」

 周りに見えない様、そっと手渡された物に驚きが隠せない。

 大変見覚えのあるそれは、今この場では似つかわしくないもの。

 それを藍もわかってるのであろう、他の三人には見えにくいようにそっとそれを渡してくれたのだ。

「……これ、どこにあった?」

「教室の入口に落ちてたよ?保健室から戻ってくる時に見つけたから衣織に届けようと思って」

「衣織まだー?」

「実尋ごめん! 先行っといて!」

 焦れたように呼ぶ声にそう返すと三人はぶーぶー言いながら去っていく。待っててくれてたのにごめんよ。

 しかし、今の私にはそんな事より重要な案件なのである。

「衣織が落としたのじゃないの?」

「名刺入れに常に入れてるし、ここら辺で出してないから……これは依頼者のかな」

 あら、と困った様に苦笑する藍。

 そっと周りの目に触れないように裏返すとやはり誰かが落とした様で、綺麗な筆記体で名前が記載されていた。

「衣織に助けてもらいたかったんだね、この人」

「なのかなぁ」

 しかし、依頼者らしき名前はあるようだが、外国人の名前であるし、肝心である依頼内容が一切書かれておらず空白なのである。

 願い事が一つに絞れなかったのか、それとも書けない理由があったのか。それとも出すつもりは無かったど、持っていたかっただけか。

 依頼する事は無いがお守り代わりとして持っておく。って子も意外と多いと聞く。

 なんでも持つだけで力が貰える気がするから……と嬉しい理由で。

 どれにせよ、依頼内容がない以上、助けてもらいたかったんだね、と言われてもそうかと素直に受け取れそうにない。

「衣織、助けてあげてよ。きっと直ぐにでも衣織の助けがいるんだよ。この人。だから持ってた。けど、出せない何かしらの事情があった。だからちゃんとたすけてあげてって神様からのお達しなんだよ、だからほかの人に拾われること無く、あたしに拾われて衣織に直接届いた。そう思うと素敵じゃない?」

 誰よりも前向きで優しい藍の言葉。

 そして私らの始まりであり、全てである藍に言われるとそんな気もしてくる。

 仕方ない。私の手に来てしまったことだし。

 この綺麗な筆記体の持ち主も気になる。

「……依頼人、探してみる」

 そう決意を言葉にすると、藍は花の様に朗らかに微笑んだのであった。






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